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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
エイプリルフール譚
404/416

第404話 四月馬鹿(エイプリルフール)前日譚~カルテットの密議~ その2

その言葉に場の空気が凍りつく。栞代が怒った時の恐ろしさは、全員嫌というほど知っている。


「……わたしはそんなリスクを冒してまで参加する気はありません。どうしても部長をターゲットにするというのなら、わたしはこの計画から抜けます」


じゃあ親分じゃなければ、参加すんのかいっ。あんたさっきまで早く帰りたがっとったんとちゃうんかい。こういうくだらない悪巧みに一番ノリ気なのは、いつだってこの一華なんだよな。

真映はそのツッコミを口にも顔にも出さずぐっと飲み込んだ。


だが、一瞬でもあの若頭を怒らせた経験を持つ(そしてその恐怖を骨の髄まで知っている)一華のその主張は完全に正しい。


一華は一度だけ、杏子部長のあまりに常識離れの安定感を全く分析ですぎ、いらだつ気持ちを思わず部長にぶつけてしまったことがある。

あの一瞬の一華に向けられた栞代の目、忘れたくても忘れられるはずはない。すぐに謝罪の機会を与えてくれたのは、動機そのものは杏子部長のために、ということを知っていてくれたからだろう。

ただ、謝罪した時の、杏子部長の涙目。そして、なのに笑顔で許してくれた部長の態度の方が、重たく胸に突き刺さってはいるが。


論の骨組みを瞬時に立て、あらゆるリスクヘッジを行い余計な隙を全て消していく。アナリストとしての彼女のその優秀な頭脳は、こういう時にも最大限に発揮されるのかもしれない。


つばめが大きな欠伸を一つ噛み殺しながら興味なさそうな顔で手を挙げた。

「……じゃあ結局誰をターゲットにするの?」


その問いに真映は少し考え込む表情を見せた。

「……うーん。若頭は自分のことなら『おもろいやん』と笑ってくれる可能性もあるにはあるが……。リスクが高すぎる」


真映は指を折って数え始める。

「若頭に仕掛けたとして、親分の対応が予測不可能。やはりあの二人には触れてはいけない。……あかねアネゴはわたしと生死を共にすると誓った盟友やからこれも不可侵。まゆアネゴはあかねアネゴの無二の親友なのでこれも無理。……となると残るは……」


真映は指折り数えそして道場の天井を睨んだ。

「……ソフィアさんと紬さん」


「……ソフィアさんはユーモアが分かる。でも紬さんはやめとこ。『それはわたしの課題ではありません』って真顔で言われて終わるだけだから」

楓が即断する。

「……ていうか真映ちゃん。途中から『アネゴ』って付けるのメンドくさくなって投げやりになってない?」


その指摘に真映は少しバツが悪そうな顔をした。だが反論はしない。


「……ターゲットですが」

その時一華がぽつりと呟いた。

視線が彼女に集中する。一華はタブレットを見つめたまま静かに言葉を続けた。


「……杏子部長のおじいさんはどうでしょう?」

その一言で空気が変わった。

四人の視線が中央で激しくぶつかった。

真映の目が光を含んで()ぜた。


「……それだ」

つばめはその場ですぐにスマートフォンを取り出し姉のつぐみにLINEを送った。姉は一時期杏子部長の家に入り浸っていた。いや、暮らしていたと言っていい。あのご隠居の生態にも詳しいはずだ。


返信は驚くほど早かった。

『おじいちゃんを? 絶対に面白くなるよ』


しばらく待つと、続けて届く。

そのつぐみの文面には興味深げな空気が滲んでいる。


『……あの人の特技は紅茶とジャズ。そのどっちかに絡めたらいいんじゃない? ただしおばあちゃんへの事前の根回しと杏子への情報バレの防止。この二つの条件は必須になる。……となると栞代の協力が絶対に必要になるな』


「……ジャズはわたしたちには知識が無さ過ぎますね」

一華がつばめのスマホの画面を確認し、即座に提案した。

「……紅茶のテイスティングというのはどうでしょう?」


つばめがその案を姉に送る。しばらくして返信が来た。

『……うん。いいと思う。あれで杏子のおじいちゃんはなかなか鋭いから間違わないとは思う。だが、一番得意な紅茶のテイスティングで万が一にも間違ったりしたら、本気でプライドが傷つく。大丈夫だとは思うけど、そんな姿を杏子に見せてしまったら、地球崩壊クラスの大惨事だ。工夫がいるよ』


一華が小さく頷く。その懸念は的確だ。


『……それならコップを工夫したらどうだろう? わたしに紅茶淹れてくれた時、時々、入れ物が大事だって話してたよ。「紙コップで紅茶なんて飲めるか!」って今でも言ってる?』


「……! さすがつばめのお姉さん、つぐみさんですね!」

一華の目が輝いた。その表情は普段の冷静さとは違う少女らしい興奮を帯びている。


「確かに。一番得意なもので万が一にも間違ったら、それはもう『可愛い嘘』では済みません。部長の目前で恥をかかせることになります。……でもコップの材質なら。間違っても笑いで終わらせることができる」

一華の声が弾んでいる。分析脳が高速で回転している音が聞こえそうだ。


「『人を傷つけることが目的ではない』。まさに素晴らしい提案です」


つぐみからさらに返信が続く。

『……例えば見た目は完璧な陶器。でも実は紙コップとか。それで見破れるかどうかとかは? ……でも そんな都合のいい技術、用意できる?』


最初に上がった「ブラインド・テイスティング案」はこうして却下された。

可愛い嘘で終わらせる。その大原則だけは全員の共通認識だった。


人を笑顔にするための嘘。それがエイプリルフールの本質だと一華は考えている。データ分析では測れない人間の温かさがそこにはある。


「……ソフィア先輩と紬先輩。あのお二人、アニメオタク繋がりで美術部とも交流が深いはずです」

一華が呟く。


「うちの美術部なら……卒業制作の時期も終わっていますから。三月中旬以降なら時間的余裕もあるでしょう。彼女たちの技術力なら精巧な偽装カップを作ることも可能かもしれません」

楓が目を輝かせた。


そして真映が興奮し、続けた。

「よし! 美術部に頼んで見た目は完璧な陶器やけど実は紙コップっていう『騙し絵』みたいなやつを作ってもらうんや!」


「お姉ちゃん言ってたけど、わたしたちだけで勝手に進めず、栞代さんに話し通さなくっちゃ。ソフィアさんにも、紬さんにも」

つばめが珍しく真剣な顔で尋ねた。

「若頭の許可がいるよね。部長のおじいさん相手だし」

その指摘に全員が頷いた。


その夜。


わたしには言いにくい愚痴や文句もあるでしょ? だから ここで存分にぶちまけて。本当に伝えないとダメなことだけ、後で纏めて言ってくれたらそれでいいから。


──そんな杏子部長の優しすぎる提案で作られた、杏子本人だけが入っていない弓道部女子の裏グループLINE。

作られてから半年以上、ただの一度も機能したことがなかったその秘密の場所が、初めて稼働した。


真映からその壮大な(?)計画のおおよその概略が伝えられる。


長文のメッセージには計画の全容リスク分析そして何より「杏子部長の祖父を笑顔にするため」という目的が丁寧に書かれていた。


栞代からの返信は意外なほど早かった。


『……ええやん。面白そうやん。おじいちゃんなら絶対に喜ぶわ。おばあちゃんにはオレから事前に根回ししとく。杏子には絶対にバレへんようにする。そして何があってもおじいちゃんのプライドを傷つけへん。これを守れるなら全面協力する』


あかねからも即座に賛同のメッセージが届いた。

『ええなあ! まゆも喜ぶと思うで。あの子杏子のおじいちゃん大好きやから』


まゆからの返信は絵文字だらけの温かいメッセージだった。

『わたしもお手伝いします! おじいさまの驚く顔見てみたいです!』


そして美術部との橋渡し役を ソフィアと紬に依頼すると即座に快諾の返信が届いた。

ソフィアからのメッセージは丁寧な日本語で書かれていた。

『フィンランドでもエイプリルフールは大切な文化です。人を笑顔にする嘘は美しいと思います。美術部の友人に相談してみますね』


紬からは簡潔な一言。

『それは、わたしの課題では、ありません。が面白そうなので協力します』


こうして全ては始まった。


一年生四人の小さな悪巧みは、上級生たちの協力を得て少しずつ形になっていく。美術部の二、三年生たちが卒業制作の技術を活かして精巧な「偽装カップ」の制作を引き受けてくれることになった。

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