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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第46話 合宿、最後の夜

合宿所の中庭には、弓道部員たちの楽しげな笑い声が響いていた。夕暮れの柔らかな光が差し込み、夏の香りが風にのって漂う中、簡易テーブルの上には焼きたての肉や野菜が次々と運ばれていた。今日の主役、神楽木綾乃さんは、少し居心地悪そうにその光景を見つめていた。


「神楽木さん、今日は座っていてくださいね」

花音が微笑みながら言った。合宿所の世話係である神楽木綾乃が、いつものように手伝おうとして立ち上がりかけたところだった。

「でも、なんか落ち着かなくて。こういうとき、何か私にもできることが…」

「だめですよ」と優しく制する声。「今日は神楽木さんへの感謝の会なんですから」


綾乃さんは、そわそわしながら炭火の近くに視線を送ったが、栞代がすかさず遮った。

「いいんですって! 今日は綾乃さんがゆっくりする日なんだから。ほら、肉も焼いてるし!」

栞代はトングを器用に操りながら、ジュウジュウと音を立てる焼肉を見事な手さばきでひっくり返した。綾乃さんは「本当にありがとう」と笑いながら、用意されたパイプ椅子に腰を下ろした。


花音は全員の前に立ち、咳払いをした。庭に集まった部員たちの話し声が自然と静まっていく。

「みなさん、この二週間、綾乃さんには本当にお世話になりました。朝早くから夜遅くまで、私たちの食事の準備や掃除、整理整頓まで見てくださって…」

花音の言葉に、部員たちが頷きながら聞き入る。炊事当番への指示から食材の買い出しまで、綾乃さんの支えがあったからこそ、充実した合宿生活を送ることができた。


「えへへ、お肉焼けましたよー!」

肉調理担当の一人、沙月が、こんがりと焼けた肉の盛り合わせを持ってきた。

「わぁ、いい色!」

「うまそー!」

歓声が上がる中、次々と料理が並んでいく。


「ねえ、杏子、次の肉当番は誰だっけ?」

つぐみが隣で杏子に囁く。杏子は笑顔で答えた。

「今は二年生の番だから、もうちょっとで私たちに回ってくるよ。」


その会話を聞いていたあかねが、「じゃあ次の肉は杏子が焼く番だね!」と楽しそうに声を上げると、栞代がそれに乗じて「杏子、いつも弓道で精密に結果出してんだから、肉の焼き加減もピンポイントで頼むぜ!」と茶化した。


「そ、そんな~。いつも正しい姿勢のことだけ考えてて、中るかどうかは、ただの結果なんだから~。

あ、じゃあ、正しい姿勢でお肉を焼けばいいのね。でも、お肉の正しい焼き方の姿勢って、どうやるの?」

杏子は顔を赤らめながら笑い、つぐみと視線を交わして小さく肩をすくめた。


神楽木がまた少し落ち着かない様子で動き掛けたのを、遮るようにが料理が運ばれてきた。

「綾乃さん、これ食べてみてください!私が焼いた玉ねぎです!」

「あ、私の焼いたアスパラガスもどうぞ!」

部員たちが次々と自慢の一品を持ってくる。普段は綾乃に料理の指導を受ける立場だが、今日は違う。懸命に腕を振るった料理で、感謝の気持ちを表現しようとしていた。

「みんな上手になったわねぇ」綾乃さんが優しく笑う。「最初の頃は、お米を研ぐのも四苦八苦だったのに」

「あはは、思い出さないでくださいよー」

「私なんて、包丁の持ち方から教えてもらいましたからね」

笑い声が庭に響く。買い出しは今日も綾乃さんと一緒に行ったが、調理も片付けも全て部員たちで担当した。それが私たちなりの"ありがとう"の形だった。


バーベキューの香りと部員たちの活気が中庭を満たす中、花音が一同の注目を集めた。彼女は立ち上がり、片手に持った紙コップを掲げて言った。


「みんな、今日は綾乃さんに感謝するための会だからね! 改めて、この合宿中、私たちを支えてくれた綾乃さんにお礼を言いましょう。」


花音の合図で、部員たちは一斉に「ありがとうございます!」と声をそろえた。その瞬間、綾乃さんの目がほんのりと潤んだのを、杏子は見逃さなかった。


「本当にみんなありがとう。私はただの世話係だから、こんなにしてもらうなんて思ってなかった。あなたたちが頑張ってるのを見てるだけで、十分だったのに。」


綾乃さんはそう言って、控えめに微笑んだ。その姿を見て、杏子は胸がじんと熱くなるのを感じた。


バーベキューが進む中、綾乃さんは少しずつリラックスしていった。杏子が焼いた肉を味わい、「美味しい!」と驚いたように声を上げると、周囲の部員たちからも「さすが、杏子!正しい姿勢を掴んだね!」「次もお願いしまーす!」と冗談が飛び交った。


杏子は、そっと綾乃さんに近づいた。


「綾乃さん、私たち、合宿の最後の夜にみんながこうして笑っていられるのは、綾乃さんのおかげです。」


その言葉に、神楽木は少し照れたように「ありがとう」と答えた。その瞬間、杏子の真っ直ぐな瞳に、どこかおばあちゃんを思い出したのか、優しい笑顔を浮かべた。


夜空に星が輝き始める中、合宿の最後の夜は、笑いと感謝の中で更けていった。部員たちに囲まれながら、綾乃さんは静かに思った――光田高校弓道部は、きっとこれからもっと強くなる、と。




夜の涼しい風が中庭を抜け、バーベキューの炭火が赤々と燃える中、弓道部の面々はそれぞれの時間を楽しんでいた。部員たちの笑い声は絶えず、和気あいあいとした雰囲気が場を包んでいた。


焼きあがる肉の香ばしい匂いが漂う中、あかねは絶好の機会とばかりに、臨時コーチの草林吾朗と大和慎吾に近づいていった。


「あの、草林コーチ、大和コーチ、ちょっといいですか?」

あかねが紙コップを片手に、臨時コーチの草林吾朗と大和慎吾に話しかけた。どこか期待に満ちた目で、二人をじっと見つめる。


「なんだい?」

草林が笑顔で答えると、大和も興味深そうに目を細める。


「拓哉コーチの学生時代の話、聞かせてください! どんなだったんですか?」


あかねの問いに、二人は顔を見合わせて「おや?」という表情を浮かべた。部員たちも興味津々で耳を傾け始める。拓哉コーチがどんな人だったのか、皆それとなく気になっていたのだ。神楽木綾乃さんの表情が、どこか優しい懐かしさを帯びていた。


「うーん、面白い話って言うよりさ…拓哉って、真剣そのものだったよな。大学時代の彼は、弓道への思いが人一倍強かった。」

草林が遠い目をして語り始める。


「そうそう。ただ、そのせいでちょっと悩みすぎたときもあってさ。一時期、弓道を辞めるほど悩んでいたんだ。そして、また突然、ふらっと旅に出たことがあったんだ。」

大和が頷きながら続ける。その言葉に部員たちは驚きの声を上げた。


「え! 弓道を辞めたんですか?」

つぐみが目を丸くして尋ねると、大和は笑みを浮かべて言った。

「神社の跡取りとして、周りから期待される弓道と本当に自分がやりたい弓道の間で苦しんでいたんだな」

あかねは食い入るように聞き入った。拓哉コーチの、知らなかった一面が見えてくる。




「ああ。でも、その旅先で今の拓哉を形作る大事な出会いがあったんだよ。それの場所がこの合宿場なんだ。そして綾乃さんとの出会いなんだ。」


「神楽木さん!」

あかねは声を弾ませて、綾乃さんの方に視線を向けた。「そのときの話、聞いてもいいですか?」


綾乃さんは少し驚いたようだったが、やがて微笑みを浮かべ、過去を思い出すようにそっと語り始めた。


「ぶらっとやってきて、なんだか汚い格好してるじゃない。話を聞いたら、お腹も空かせてるって言うから、ご飯を作って食べてもらって、ゆっくり話を聞いたの。

そしたら、弓は好きだけど、実家の望むようには引きたくない。自分の目指すものと違うんだ。だからもう分らなくなった。なんて言ってたかな。

でも、弓はすごく好きだって言うから、じゃあ、好きなだけ引いたらいいじゃないって言ったの。あのときはびっくりしたわね。一心不乱に弓を引き続けていて、まるで何かに追われているみたいでもあったわ。必死で振りほどこうとしているようにも見えたな。

なんと言っても、三日三晩弓を打ち続けて、一本も外さなかったんだから。きっと1万本ぐらいは続けて引いてたわよ。

でもそれで分かったの。彼が本当に弓道を愛していることが。だから、本当にやりたいこと、好きなことをやるべきだって。他人の目なんて気にしなくていい。大事なのは自分で自分をどう見るかってね」

「他人がどう思おうと、自分の心に従っていいんじゃないの? って言ったのよ。」


「三日三晩、一本も外さなかったんですかっっ。」

あかねが食いつくと、


「いや、綾乃さん、そんなはずないじゃないですか!どれだけ盛ってるんですかっ」

突然の拓哉コーチの声に、みんなが笑いに包まれた。

「あら、いいすぎたかしら? みんなが拓哉コーチを尊敬するように、配慮したんだけどねえ」

「大丈夫ですよ、ちゃんと、尊敬してますから」あかねが明るく応えた。



一方、別のテーブルでは、徳永由実コーチと江原順子コーチを囲んで、男性部員たちが弓道とは無関係な質問を繰り返していた。


「先生、ぼくたち、どうしたら女性にモテるんですか?」

「いや、それより、弓道やってるってどうやったらカッコよく見えるんですかね?」


困ったような表情を浮かべた徳永コーチは、きっぱりと答えた。

「弓道に関する質問だけ受け付けます。」


隣の江原コーチも苦笑しながらうなずく。そのやり取りを見て、周囲の部員たちはまたしても大笑いとなった。


その傍らでは、マネージャーの雲英まゆが黙々とノートを取っていた。徳永コーチと江原コーチは、そんなまゆに優しく声をかける。

「まゆちゃん、いつもありがとうね」

「本当にご苦労さま」

まゆは照れくさそうに、ノートに「ありがとうございます」と書き込んだ。

手書きの文字が並ぶノートを見て、二人のコーチは「こちらこそほんとうにありがとう。」と優しい笑顔で労った。「きちんと練習の記録を取るって本当に重要なの。この一週間、そのノートのおかげで、わたしたちも指導できたと思う。それをずっと一手に引き受けて、本当にすごいわ。」まゆは照れくさそうに微笑み返し、静かにまたノートに何かを書き始めた。


やがてバーベキューの時間が終わり、部員たちは感謝の言葉を口々に綾乃さんへ伝えた。


「本当にありがとうございました!」


綾乃さんが「こちらこそ、楽しかったわ」と笑顔で応じると、部員たちは一斉に後片付けを始めた。焼き網を洗い、テーブルを拭き、残った食材を整理する姿には、どこか一体感があった。


最後にすべてが片付くと、花音が締めくくりの言葉を述べた。


「明日は、いよいよインターハイに向けて出発です。みんな、準備はいい?」


部員たちが「はい!」と力強く答える。その声は星空に向かって広がり、次なる挑戦への期待を感じさせるものだった。


楽しいバーベキューの夜は、静かに幕を閉じ、弓道部の心は次の目標へと向かっていた。部員たちの心の中では、これまでの練習の日々が、そしてこの特別な夜の思い出が、しっかりと刻まれていた。





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