第398話 地区親善大会本番
予選は学校単位のローテーションで行われ、上位32組が決勝トーナメントへと進む。
「親善」の名がつくせいか、会場の雰囲気も少しいつもと違う。「交流のための笑顔」と「絶対に勝つ」という本気の目つきがちょうど半分ずつ混ざり合っている。
結果は上々。合同チームに参加した一年生も含め光田高校の全ペアが予選を突破。伝統校としての面目は保った。
松平・栞代組が五位。杏子・まゆ組が六位で通過。一位二位は「優勝だけを取りに来た」という気迫に満ちた青竹高校の二ペア。三位には川嶋女子のガチ女子ペアが滑り込んだ。
細かいことだが、このベスト32、地区参加高の全てが名を連ねており、地区連盟を一安心させた。
決勝一回戦。
中村・真映組、立川・楓組、鈴木・つばめ組がそれぞれ「ガチ組」の高い壁にぶつかり敗退。ベスト16に残ったのは、光田から5組。合同チームの佐藤匠真×西園千景(光田×川嶋女子の合同ペア)も堂々進出だ。
ここからはもう「親善」の柔らかい皮は少しずつ剥がれ落ち、本気の勝負の匂いが濃くなっていく。
二回戦・ラウンド・オブ16(抜粋)
青竹(佐伯・真鍋)× 坂下(北園・早乙女)→青竹
東山(高科・水野)× 海浜(南雲・砂川)→東山
光田(松平・栞代)× 安政(甲斐・田所)→光田
海浜(鴨志田・葉山)× 合同(佐藤・西園)→海浜
川嶋女子(前田・白石)× 光田(一ノ瀬・あかね)→川嶋女子
光田(杏子・まゆ)× 東山(斎藤・片桐)→光田
川嶋女子(市原・篠塚)× 光田(海棠・ソフィア)→川嶋女子
青竹(三浦・小野寺)× 光田(山下・紬)→青竹
模擬試合で上位に入り、極めて安定していると見られていた山下・紬ペアが青竹のエースペアに止められ、一ノ瀬・あかねペアは川嶋女子の主力に屈した。海棠・ソフィアペアもまた、川嶋女子のもう一つの「ガチ女子」ペアに惜敗。「打倒・光田」を第一に掲げる川嶋女子は、ここでひとまず溜飲を下げ青竹は全ての盤面を予定通りに整えていった。
ベスト8の顔ぶれは青竹2、光田2、川嶋女子2、東山1、海浜1。親善大会とはいえほぼ実績通りの結果となった。
準々決勝。
QF1:青竹(佐伯・真鍋) × 東山(高科・水野)→青竹
QF2:光田(松平・栞代) × 海浜(鴨志田・葉山)→光田
QF3:川嶋女子(前田・白石) vs 光田(杏子・まゆ)
結果は同中。
だが規定により代表者の四射の的中数(前田:3本、杏子:4本)を比較。杏子・まゆ組が辛くも勝ち上がった。
もちろん、杏子の安定感は抜群だったが、リラックスしたまゆの力も大きかった。
試合が終わったその直後。前田と白石が杏子の元へ寄ってくる。
「……杏子さん。今日何かありましたか?」
「え?」
「安定感は前からでしたけど……。でも今日の杏子さんは雰囲気が全然違ってました。……怖いくらいに」
打倒・杏子。二人の目に確実に新たな色の火が灯ったのが分かった。
QF4:川嶋女子(市原・篠塚) × 青竹(三浦・小野寺)→青竹
準決勝。
奇しくもどちらも青竹 vs 光田の直接対決となった。
SF1:青竹(佐伯・真鍋) vs 光田(松平・栞代)
結果はまたしても同的中数。ここは規定により抽選。白い玉を引き当てたのは光田。実力拮抗の末の「運」が松平と栞代の肩に乗った。
SF2:光田(杏子・まゆ) vs 青竹(三浦・小野寺)
ここも同的中。しかしここは規定比較(杏子:皆中、三浦:三中)により杏子・まゆ組が勝ち上がり。杏子はここまで一つも落とすことなく決勝へと進む。
予選では頭一つ抜け出ていた青竹高校であったが、トーナメント、一発勝負で部類の強さを発揮するのが、光田高校のまさに"強さ"だ。一発勝負では負けない。この思い込みがまさに刷り込まれている。
それは抽選でも同様だったらしい。
そして決勝。
光田高校同士の顔合わせ。
慌てたのは杏子の祖父。まさか本当に実現するとは思わず、
「紅茶どうしようかのう?」と祖母に訊ねると、祖母はいつもと変わらぬ笑顔で
「いつも通りで」と応えた。
一方杏子も栞代もまるで慌てることなくその運命の試合を迎えようとしていた。強いて言えば、打倒杏子を掲げた栞代が、個人戦ではないとはいえ、こんなに早くそのチャンスが来るとは思っていなかった。
射型を変更してからまだ自分で納得できるところまでは届いていなかったが、そんなことは言い訳にもなりはしない。
栞代は燃えていた。
逆に杏子もまゆも同門対決ということで、逆にどこかリラックスしているようにさえ見える。
二人は「いつも通りで」と声を掛け合う。杏子がいつもと変わらないとすれば、このリラックスは圧倒的にまゆにとって力になった。
決勝:光田〔松平/栞代〕 vs 光田〔杏子/まゆ〕
本戦(各四射×二=計八本)
松平(×〇〇×)/ 栞代(〇×〇〇)→ 計五中
杏子(〇〇〇〇)/ まゆ(××〇×)→ 計五中
並んだ。
決勝のみ規定により抽選は行わない。
二人同時の競射に移る。
【競射一本目】
松平(×)栞代(〇)| 杏子(〇)まゆ(×)→ 1 – 1
【競射二本目】
松平(×)栞代(〇)| 杏子(〇)まゆ(×)→ 1 – 1(通算 2 – 2)
【競射三本目】
松平(〇)栞代(〇)| 杏子(〇)まゆ(〇)→ 2 – 2(通算 4 – 4)
【競射四本目】
松平(〇)栞代(×)| 杏子(〇)まゆ(〇)→ 1 – 2(通算 5 – 6)
弓道の神様は杏子・まゆペアに微笑んだ。
最後の一拍、窓の外の薄雲がずれて照度が変わる、ほんの刹那——まゆの“瞬き→吐く→離れ”の儀式がぴたりはまる。
審判の静かな声が道場に届く。
「勝者光田高校、杏子・雲英まゆ組」
拍手は大きい。なのに道場は不思議なほど静かだった。
「結局、光田が上がってくるのか」——観覧していた川嶋女子も青竹も、改めて次の誓いを胸に刻んだ。
真映だけが床を滑るように泣き崩れ、滝本顧問は笑ったまま小さく首を縦に振り、拓哉コーチは表情を一切動かさずに深く頷いた。
祖父は遠くの観客席で腕を組み
「……うむ。まあ紙コップで紅茶飲むから、それで許してもらおうかのう」
と言いつつその顔は満面の笑みになっていた。
表彰台の前で、真鍋が列から出て握手に来る。
「抽選だから。わたしは負けてない。総体予選、このまま行けると思わないでよ」
杏子は短く「はい」とだけ答える。長い台詞は勝利を薄める。




