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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
394/432

第394話 通知表と、秘密の「おまじない」

終業式。


その言葉が持つ独特のそわそわとした響き。体育館での形式的な校長先生の話が終わりそれぞれの教室に戻る。冬の名残と春の予感が入り混じったような光が窓から差し込んでいた。


教室では担任の短い挨拶の後いよいよその「審判の時」が訪れる。名前を呼ばれ通知表を受け取りに行く生徒たちの背中。紙がこすれるかさという乾いた音だけがやけにはっきりと廊下の向こうまで続いていくようだった。


杏子の通知表は可もなく不可もなし。ただ二つの科目だけがまるでそこだけ別の人間が受けたかのように鋭く突出している。「国語」と「数学」。


「見事にいつも通りですね。おじいさん譲りって言ってたわね」


担任の三宅先生にそう突っ込まれた。杏子は嬉しくはあったものの、似たいのはおばあちゃんなのにな、と思う。現代文の欄には美しい「5」の数字が並び数Ⅱの講評欄には「思考過程が端正で美しい」と一言だけ添えられている。

……英語の欄は見なかったことにした。


「どうだった?」

自分の席に戻るとすぐに栞代がにやりと笑いながら尋ねてくる。

「う、うん。まあいつも通りかな」


「ははっ。じゃあこの話題はもうやめとくか」

「うんっ!」

杏子の声が今日一番元気よく響いた。


そこへまゆが自分の通知表を手に合流する。

同じクラスの三人──杏子と栞代とまゆ。彼女たちはいつものように教室の窓際の席に集まった。机をこつんと寄せる音が短く響く。


まゆもいつもと全く変わらない穏やかな表情。その揺るぎない表情で栞代は全てを察した。

「……で、まゆ様。いったい全体いつ勉強してるんですか?」

栞代は自分の通知表を誰にも見えないようにぱたんと閉じると呆れ半分感心半分の顔で言った。「教えろこんにゃろ。……いや違った。どうか教えてください、まゆ様」


「ふふっ。栞代も杏子も練習しすぎなんだよ」

まゆはそう笑って肩をすくめた。「それとね、これは瑠月さんもきっとそうだと思うんだけど。人に何かを教えるのって実はすごく自分の勉強になるんだよね。

あっ。杏子も弓がきっとそうじゃなあい?……なんかちょっとおこがましいけど。……二人はずっと一緒にいるんだから、苦手と得意をく見合わせてたら、両方の教科が強化できるよ」


そう言ったその瞬間。まゆが「あっ」という顔をした。

意図せず言った言葉だけど。


栞代が受けた。

「……杏子が苦手な教科を強化する」

「……んー。イマイチ語呂が悪いな。……よし来年もし『きょうか』って名前の新入生が入ってきたらその時に使おう」


「ふふっ」

やっとその言葉遊びの意味が分かった杏子が一人けらけらと笑い出した。


ピンと来るのが遅いよ杏子。

まあ全然大したことではない、どーでもいいことだけれど。


「ま二人とも単位は落としてないみたいだな。明日はいよいよ親善試合だ。気持ち切り換えていかないとな。……真映あたりはどうせ最初から成績なんかこれっぽっちも気にしてなさそうだけど」

栞代が通知表を乱暴にカバンに突っ込みながら言う。


「うん。今日は最後に道場で模擬試合もするって拓哉コーチが言ってた」

まゆの声は落ち着いている。けれどその膝の上で握られた指先はほんの少しだけ緊張に強張っている。……栞代にはそれが分かった。


そしてまゆはふっと杏子を見た。

「……杏子。ごめんね。明日もしかしたら足引っ張っちゃうかも。……ううんたぶん引っ張ると思うけど」


その弱音と不安。杏子はそれには答えず、ただいたずらっぽく笑うと人差し指と親指を伸ばした。

「まだそんなこと言ってるの? 気にするのはそこじゃないでしょ?」

そう言ってまゆの柔らかな頬をきゅっとつねる真似をしてみせる。


その仕草に、まゆはこらえきれず噴き出してしまった。


──杏子のおじいちゃんが入院していたあの冬の日。弱気になって変な言葉をこぼしたおじいちゃんの頬を杏子が本気でぎゅっとひねったことがあった。おじいちゃんはそれはもう大声で痛がっていた。


それ以降しばらくの間この「ひねる真似」だけであの暴走しがちなおじいちゃんが、びびって大人しく杏子の言うことを聞くようになったのだ。

病室のあの無機質な白い光とあの時の温かかった絆の記憶がふっと胸に戻ってくる。


「えっ? なになに? 今の。二人の秘密?」

栞代が机に身を乗り出す。

「うん。秘密」

「そりゃ残念だ」


「ふふっ。しばらくはすごく効き目あったんだけどなあ。最近はもうされないって分かったみたいで開き直っちゃってるから。……一度また本気でひねっちゃおうかな」

杏子が本気とも冗談とも判別のつかない恐ろしい声を出す。


「……それおじいちゃんの話か?」

「「うん、そう」」

栞代の問いに杏子とまゆが声を揃えた。


「……ははっ。それで全部分かったわ」

三人は同時に笑った。


その楽しそうな笑い声を聞きつけてテニス部の遥が声をかけてくる。

「なんだよお前ら。よっぽど成績良かったんじゃないだろうな? 抜け駆けすんなよ」

「遥こそ。このいつも通りのうちらの顔を見て分からんのか」

栞代が応戦する。


「ああなるほど。良かったのはまゆだけか。……安心したわ」

「ちくしょう。その通りすぎて腹が立つ」


「あーあ。また来年もみんな同じクラスになれればいいのになあ」

遥がぽつりと言う。


「まあ全員文系だし可能性は高いだろ」

「そん時はまたよろしくなっ!」


遥はそう言って軽く会釈する澪を連れて教室を出て行った。クラブに行ったのだろう。あの二人も今必死だ。


廊下からはもう来年のクラス替えの話題がちらほらと飛んでくる。窓の外はほぐれかけた春の雲。


「……わたしたちも行こっか」

杏子が立ち上がる。


「そだな。親善試合とはいえ試合は試合だ。変な結果出したら、一華に何を言われるか分からんからな」

栞代が立ち上がりぐっと一つ背伸びをした。


「……ありがとう杏子」

まゆが杏子の耳元で小さくそう言った。


教室の引き戸を開けると春の匂いを含んだ風が薄く廊下に流れ込んできた。

終業式のあの独特の喧騒が少しずつ遠くなっていく。


このクラスも今日で終わりか。……楽しかったなあ。


少し感傷に浸った杏子だったが、弓道場がその視界に入ってくるにつれて、、静かに、しかし確かに試合モードへと切り替わっていくのだった。

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