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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
エイプリルフール譚
402/414

第402話 第二幕

朝の弓道場。

ぼんやりと全員が揃い始めたその時。


分かりやすく真映の目がきらきらと輝いているのを、誰もが「またイランこと考えてるな」と察したそのタイミングで。


拓哉コーチが道場に入ってきた。

「今日から四月だな。新しい学年も始まる。そして自分がこの光田高校にコーチとして来てから丁度三年が終わったことになる」


いつもの通り淡々と彼は話し始めた。

「そこでだ。顧問の滝本先生とも相談したんだが。少し体制を変えようと思う。……今日から滝本顧問が女子の担当になる」


「「「「「…………えっ?」」」」」

驚きの声が道場に響く。


「コ、コーチ! そ、それってどういう……! わ、わたしたちのこと、見捨てるんですか!?」

真映が悲鳴に近い声を上げた。


「そんなことあるはずないだろ。すぐ隣の男子の方にはいるんだから。何かあればいつでも話は聞ける。滝本顧問は実績も経験も俺より遥かに上だ。必ず君たちの実力をさらに伸ばしてくれる」


そう一方的に言うと、拓哉コーチはさっさと男子部員たちの方へと向かってしまった。


「そ、そんな……! わたし、コーチがイケメンだからこの弓道部を選んだのに……!」

真映がその場に崩れ落ちる。


「……おい。お前そんな不純な理由だったのか?」

栞代が呆れてツッコむ。


「あ、いや、そ、その! それだけじゃないですけど! でも大きい理由だったのは確かです! ……だって、楓だって最初はそうだったんですよっ!」

突然話を振られた楓。全員の視線が彼女に注がれる。


「い、いやっ、それは、もう、完全に若気の至りでしたっ! 今はもう、完全に杏子部長一筋ですっ! 信じてください、ぶちょおおおおおっ!」

……もう、どこからが本当で、何が嘘なのか、まるで分からない。


杏子が、自分にすがりついてきた楓の頭を、優しく、よしよしと撫でていると、そこへ噂の滝本顧問がやってきた。


満面の笑み。

(((……出た。これが噂の『閻魔の笑顔』……!)))

女子部員全員の緊張が高まる。


「はーい、皆さん、おはようございます。まあ、練習は今まで通りのメニューで進めてくださいね」


準備運動、基礎体力トレーニングを終える。


部員たちは、いつもとは明らかに違う緊張した面持ちで矢を番えた。いつもなら射場全体を見渡せる、あの定位置から「能面軍曹」こと拓哉コーチの、クールな視線が飛んでくる。それはそれで厳しい。だがもうすっかり慣れた緊張感だった。


だが今日は違う。

「笑顔の閻魔」こと滝本顧問は、ニコニコと両手を後ろで組みながら、射位のすぐ後ろをゆっくりと歩いている。


しかしその目が一切笑っていない。

「うん、いい姿勢だねぇ、真映さん」


背中にその柔らかな声がかかった瞬間。真映の肩がビクッと大きく震えた。

「でも、今の引分け。ちょっと力んでなかったかなぁ? もっと肩の力すーっと抜けるはずよねぇ?」


「は、は、はひっ!」

指摘は的確だ。だが拓哉コーチの淡々とした厳しさとは全く異質。ジワジワと内側からプレッシャーをかけられるような息苦しさがある。


やがて滝本顧問は杏子の後ろでぴたりと足を止めた。


杏子の矢が寸分の狂いもなく的の中心を射抜く。

「……すごいねぇ杏子さん」

「でもねえ。弓道は一人でやるものじゃないでしょう? あんまり完璧に当てすぎると周りがプレッシャーに感じてしまって、かえってチーム全体の的中率が下がることもあるんじゃないかなぁ? たまには、わざと外してみたらどうかしら? 」


さすが中田先生直系の滝本先生。先生と同じようなこと言ってる。

杏子は思わず可笑しくなってしまった。


だが、杏子以外の部員たちはそれどころではない。

「うわ。笑顔なのに目が全然笑ってない……!」

「拓哉コーチと圧の種類が全然違う……!」

いつもとは違う緊張感で余計な汗をかいていた。


拓哉コーチの練習が、基礎体力とデータで外側からガチガチに固めていく厳しさだとしたら、滝本顧問の練習は、笑顔と優しい問いかけで内面をじわじわと揺さぶってくる「無風の圧迫感」だった。


午前中の練習が終わり昼食タイム。


「「「お疲れ様でしたー……(ぐったり)」」」

部室に戻った女子部員たちは、椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。いつもとは全く違う精神的な疲労感。


「……滝本先生ヤバいな」

栞代がため息混じりにお茶を飲んだ。「拓哉コーチとは別種のヤバさだ」


「わ、わかります……!」

まゆがまだ緊張が取れない顔で頷く。「ずっとあの笑顔で見られてる方が、どこを直されるか分からなくて余計に緊張します……!」


杏子はすでに、もぐもぐと唐揚げを頬張りながらキョトンとしていた。「いつも通りでいいんだよ」


「「「あんたは特別!!!」」」

栞代とあかねの声がハモった。


「……でも新鮮だったな」と栞代。「メンタルのことも結構突いてきたし。拓哉コーチは割とその辺、深澤コーチに任せてるって感じだったけど。滝本顧問はやり方がやっぱり違うね」


「データ分析の観点からも非常に面白かったです」

一華がタブレットを見返しながら言う。「拓哉コーチはあくまで『個』の射型の完成度を重視しますけど。滝本先生は『団体としての流れ』とか『チーム全体の空気』を見ている感じがしました」


「……だけどやっぱりわたしは拓哉コーチがいいです……!」

真映が半泣きになっている。


「滝本顧問がイヤってわけじゃないんですけど……!」

「はいはい。滝本顧問は女性でイケメンじゃないからなあ」


あかねがツッコむと真映はさらに声を上げた。

「い、いや! それだけじゃなくて! なんていうかこう、やっぱり空気が合わないっていうか……!」

その言葉に皆が顔を見合わせる。


「……まあ確かにな」

栞代は少し考えると杏子に声をかけた。「なあ杏子。ちょっとコーチのところに話聞きに行かないか? どうもしっくりとこない。担当変わるにしても」


誰もが、まさか、これが拓哉コーチと滝本顧問が仕掛けたエイプリルフールのネタだとは。この時の彼女たちはまだ知る由もなかったのである。

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