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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校入学から県大会
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第4話 栞代の初めての練習

「杏子、オレ、ちょっと練習してみたんだ、見てくれるか?」


「えっっ?」



昨日、杏子の弓を射る姿を目にしてからというもの、栞代(かよ)は胸の奥で何かがくすぶり始めた。杏子の一心な努力に触れて、少しでも近づきたいと感じた栞代は、学校から帰るとすぐ、家の居間で一人、素引きの練習に取り組んでみた。静まり返った部屋の中、矢を引くたびに、肩にわずかな緊張が走る。その動作は単調でありながら、どこか神聖な儀式のようにも思えた。杏子の姿を思い描きながら、繰り返し繰り返し同じ動作をなぞる。バスケで鍛えた体にはさほどの負担ではなかったが、動作を一つ一つ確認し、心を込めることの難しさを身をもって感じたのだ。


なるほど、これは確かに気持ちも強くないと続けられないな。


それに、少し杏子を驚かせたい、という気もあった。杏子には驚かされてばかりだから。もちろん、自分のやる気を見せたいという思いも強かった。



「杏子、オレ、ちょっと練習してみたんだ、見てくれるか?」


「えっっ?」


栞代が静かに言うと、杏子の顔がほころんだが、その目には一瞬、不安の影が揺れた。


一拍おいて、杏子は思わず栞代をハグした。


「お、おい、大袈裟なんだよ、杏子」


優しく杏子の肩に手を起き、そっと距離を作りながら、栞代はゆっくりと話しかけた。


「ちょっと見てくれよ」


「うん。もちろん」


杏子は明るく応えたものの、その声には微かな不安が滲んでいた。


それは、杏子がかつての自分を思い出したからだった。弓道を始めたいと思っていた頃、杏子もまた一人で素引きの真似事をしていた。早く上達したい一心で、誰に教わることもなく、ただ自己流で体を動かしていた日々。ある日、おばあちゃんに「見てほしい」と言った時のことが、鮮やかに蘇ってきた。あの時、おばあちゃんは何も言わず、ただそっと杏子を抱きしめてくれた。そして、優しく言ってくれたのだ。

「これからは、練習する時は必ずおばあちゃんと一緒にしよう。絶対に一人でしないでね」


杏子はその言葉を今も鮮明に覚えている。その日を境に、おばあちゃんと一緒にゆっくりとした歩みでの矯正が始まった。自己流の癖を直すのは大変だったが、それでもおばあちゃんとの時間が増えたし、それになにより、ずっとできなかった弓道の練習を、おばあちゃんと一緒に出来るようになったことが嬉しかった。


栞代はまだ一日だけだし。変な癖があったとしても、矯正はそんなに大変じゃないはず。


栞代が素引きを始めると、杏子の胸には懐かしさと同時に一抹の不安を拭うことはできなかった。しかし、栞代の動きは思いのほか滑らかで、特に気になる癖も見当たらなかった。まだぎこちなさはあったものの、杏子の姿を懸命に思い浮かべながら練習したのだろう。バスケで鍛えたのは、身体だけでは無かったようだ。杏子はその様子に心底ほっとし、再び栞代に抱きついた。


「お、おい、なんだよ、また」栞代が戸惑いながらも微笑むと、杏子は嬉しそうに頷いた。


そっと身体を離し、杏子は自分の思いを言葉にした。


「す、すごいよ、栞代。……あのね、私も昔、一人で練習してたんだ。それで変な癖がついちゃって、それを直すのに苦労したんだ。でも、おばあちゃんは私を怒ることなく、ただ喜んでくれて……その時の気持ちが、今すごく分かったんだ。こんなにうれしかったんだなって。悲しませたんじゃないって」


こうして自分の経験した出来事を栞代に話した。勝手に一人で練習したこと。変な癖がついちゃったこと。修正に苦労したこと。でも、おばあちゃんは全然怒らなくて、ほんとに喜んでくれたこと。だって、練習は大きくなってからってずっと言われてたのに。


「栞代、わたし、あの時のおばあちゃの気持ちが分かった気がする。

ほんっとに嬉しくて。それに栞代、全然変な癖付いてないよっ。すごく綺麗だよ」


「そうだったのか。変な癖が付いてなくて良かったよ。

もう、目に焼き付けた杏子の姿を必死で思い浮かべてたからな」


杏子は目を細めて頷いた。「うん。でもね、おばあちゃんと同じことを言うよ。これからは、私の居ないところで練習しないで。いつでも一緒に練習するから、必ず一緒に練習しようね」


栞代は少し照れくさそうに笑い、「ああ、分かったよ」と応じた。


「ふふ。」


「なんだよ、また、そんな嬉しそうな顔して。」


「だって、おばあちゃんと同じセリフが言えて、ほんっとに嬉しいんだもん。

栞代、いっぱいありがとー」


その穏やかな時間の中、二人の心はまた一つ、確かに近づいていた。

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