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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
エイプリルフール譚
405/414

第405話 四月馬鹿(エイプリルフール)前日譚~カルテットの密議~ その3

第二章 芸術的詐術


杏子部長には決して言えない愚痴や文句。

それを存分にぶちまけるために作られた公認の秘密のグループLINE。

だがその場所は設立から半年以上が経った今も、ただの一度も本来のその役目を果たしてはいなかった。

そしてその秘密の場所が初めて本格的に稼働したその議題は。


「打倒・親分」でも「親分への不満」でもなく──「いかにしてあのおじいさまたちと楽しく遊ぶか」という壮大な悪巧み(サプライズ)の相談だった。


真映からのそのあまりにも楽しげな提案。ソフィアと紬への美術部との橋渡し役の依頼。

返事は即座に快諾だった。


文化の扉がひらく。

翌日の昼休み。紬とソフィアは美術室の扉を叩いた。


古い絵の具と油と、そして新しい接着剤の匂いが混じり合った独特の空間。窓からの光が画材棚を照らし、長年の創作活動で染み付いた色彩の記憶が空気に溶け込んでいる。


そこには質感の魔術師ギミックの発明家色彩の狙撃手──それぞれが恐るべき異名をほしいままにする職人たちが揃っていた。


ソフィアと紬はアニメ談義もそこそこに、話し始めた。

「……紙コップを陶器に見せたい。四月一日エイプリルフールに使いたい。触っても音でもなるべくバレない精巧なやつを。基本は見た目で十分だが、相手は陶器自体は素人だが、紅茶、コーヒー、それぞれの在野の天才だ」


ソフィアと紬は弓道部員らしく安全面と当日の動線だけを簡潔にそう告げた。


その一言で美術室の空気が変わった。光田高校美術部は、文化部での光田高校の顔だ。


美術部部長の月見里(やまなし)透花(とうか)が愛用の面相筆のその筆先をまるで空中にデッサンでもするかのように泳がせる。細く長い筆の先端が目に見えない設計図を描いているようだった。彼女は、全国総文祭出展経験者だ。


「……たのしそう」

透花の声は静かだが確信に満ちている。彼女の目には既に完成品が見えているのだろう。


3Dプリンタ担当の石動(いするぎ)るなが、紙コップを一つ手に取り裏返しその底を指先でトントンと叩いた。


「……音は外付けのワッシャーで偽装。重さは鉛テープで足す。でも持ち上げやすさは保持しないと。倒れたら全てが終わり」


るなの分析は物理学者のように正確だ。紙コップを何度も傾け重心の位置を確認している。彼女の手は道具を扱う職人のそれだった。

全日本デザイン展入選者である。


レジン担当の四十万(しじま)ねむが小さな樹脂の瓶を振りながら呟く。

「……内壁はあえてツヤを落として"使い込まれた感"を出す。指の腹に触れる僅かな引っかかりが要る」


ねむは自分の指先で空中のカップを撫でるように動かす。触覚の記憶を呼び起こしているのだ。陶器特有のざらつきその微細な抵抗感。それが真実味を生む。


色彩設計の匂坂澪が色見本帳を扇のように広げ迷いなく三色を抜き出した。

「粉引の白をベースに。釉薬の深緑と薄鼠を重ねる。光は少し高め。青寄りで」彼女には、佐藤太清美術展特選の実績がある。


(ささら)の選択は瞬時だが的確だ。日本の伝統的な釉薬の色彩が持つ深みと温かさ。それを紙という素材に宿らせる矛盾した挑戦。


装丁担当の物集(もずめ)いとは、すでに印刷用のラフを引き始めている。

「……"東京銀座・某老舗監修"風のロゴと帯。遊びで入れる?」


いとの筆先が走る。架空の老舗ブランドのロゴが生まれていく。嘘の権威が真実味を増す不思議な魔法。高校生国際美術展で文部科学大臣賞受賞。


そして日本画担当の久遠寺(くおんじ)柚子葉(ゆずは)が金泥の小瓶を愛おしそうに傾け微笑んだ。

「……縁が生きていると本物の目利きは逆に迷う。やりすぎずでも最後の一点で確実に引っかける」


柚子葉の声には芸術家の誇りが滲んでいる。金泥による「嘘の光」。それは真実よりも繊細でなければならない。


高校生国際美術展では二年連続入選を果たし特に金泥を用いた繊細な表現において、屈指の技術を持つと評価されている。


この瞬間。光田高校弓道部の「可愛い嘘」は美術部の「芸術的詐術」と固い握手を交わした。


公然の秘密LINEで作戦の進行は報告される。


作戦名はいつも通り、真映が提案。

『どれが紙コップ?作戦 — 二人のグランパを騙し切れるか!』で、どやっ!

「どやって、そのまんまやん。ひねりの一つもないんかいっ」突っ込むのはあかねの担当。


二人とはもちろん杏子の祖父とそしてソフィアの祖父エリック。


「うちのグランパも『紙では本当の香りが立たない』派だから。ぜひ試したい」

ソフィアからの提案。

ソフィアの文字を追いながら、ソフィアの発音をみんなが思い浮かべる。

日本語の端々にまだフィンランドの母音の響きが優しく揺れる。「グランパ」という言葉の「グ」の音が少し硬く「パ」の音が柔らかい。それが彼女らしさを醸し出している。ほんとに随分日本語が上手くなった。どれほど努力を重ねているのだろう。


「面白いっす! どうせやるなら世界を相手にしましょう!」

真映はもうすっかり当日の司会者の顔になっていた。両手を広げて大げさに宣言する姿は、全員の頭に浮かんでいる。


役割分担はすぐに決まった。

設計/ギミック:石動(いするぎ)るな(重さ・音響ワッシャー・インナー二重構造)

塗装/質感:月見里(やまなし)透花(釉薬の"だまり"・"斑点"・ハイライト)

表面加工:四十万(しじま)ねむ(貫入風のレジン膜・指腹の抵抗値)

色設計:匂坂(さきさか)澪(釉色・内外の白のバランス調整)

ラベル/小道具:物集(もずめ)いと(英文モック・"世界二位"マグカップの版下)

画竜点睛:久遠寺(くおんじ)柚子葉(ゆずは)(金泥による"嘘の光"を縁に一点)


監修:栞代(安全管理・当日のオペレーション統括)

段取り検証:あかね&まゆ("目利きの視線"でのシミュレーションとお茶の回し方)

司会/演出:ソフィア&真映(ルール説明・拍子木・罰ゲームの文言作成)

機密保持監視:一華(情報統制・当日の導線確保)

対象外通知:楓(杏子への完璧な接触管理 = "推しを絶対に守る")


「グランパ対決の罰ゲームはどうする?」

ソフィアが目をきらりとさせ、LINEに投稿する。


「負けた方が『勝者からの最高のおもてなしを受ける』でどうかな?」

まゆが手短にまとめた。


「それと『World's Second-Best Grandpa(世界で二番目のおじいちゃん)』って書いたマグカップの贈呈もセットで。きっと悔しがるよお〜」

まゆの提案に全員が笑った。世界で二番目という絶妙なラインが祖父たちのプライドを適度に刺激するだろう。


作成依頼した、月見里透花はひとこと。

「……フォントはポップ体は使わないで」と透花。


いとはすでにその版下のペン先を走らせている。シンプルだが品のあるセリフ体。遊び心と敬意のバランスが完璧に取れたデザインが生まれていく。


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