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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第48話 インターハイ前夜

インターハイの会場に近い宿舎に到着したバスから、光田高校の弓道部員たちが降り立った。八月の陽射しが容赦なく照りつけ、制服の襟元が汗ばむ。宿舎の正面玄関には、白木の掲示板に各校の部屋割りが整然と貼り出されていた。古びた木造の建物は、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。


「あ、見て!」と声を上げたのは、いつも元気いっぱいのあかねだった。「鳳城高校も同じ宿舎だって!」


その言葉に、部員たちの間で小さな歓声が上がる。部員たちは、興奮した様子で互いの顔を見合わせた。


光田高校弓道部の快進撃は、あの鳳城高校との練習試合から始まったと言ってよい。あの練習試合で学んだものは多かった。敗れはしたものの、鳳城高校といえば、全国優勝を何度も成し遂げた強豪中の強豪。その名は誰もが知るところだ。

その鳳城高校をあと一歩のところまで追い詰めたことは、部員の大きな自信になった。


それに、忘れられないのが、あの時にレギュラーから漏れた瑠月を中心とした、宿での夜のことだ。いろんな感情が渦巻き、学んだ。部員たちの結束が一気に固まった夜となった。そして、最も多くのことを学んだ瑠月は、そこから快進撃が始まり、個人県チャンピオンにまでなった。。


まだあれから三カ月なんだ。いや、もうあれから三カ月なのか。練習試合の遠征メンバーは、一様に感慨深かった。


鳳城高校にしても、雲類鷲麗霞の入学で大きな注目を浴びていたが、この三カ月でその注目度もケタ違いになった。公式戦無敗のまま、このインターハイに勝ち進み、中でも、やはり雲類鷲麗霞の存在は飛び抜けていて、中学から続けている、公式戦全的中の記録も順調に延ばしていた。


今大会でも、優勝候補の筆頭とされている。


短い休憩の後、光田高校の部員たちは割り当てられた練習場へと向かった。バスを降りた場所から少し歩いた先にある広い弓道場では、すでに数校が練習を始めていた。そこではすでに鳳城高校が練習を行っていた。弦音が静かに響く中、杏子の目は自然と麗霞の姿に引き寄せられた。


薄紫の袴が風になびく。麗霞の射は、まさに芸術だった。凛とした佇まいは、弓道着姿でありながら、どこか気高さを感じさせる。弓を構える姿は美しく、矢は迷いなく的中する。的に向かって放たれる矢は、まるで風の流れそのもののように滑らかで力強く、そして迷いがない。杏子は目を奪われていた。


その所作の一つ一つが、長年の修練の賜物であることを物語っていた。杏子は思わず息を呑んだ。自分の射と、目の前の射との違いを、痛いほど感じていた。


「すごいだろ」

隣でつぐみが言った。その声には少しだけ誇らしげな響きがあった。杏子は言葉を返すこともできず、ただ頷く。


麗霞の放つ矢がまた一つ、正確に的の中心を捉える。麗霞が存在し、弓を引くだけで、この場の空気が澄んだような気がした。


杏子は、練習試合の時には見ることができなかった麗霞の真価を、今、目の当たりにしていた。その射には、ただ的を射抜くだけではない、何か深いものが宿っているように感じられた。


「あの麗霞を越える。見てろよ、杏子」

つぐみが自信満々に杏子に宣言した。つぐみの強気さは、いつも気持ちがいい。それにしても、麗霞は同じ学年だ。ということは、団体でも金メダルを獲るということは、麗霞を、麗霞が率いるチームを越えなければならないということだ。


杏子は今更ながら、目の前に立ちはだかるその壁は、まるで超えることを拒む絶壁のように感じた。しかし、引き返すわけにはいかない。その先にしか、私だって、その先にあるものを掴むために、全力で努力しているのだから。


練習が終わり、交代の時間になった。鳳城高校のメンバーが弓道場の隅に引き上げる中、光田高校が代わりに練習を開始した。杏子たちは練習を手伝いながら、出場メンバーのサポートに回る。矢取り、的の交換、道具の整理…。みんなが黙々と動いていると、ふと後ろから声がかかった。


「光田高校の…杏子って言ったよね?」


振り向くと、鳳城高校の黒羽詩織が立っていた。


「私、鳳城の黒羽って言うんだけど。代表メンバーにあんたの名前無いよね。個人も団体も。練習試合のあんた見てたら、ちょっと考えられないんだけど、光田高校はヨユーかましてんの?」


その言葉に杏子は一瞬戸惑う。栞代や冴子が少し眉をひそめたが、杏子は静かに答えた。


「県大会で、負けたからです」


「でも、ブロック大会では、個人も団体も勝ってるよね。しかも全部的中だろ。そんなもの、うちの麗霞ぐらいだと思ってたけどさ。ヨユー? それとも怪我?」


「実力不足です…」

杏子の声は落ち着いていた。淡々とそれだけ伝えて、杏子は黙って頭を下げた。弓道は微妙な競技なので、その日の調子や体調も大きく作用する。しかしながら、個人戦の出場を逃したとはぽか、団体戦のメンバーにも入らないというのは、彼女の実力を知っているものから見ると、とても信じらなかった。


しかも、あの時、鳳城高校を追い込んだ団体戦のメンバーからは、二人しか登録していない。不思議に思うのも無理はなかった。


「結局あれか、練習試合の時はまぐれだったってことか? 結構美しい射型に見えたけど、所詮、いくら射つ姿が美しくても、あたらね~ってことだな」


「おい、いきなり初対面の相手に、失礼だろっ。」

横に居た栞代が、二人の間に入ってきた。


「親切に言ってやってんだよ。いつまでも射型なんてものに拘ってるから、安定して結果出せねーんだよ。」


「おい、いい加減にしろっ」栞代が掴み掛かろうとした瞬間、冴子が寸前で止めた。


同時に、騒ぎを知った鳳城高校のメンバーが何人かやってきて、黒羽を引き離した。そして、部長の帆風秋音が「大変申し訳ありません」と謝罪し、その場は収まった。

黒羽は先輩にきつく注意されていたが、どこ吹く風で全く意に介していなかった。


「栞代、おまえ杏子のことになると、ほんとに抑えが効かないな。」

冴子は少し呆れつつも、さして咎める様子もなかった。

当の杏子は特に気にする様子はなかったが、栞代には「ありがとう」と伝えていた。


その頃、練習場では、不動監督が、拓哉コーチに声をかけた。白髪交じりの不動監督の目には、何かを見透かすような光があった。「


「ブロックチャンピオンが全国大会に参加できないのは、仕方ないとはいえ、もったいないですね」

そこには何か事情があることは推察していたが、そこには踏み込まなかった。


拓哉コーチは静かに応えた。「仕方ありません」。特に残念な風では無かったが、続けて不動監督が言った

「小鳥遊つぐみさんもとても素晴らしい選手ですが、麗霞が一番弱い部分を持っている杏子さんと、逆に杏子さんが全く持っていない武器を持っている麗霞との戦いは、見たかったです。」

という言葉に対しては、拓哉も、コーチという立場を離れれば、最も見たい対決ではあった。だが、すべては生徒が決めたことだ。それを後押しするのが、コーチの役目だと信じていた。それにまだまだ一年生だ。戦うチャンスはいくらでもあるだろう。


道場に流れる風が、一瞬、時を止めたかのように感じられた。


光田高校の部員たちは、それぞれの役割に徹した。インターハイ出場メンバーが真剣な面持ちで練習に励む中、杏子、栞代、紬、あかね、そして二年生である冴子、沙月も、練習の補助や道具の手入れなど、裏方の仕事を積極的に引き受けた。道具の手入れをする手つきは丁寧で、それぞれが自分なりの思いを込めているようだった。まゆはマネージャーとして、一射一射を丁寧に記録していく。真剣そのものだ。


夕方になり、練習が終わる頃には日はすっかり傾いていた。杏子たちは道具を片付け、宿舎に戻る。夕食は共同の食堂で提供されるため、鳳城高校のメンバーとも同じ場所で食事をすることになった。


夕食時間になると、食堂には各校の選手たちが集まってきた。木の温もりを感じる広間に、かすかに夕暮れの光が差し込む。


鳳城高校の部員が集まってきた時にも、栞代と黒羽は睨み合っていた。花音やつぐみが、いったい何があったのか尋ねた。

冴子がさきほどの出来事を話すと、全員憤ったが、まさかここで問題を起こすわけにはいかない。


つぐみが杏子に、「オレに任せとけ」とこれまた、力強く宣言していた。


杏子は箸を取りながら、今日見た麗霞の射を思い出していた。あの美しさと力強さは、単なる技術の結晶ではない。そこには、数えきれない時間と努力が詰まっているはずだ。それに加えて何か大きな力が働いているようにも思えた。あのすべてが集約されているかのような一射一射には、大きな意志が感じられた。


「杏子、あのヘンテコなやつ、県大会準優勝で麗霞の次らしいな。団体メンバーには入っていないのはどうしてかワカランが」

「栞代、不動監督は礼を重んじる監督だ。いくら実力があっても、鳳城高校の名前を冠して戦う団体戦には、不動監督が認めたメンバーしか入れない。」

つぐみがそう説明した。


なるほど、そういうことか。栞代と杏子は強く頷いた。栞代も杏子も、今は補助役に徹しているが、この経験は必ず来年に活きてくる。全国の強豪たちの姿を間近で見られることは、それ自体が大きな財産となるはずだ。


横では、あかねとまゆが話していた。


「まゆ、記録取るの大変だったんじゃない?」

「大丈夫…楽しかった…」


まゆが小さな声で答えながら、手元のノートを抱えた。そのノートには、今日の練習内容やデータがびっしりと書き込まれている。これが明日からの戦いへの最後の支えになるだろう。


食堂の窓からは、茜色に染まった夕暮れの空が見えた。雲一つない空には、すでに一番星が瞬いている。明日からの本番に向けて、選手たちの心は静かに昂ぶっていく。この大会で、どんなドラマが生まれるのか。誰もが、その答えを心待ちにしていた。


杏子は窓の外を見つめながら、来年、必ずこの場所に戻ってくる。そして今度は、選手として、あの射のように美しく、力強い射を放つのだ。夏の夜風が、彼女の頬を優しく撫でていった。



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