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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
エイプリルフール譚
407/414

第407話 『四月一日の狂詩曲(ラプソディ)~嘘と、真実と、紅茶の香り~』 その1

第三章 可愛い嘘の完成形


朝からどこか重心のずれた不思議な一日だった。

拓哉コーチと滝本顧問の「男女担当替え」宣言。

道場に充満したいつもとは全く異質の緊張感。


「笑顔の閻魔」の洗礼を受け女子部員たちが精神的にぐったりと疲弊した午前の公式練習。


その全てが終わり昼食のお弁当が一段落したその時だった。

「君たち、今日はエイプリルフールだからといって何かいたずらは考えているのか?」


拓哉コーチが珍しく顔を出し、広げられた杏子のおばあ様特製のお饅頭に目を止めた。そして視線で「一つもらってもいいか」と杏子に問いかける。


(((珍しい……!)))


部員全員が同時にそう思った。杏子はどうぞと手でそれを示した。


拓哉コーチは普段、昼食時に顔を出すことはほとんどない。練習は道場で完結する。それが彼のスタイルだ。だからこそこの訪問自体が何かの前兆に感じられた。


コーチのその唐突な問い。それに一番分かりやすく身を固くしたのは、もちろん真映だった。

「そ、そ、そ、そんな子どもっぽいこと! わ、わたしたちがするはずないじゃないですかっ!」

分かりやすく動揺した返事。

真映の声が一オクターブ高くなっている。顔が赤い。目が泳いでいる。完全に怪しい。


その瞬間だった。それまで静かにお茶を飲んで、お饅頭を摘んでいた杏子が、急にケラケラと楽しそうに笑い出した。


「はいっ! コーチ!」

杏子はにこやかに手を挙げた。


「今日持ってきているこのお饅頭。そのうち一つだけ、特別に『梅干しのすっぱさをそのまま閉じ込めた特製の梅ジャム』が入ってるのがあります。おばあちゃんとこっそり作りましたっ!」、

幼稚園児の無垢の見本が今ここに降臨した。


杏子の笑顔は太陽のように無邪気だ。嘘をついているようには全く見えない。というより彼女自身がこのいたずらを心から楽しんでいる。


拓哉コーチの手がぴたりと止まる。その口が「うっ」とすぼまった。

彼が今まさに手に取ったそのお饅頭。


「ほら〜〜〜っ! コーチ〜〜〜っ!」

待ってましたとばかりに真映がすかさず叫んだ。


「わたしたちになんの相談もなしに見捨てたから、バチが当たったんですよぉぉぉ!」

真映の声には本気の悲しみと演技の楽しさが混ざっている。それみたことか、という表情と、悲しい表情が交錯している。


「……何言ってんだ君たちは。……本当に担当替えるぞ?」

明らかに酸っぱい顔のままコーチが悔しそうにそう呟いた。


「「「「「ええっ!?」」」」」

今度は女子全員の声が揃う。


杏子は慌てて温かいお茶を差し出し、そして満面の笑みで次のお饅頭をコーチへと勧めた。「こっちはほんとに美味しいですよっ。おばあちゃんと一緒に作ったんです」


コーチは仏頂面でそれを受け取りいつもの無表情へと戻ると


「……まったく。いつも君たちにはやられてばかりだからな。たまにはこっちから仕掛けようと滝本顧問と相談して『逆いたずら』を仕掛けさせてもらった。……でもまあいい勉強にはなっただろう?」

一同はこくこくと頷くしかない。


「……結局杏子部長にはまるで叶わないな。練習もまるで影響無かったそうだし。君たちが『宇宙人』って言う理由がよく分かったよ。……自分で選んだはずなのに」

ぶつぶつとそう言いながらお饅頭を頬張る。


「……こりゃ美味い」

そう一言言い残して拓哉コーチは去っていった。


午前の公式練習はコーチ陣発の壮大な「エイプリルフール」というオチで見事に幕を開け、そして見事に終わったのだった。


「やられた……」「まさかコーチが……」「本気で信じてた……」

感想が飛び交う中、杏子もまた「いたずら大成功」の満面の笑み。


栞代は杏子の笑顔を見ながら密かに思う。杏子のこの純粋さ、この無邪気さ。それが部全体を明るくしている。彼女がいるからこそこの部は温かい。そして、強い。


午後。


自由参加の自由練習。……なのだが、いつもの通り、いつものメンバーが参加してる。要するに全員だ。


拓哉コーチは珍しく一人ひとりの射位の後ろに立ち、いつもより丁寧に指導をつけて回る。自主練習の時は、求められるか、または最低限の指導しかしないのだが、今日は少しバツが悪そうだ。


一華とまゆがそのアドバイスを即座にデータとして更新し、部長である杏子へとフィードバックして情報を共有する。杏子がそれを見てもう一度コーチと連携し、部員たちのフォームの微修正を加えていく。


画像と数字と人間の身体が美しい三角形を描いていた。


データが射型を磨き射型がデータを生む。その循環が部全体のレベルを押し上げている。


いつも通り。いやあまりにいつも通りだ。


栞代はそのあまりにも完璧な日常の風景に、朝のあの担当替え騒動の違和感を静かに飲み込み、それぞれの練習に集中している様に、改めて感心した。


一方で真映は。杏子の祖父に一矢を報いる時間を、今か今かと興奮が抑えきれないでいた。


「真映、力入ってるよ」

親分からの注意も、届いているのかどうか。


真映の目が輝いている。美術部との共同作戦。祖父を驚かせる計画。その全てがこれから動き出す。


練習後。杏子はいつも通り栞代と家路につく。


家で着替えを終えると祖母が予定通り「杏子ちゃん。ちょっとお買い物付き合ってくれる?」と彼女を連れ出した。


「おお、わしも行く!」

祖父がそう言い出すのも全て想定内の展開。


栞代は心の中で祖母に感謝した。完璧なタイミング。完璧な演技。祖母もまたこの「可愛い嘘」の共犯者だ。


買い物隊が家を出たその直後──。


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