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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
397/414

第397話 親善大会と、紅茶抜きの約束

迎えた地区親善大会当日。

この日会場の誰よりも浮かれていたのは間違いなく杏子の祖父だった。


去年は大会の出場に猛反対して、親善だろうが何だろうが出場を阻んだ。

ただ、まゆの出場の機会を間接的にではあったが奪ったことには罪悪感を抱いており、今年はしぶしぶ、いやいや、泣きながらも出場を認めざるを得ない、と覚悟を決めていた。最後の最後までペアを組むことが決まった男子部員をどうやって脅し上げようかと本気で考えていたのだが。


「女子ペアに限っては同性ペアでの出場を認める」。


そのルール変更の知らせを聞いた拓哉コーチが、いの一番に杏子の祖父へと連絡を入れていた。普段は温厚な杏子の祖父だが、杏子のことに関しては予想しないことが起こらないとも限らない。


杏子は去年、入院明けの祖父に心配かけたくない、という理由だったが、それはウソだと拓哉コーチは見抜いていた。杏子は祖父に逆らうことはしない。(てい)のいい言い訳をしていたに過ぎない。


今年の言い訳をどうするのか聞いてみたい、という興味本位の気持ちもあったが、平穏に過ぎればそれに越したことはない。それにこれはなんといってもあくまで"親善"大会なのだ。好きにしたらいい。


拓哉は去年の高校総体での一件を思い出していた。杏子にとって何よりも大事なはずのあの大会。その出場を祖父の意見を聞き入れて辞退した杏子。


相当説得したが、それでも及ばなかった。杏子にとって一番大事な大会なのに。にも関わらず祖父の意見を聞き入れていた。いつも祖母のことばかり話す杏子ではあったが、祖父も本当に大切な存在なのだと改めて思い知ったのだ。杏子は心の底から祖父を尊敬し大事に思っている。


今日のこの祖父の表情はどうだ。

満面の笑みがまるで顔に張り付いたかのように一切途絶えることがない。


早朝の散歩の時には「出るからには優勝一択じゃ!」などとご機嫌に宣言し栞代に向かって「もし決勝でぱみゅ子と直接戦うことになったらもう最高じゃなあ!」などと煽る始末。


そのあまりにも無邪気な言葉に栞代はあえて乗ってみた。


「……へえ。でも、おじいちゃん。もし万が一オレらが杏子組に勝って優勝なんかしちゃったらさ。オレもう二度とこの家の敷居は跨げなくなるんだろ?」

その冗談めかした挑発。


それに珍しく本気で怒ったのは杏子だった。

「栞代! そんなこと言うなんて、栞代らしくないよっ」


そして祖父もまた、その意見に強く同調した。

「栞代! ぱみゅ子の言う通りじゃ! ……栞代はもうわしらにとっては家族なんじゃぞ! そんな寂しいこと二度と言うな! じゃないと二度と紅茶飲ませんっ」

「……!」


「……ただ」と祖父は付け加えた。「もし本当にぱみゅ子に勝ったりしたら……一週間は紅茶抜きじゃっ!」

「おじいちゃんっ!」

今度はその余計な一言に杏子がむくれた。


栞代は温かい、いつもの「家族」のやり取りをただ笑って聞いていた。

家族に恵まれなかった栞代にとっては、どんなに嬉しいやりとりだったことだろう。


心配した表情の杏子が「大丈夫だよね?」と念を押していたが、栞代が応えた。

「これも杏子が教えてくれただろう? いつも最高の自分を見せることだって。それに、オレ、今、目標打倒杏子だぜ。オレはオレの最高の弓を引くだけだ」

栞代はそう返した。


「……うん。」

杏子が安心したように応えた時、祖父が被せてきた。

「ほう。打倒杏子か? それは勉強でか? なら数学と国語は叶わんのう」

「ちゃうわっ!」


栞代の言葉が響き渡った。今怒って、今心配していた杏子がけらけらと笑う。

いつもの朝の光景に全てが収斂していった。


いつも通りに朝食を済ませ、学校へ向う二人。

背中に「行ってらっしゃい」。

祖父母が揃って声をかけた。




会場へと向かうバスの中。


男子部員たちは肩から首にかけてガッチガチに緊張していた。特に他校との合同チームを編成した一年生男子は「あわよくば他校の可愛いマネージャーとでも知り合いに……」などという不純な、しかし本能に忠実で切実な願いも虚しく。ただ座席の前のポケットを見つめたまま石像と化している。


あまりの惨状に見かねた滝本顧問がこれまた閻魔の、いやいや満面の笑みで「しっかりなさい」という優した声をかける。それは試合に向けての激励だったのか、それとも…。


一方女子部員たちはいつも通り賑やかだった。


今年から女子ペアの出場が認められた。このルール変更について真映はすでに独自の豪快な結論を導き出していた。


「……これは間違いなく地元の弓道連盟へのご隠居(杏子の祖父)からの強力なワイロですね」

「……は?」


「考えてもみてくださいよ皆さん。あのご隠居が親分の周りにオスという害虫が近づく可能性が、たとえそれが0.001%であったとしても見過ごすはずがありません。でも大会には出したい。……ほら答えは一つ! ワイロです! ……いやもしかして最悪のパターンとして、連盟の会長の弱みでも握って──」


その発言を聞きながら、楓は祖父サイドの味方でありつつ、組み合わせに不満たらたら。まゆはにこにこ全面支持。栞代は呆れ果てつつやりそうやなとニヤリ、あかねは腹を抱える。ソフィアは、そもそも男女交際に反対する祖父の心理が理解できず首を傾げ、つばめは「姉にまた面白いネタができた」とすぐにつぐみに報告のLINEを打っている。そして紬はいつも通り「それは、わたしの、課題ではありません」で全てを一刀両断。一華は噂話に目もくれず、注意点の箇条書きを全員に配った。


まるでいつもの光田高校弓道部の部室がそのままバスに乗って移動しているかのようだった。

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