表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
ブロック大会
40/414

第40話 合宿所での祝賀会

ブロック大会の翌朝、宿舎を後にした光田高校弓道部。大会の余韻が残る中、バスは合宿所へと向かっていた。一年生の部員たちは興奮さめやらぬ様子だったが、長い一日を過ごした疲れか、上級生たちは静かに車窓を眺めている。夏の日差しが、バスの中まで差し込んでいた。


山間の合宿所に到着すると、まず全員で荷物を運び入れた。冷房の効いた館内に入った途端、沙月が「やっと着いた~」と深いため息をつく。昨日の試合の疲れが、ようやく癒されていくようだった。


「みなさん、まずは部屋に荷物を置いて、食堂に集合してください」というコーチの声に、部員たちは素早く動き出す。


それぞれの部屋に分かれて荷物を置き、少し休憩してから、部員たちは食堂へと向かった。合宿場の広々とした食堂には、涼しい夜風が吹き抜けるように窓が少し開けられ、夏の香りが漂っていた。


長テーブルには色とりどりの料理が並び、ジュースやお茶が明るく照らされたグラスの中でキラキラと輝いている。笑い声と話し声が交錯し、弓道部員たちの興奮が抑えきれない様子だった。普段の合宿では見られないような豪華な料理が並んでいる。さすが祝勝会を兼ねているな。誰もがそう思った。夏の夕暮れの光が、大きな窓から差し込んでいた。


まず拓哉コーチは、世話係の神楽木綾乃を紹介した。

「こちら、神楽木綾乃さんだ。これからの合宿生活のサポートをしてくれる。食事の献立など、基本的にはお願いしているが、当番の部員と協力して、さらには、みんなで相談してくれたらいい。さあ、挨拶を」

と言って、みんなは、神楽木綾乃に挨拶をし、神楽木も、短く返した。


「それでは、約束していた祝勝会を始めましょう。メンバーは起立してください。杏子さん、冴子さん、瑠月さん、沙月さん、つぐみさん、団体優勝おめでとう。そして、杏子さん、個人優勝、つまり今年のブロック地域での2冠達成、本当におめでとう。綾乃さんと相談して、思いっきりの御馳走を用意してもらいました。それでは、まずは乾杯をします。

では、ここからは部長の花音さん、お願いします。


指名された花音は、ジュースのグラスを持って、立ち上がった。


「こういう時、大人はお酒を飲むんでしょうが、わたしたちはまだ学生。もしもお酒を飲んだら、大会出場がなくなってしまいますので、みなさん、ジュースで酔っぱらってください。」

暖かい雰囲気のなか、どんなことでも受けただろう。みんな大笑いしている。

「乾杯っ」


そして、続けざま、に花音は言った。


「いただきまーす!」


元気の良い声が響き渡る。いつもは規律正しい弓道部員たちだが、この日ばかりは特別だった。

「杏子、おめでとう!」栞代が隣に座る杏子の肩を叩く。「まさか2冠なんて、凄過ぎだろ」

杏子は照れたように首を振る。「ありがとう栞代」

つづいてつぐみに、「つぐみ、いよいよインターハイの個人戦出場まであと二週間だな。どうだ?」

「どうだっと言われてもっ。これから練習だっ。」つぐみがどこかで聞いたような節回しで軽快に返す。ほんとにつぐみが飲んでるのはジュースなのか。珍しくハイになってるな。不思議がる栞代に、杏子が「つぐみ、古い曲知ってるね~。」と言うと、つぐみが「杏子も良く知ってるじゃん」「おじいちゃんがね、音楽好きでいろいろと聴かされるのよね~」

どうやらつぐみと杏子の間には、もうひとつの共通の話題ができそうだ。


そして栞代が、横に居た紬に、「紬は知ってるか?」と聞くと、また紬はいつも通り「それはわたしの課題ではありません」と返す。

「やっぱりそのセリフまでセットで聞かないとな~。」とつぐみが言い、相変わらず仲の良い会話が盛り上がっていた。つぐみも、ブロック大会での敗戦はひきずってはいないようだ。


「つぐみ」杏子が静かに声をかける。「ありがとう」

その言葉に、つぐみは少し驚いたように杏子を見る。

「なんで杏子が私にお礼言うんだ?」

「つぐみが大事なことを教えてくれたから。余計なことを考えないで、自分の弓を引くことを。それが、すごく嬉しかった」

つぐみは少し目を潤ませ、でもすぐに明るい声を出す。「それはもう聞いたよ、もう、杏子ってば、そんなことよりさ、このプリン、すっごく美味しいから食べてみて」


一方、三年生たちは、コーチと滝本先生を囲んで、インターハイへの意気込みを語っていた。

「明日からは本当に厳しい練習になります」コーチが前置きをする。「でも、皆さんならきっと…」

「大丈夫です!」三年生が声を揃える。「私たちに、この機会をくれた後輩たちのためにも、絶対に予選突破します!それに、背中を押してくれた、拓哉コーチと滝本先生の恩にも応えたいです」


「正直言うと、5月までの自分たちを思い出すと、情けなくて仕方ない。花音に全部任せっきりでさ……」

咲宮さくらがぽつりと言い、ため息をつく。花音はその言葉に小さく首を振った。

「気にしないで。今みんなが頑張ってるのを見てると、それだけで嬉しいから。」

その声には、まるで母親のような優しさがにじんでいた。同じ時期に入部した仲間がやっと同じ方向を向いてくれた。そのことはやはり嬉しかった。しかし、花音の目にはわずかな疲れも滲んでいる。彼女が一年以上、一人で背負い続けてきたものの重さを知る者は、このテーブルにはいなかった。

「でも、本当にありがとう。わたし、みんなと一緒に全国大会に出られるなんて夢にも思わなかった。後輩のおかげだけどね。」

花音の言葉に、三年生たちは表情を引き締めた。それは、彼女がどれだけ一人で頑張ってきたかを思い出した瞬間だった。


「それに、拓哉コーチにも感謝しなきゃいけないよね。5月の練習試合のあと、みんなのことに本気で向き合ってくれて……。そして本気で謝ってくれた。あれがなかったら、きっと今の私たちはいないと思う。」

その言葉に、三年生全員が静かに頷いた。拓哉コーチが、自分たちの甘えを正面から受け止め、謝罪のうえで「もう一度やり直せる」と背中を押してくれたあの日を思い出していた。


「だから、今回の全国大会は私たちにとって、ただの試合じゃないんだよね。」

花音が言葉を続ける。

「これから弓道を続けるにしても、もうやめてしまうにしても、この試合はきっと、一生の思い出になると思う。だからこそ、全力でやり切ろう。」


「……そうだね。悔いのないように、やり切りたい。」

他の三年生たちが次々とうなずき、穏やかな決意の表情を見せた。


花音はふと、遠くの一年生たちが楽しげに笑う様子に目をやる。杏子、つぐみ、栞代、紬、あかね、そしてあゆたちがにぎやかに話しながら、料理を取り分け合っている。花音の目に映る杏子の姿は、どこかまぶしく映っていた。


(本当なら、わたしもあそこにいたはずだったのにね……)

心の中でそう呟きながらも、後悔はなかった。杏子たちに団体戦の権利を譲っ

てもらうように頼んだことは、ほかの三年生の意見だったとはいえ、わたし自身もそうしたかったのだから。自分たち三年生が勝ち取ったわけではない出場枠。だからこそ、自分たちが出場する全国大会には、ただの「思い出作り」ではなく、「全力で戦う意義」を持たせたかった。


「……あとはやるだけだよね。」

そう小さく呟くと、花音はもう一度グラスを掲げ、三年生全員に微笑みかけた。


花音の柔らかい言葉に触れながら、三年生たちは決意を固めていた。弓道部の活動の中で、過去を後悔し、いま再び弓を握り直した自分たちの存在が、全国大会という大舞台でどんな意味を持つのか。それは、彼女たち自身が明日からの練習で証明するしかないのだ。


夜が更けていく中、部員たちの笑い声が、静かな合宿所に響いていた。明日からの厳しい練習を前に、この夜だけは、心ゆくまで喜びを分かち合う。そんな彼女たちの傍らで、杏子は静かに微笑んでいた。


そして栞代に、少し付き合って欲しいと言って、一緒に拓哉コーチのところに行き、弓道場を見せて欲しいと頼んだ。


3人が隣接している弓道場に行くと、杏子が、的前に立って、素引きを始めた。それを見て栞代が「それ、絶対に毎日欠かさないよな」そう言って、自分も続いた。


じっくりと汗ばんできたころ、ふと周りを見ると、三年生もやって来ていて、杏子の姿勢を見ながら、自らも素引きを行っていた。


コーチが「明日は早いから、この辺で辞めて、寝る準備をしなさい」そう言って、弓道場から追い出した。


明日から、また新しい挑戦が始まる。一年生たちと基礎から積み上げていく日々。でも、それは杏子にとって、かけがえのない時間になるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ