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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第49話 インターハイ個人戦

体育館に緊張感が漂う中、杏子は応援席の最前列で、まっすぐ的前を見つめていた。

奈流芳瑠月が的前へと進む。その一歩一歩が、これまで積み上げてきた努力のすべてを物語るようだった。いつもの瑠月とは違う、何か凛とした空気を纏っている。杏子は思わず背筋を伸ばした。心の中でエールを送る。

(瑠月さん、頑張って!)


瑠月はまっすぐに的を見据えた。立ち止まり、足踏みを整え、深く息を吸い込む。その動作には無駄がなく、彼女らしい堅実さと集中力が光っていた。


一射目。瑠月の特徴である、流れるような美しい射が決まる。

「的中」

二射目も、迷いのない射で的を捉えた。

「的中」

三射目は、わずかに外れる。しかし、瑠月の表情は変わらない。最後の一射に向かって、ゆっくりと弓を構える。

「的中」

予選通過。杏子は密かに安堵し拳を握りしめた。

あの鳳城高校との練習試合のあと、できる努力を全部してきた瑠月さん。杏子は本当に尊敬していた。あの時とは違う。最後追いこまれた時のメンタルの強さ。メンタルトレーニングそのものと、できることはやった、という思い、両方が支えているんだな、と杏子は思った。


小鳥遊つぐみが弓を取る。空気が変わった。彼女が的前に立つだけで、会場の雰囲気が一層引き締まる。杏子は思わず拳を握りしめた。つぐみの射には、いつも以上の確かな手応えを感じる。まるで的までの空気が、彼女の意思で満たされているかのようだった。


つぐみの動作は流れるように美しく、観客も息を呑む。最初の一射は、軽やかな音を立てて的の中心に突き刺さった。


(完璧…!)


杏子はその見事な射に、心が踊るのを感じた。続く二射目、三射目も的中し、つぐみは予選を皆中で突破した。


会場にどよめきが起こる。予選での皆中。杏子は思わず目を潤ませた。普段のつぐみを知っているからこそ、この瞬間の特別さが胸に迫る。


「ふふ、どうだった? 完璧でしょ!」

つぐみの声が聞こえるようだった。



準決勝。再び瑠月が的前に立つ。

「私たちの瑠月先輩だもん」と杏子は心の中でつぶやく。その信頼は、的中という形で応えられた。相変わらずの落ち着きで、一射目から矢を的中させる。続く二射目、三射目も安定して決まり、4射中3射を確実に的中させて準決勝を突破した。


つぐみの準決勝。一射目から、まるで糸を引くような美しさ。

「的中」

二射目。昨日の練習で気になっていた手の内も、完璧に修正されている。

「的中」

三射目。決勝進出を決める一射。

「的中」

早々に準決勝突破を決めた。最後の四射目では、少し気を抜いたのか、矢はわずかに的を外れた。すでに決勝進出を決めた状態での最後の一射。外れはしたものの、つぐみの瞳には決勝への強い決意が宿っていた。


二人の決勝進出が決まった瞬間、光田高校の応援席から大きな拍手が沸き起こる。杏子は思わず、隣にいた栞代と抱き合っていた。

「瑠月先輩! つぐみ!」

練習で見てきた二人の姿。合宿での必死の稽古。全てが、この瞬間のために重ねられてきたのだ。

会場は次第に熱気を帯び、決勝戦に向けての期待が高まっていった。


90人以上居た、全国からの精鋭者だったが、決勝の舞台に残ったのは、わずか16人だった。その中には、もちろん雲類鷲麗霞の名前もあった。ブロック大会で敗れ、雪辱に燃える矢野慧の姿もあった。


決勝は、一本外せばそこで終了という厳しい舞台。的に命中する音を出せなかったものが、次々と脱落していく。


弦を引く音、矢が放たれる音。そして、静寂の中で響く矢の当たる音。観客席からは大きな拍手が沸き起こった。


瑠月とつぐみは、それぞれ見事に的中させた。4射が終わった段階で、残ったのは、以下の8名であった。


奈流芳瑠月 光田高校2年

小鳥遊つぐみ 光田高校1年


雲類鷲麗霞 鳳城高校1年

黒羽詩織 鳳城高校1年


矢野慧 鳳泉館高校3年

真白院 蓮華 八風台高校3年

楠木里紗 白菊館高校3年

藤堂瑞葉 明鏡高校2年


の8名であった。


ここからは、的が32センチから24センチ的に変更になり、さらに厳しい戦いになる。


5射目。

楠木里紗、藤堂瑞葉が惜しくも外す。


6射目。

真白院蓮華が外す。


7射目。

ここまで、冷静に落ち着いて射ち続けていた瑠月の矢がわずかに外れた。


無情にも的を外れた瞬間、杏子は息を呑んだ。静寂が場を支配する中、その現実が信じられない。完璧に見えた瑠月さんの射型。それでも、その背中から伝わるのは、結果を受け入れたような静かな強さだった。


杏子の胸に熱いものが込み上げる。悔しさと同時に、最後まで凛とした姿を見せた瑠月さんへの尊敬が溢れる。


「瑠月さん、本当にお疲れ様でした……。」

小さく呟くいた。


これで残ったのは、小鳥遊つぐみ、雲類鷲麗霞、黒羽詩織、矢野慧、の4名となった。


つぐみは、雲類鷲麗霞を越える目標と共に、今は、杏子に無礼な態度を見せて黒羽詩織には絶対に負けない、その気持ちが強かった。

そのためにも杏子の冷静さを思い出し、そして自らの闘争心と両立させながら、的前に立っていた。


観客席には緊張が張り詰めており、選手たちの一挙手一投足に視線が注がれていた。


つぐみの横には黒羽詩織の姿があった。詩織の射型は乱れていたが、不思議なことに的中を重ねていく。的中だけを追い求める邪道の矢。その視線には、つぐみへの敵意が色濃く滲んでいた。


「中学時代の栄光なんて、ここでは何の価値もない」

だが、つぐみにはそんな言葉は届かなかった。ただ一つの思いだけが胸に燃えていた。

杏子を侮辱したやつには、絶対に、負けられない――。


一方、矢野慧は前年のインターハイ王者としての貫禄を見せていた。落ち着いた所作で放たれる矢は、寸分の狂いもなく的に吸い込まれていく。そして、雲類鷲麗霞の射は、まさに女王の風格。優雅さと鮮烈さを併せ持つその動きに、観客の視線は自然と引き寄せられていった。


競技が進むにつれ、黒羽詩織の矢が徐々にぶれ始める。24センチ的のプレッシャーに加え、つぐみの安定した射が、詩織の精神を揺さぶっているのは明らかだった。渾身の力で引き絞られた矢は、無情にも的を外れた。

静寂が場を包む中、詩織は肩を震わせながらその場を去った。つぐみはその背中を見つめ、小さく呟く。

杏子見たか。杏子の矢は正しいんだ。


残る3人の戦いは、さらに熾烈を極めた。つぐみ、矢野慧、雲類鷲麗霞。それぞれの矢が的を確実に捉える中、前年の優勝者・慧への期待が重くのしかかる。


慧の指先が、放つ瞬間にわずかに震えた。それは彼女自身も気づかないほどの小さな狂いだったが、その矢は的をわずかに外れた。

慧は深く息を吐き、一礼して静かに席を立つ。その背中には悔しさと共に、かすかな安堵が滲んでいた。

プレッシャーに屈したか……でも、できることは全てやった。


最後の舞台は、つぐみと麗霞の一騎打ちとなった。去年の中学の舞台でも、最後まで食らいついたのはつぐみだった。だが、あの時はまだ明確な差があった。今年、杏子の衝撃に触れ、麗霞を倒すために、杏子にも協力してもらい研鑽を重ねたつぐみは、確かな成長を見せていた。


2人の射型は似ていた。鋭さがあり、勢いと気迫に満ちている。わずかに美しさ、優雅さで麗霞に分があるか。両者とも矢を正確に的中させ続け、勝負は長期戦となる。会場の緊張が極限に達する中、つぐみの心に杏子の言葉が蘇る。

「正しい姿勢で射ることだけ。それだけを考えればいい」


つぐみは深呼吸をし、矢を放つ。しかし、その矢がわずかに的を外れた瞬間、勝負が決まった。麗霞は最後まで冷静さを保ち、見事に的の中心を射抜いた。

つぐみは深々と一礼をした。悔しさはあったが、それ以上に麗霞の強さを改めて実感し、自分の課題を見出していた。


「負けた...」

舞台を離れたつぐみは、涙を浮かべながら呟いた。


観客席で見守っていた杏子は、つぐみの健闘に胸を打たれながらも、雲類鷲麗霞の存在の大きさに圧倒されていた。つぐみでさえ勝てなかった。けれども、杏子の目標は団体戦だ。個人では及ばなくとも、総合力で勝負できる。チームワークは絶対に負けない。


栞代、紬、あかね。そして冴子さん、沙月さん。もちろんマネージャーのまゆも。わたしには最高の仲間が居る。杏子は心の中で、仲間たちの顔を思い浮かべた。


雲類鷲麗霞率いる鳳城高校への挑戦を誓うように。




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