第392話 未来へ続く予算案
「それで、高階会長には、どう説明するつもりなんだ?」
栞代が分厚いファイルのあまりの分厚さにうんざりしながら、首をかしげる。
まゆはその問いにふわりと笑った。
「高階会長にはね。『数字』や『モノ』じゃなくて『積みたい未来』で行こうと思う」
「……未来?」
杏子がその言葉を小さく繰り返した。
「そう」
まゆは頷く。「今、これが壊れたから補修したいという目先の話よりも『わたしたちは来年何を目指していて、そのために何が必要なのか』をちゃんと説明するの。例えば『これからの一年生には徹底して基礎を身につけさせたい。だからそのための新しい巻藁が必要です』とかね」
まゆのいつもはささやくような声に確かな意志の力が宿る。
「この部は今、杏子ちゃんがいるから強い芯が通ってる。でも杏子もわたしも栞代も来年にはもう卒業しちゃうでしょう? わたしたちが卒業した後も光田高校弓道部は伝統校として、ずっと強くあり続けてほしい。……4月からはあの城塚さんたちも入ってくれる。その新しい才能を今度こそ組織として、ちゃんとバックアップできるそういう体制にしておきたいの」
まゆはそこで一度言葉を切り真っ直ぐに一華を見つめた。
「高階会長はきっとそっちの話の方が心に響くはず。数字だけを並べたって、あの人の心は動かないと思うから。……いっそ弓道の試合だけじゃなくてこの部活の組織運営そのものも『打倒・鳳城』ぐらい言えばいいんじゃないかな。あの鳳城高校の完璧な支援体制は本当にすごいから」
その「打倒・鳳城」という言葉。その一言は他の誰よりもまず一華の心に深く突き刺さったようだった。
それまでのどこか面倒くさそうだった顔色がすっと変わった。一華の胸の奥で静かな闘志の炎が燃え始めた。
「……なるほど。そういうことですか。じゃあ、具体的にわたしはなにをすればいいですか?」
一華が尋ねた。
「うん。予算案の細かい数字の最終確認はまずお願い。それと高階会長へのプレゼン用にこれまでの的中率の推移データを出してほしいの。特に今年はすでに新しい機材の導入ですごい投資をしてくれてるから。まずその仮定を見せたい。まだ期間は短いけれど今までの実績をまとめてほしい。……グラフ化とか見やすくする加工はわたしがやるから」
まゆと一華。二人の最強マネージャーの信頼に足るやりとりには安心感しかない。
「なあ実際どうなの? システム入れてから。単純な的中率はもう去年からデータ出てるから、そこと比べてさ。オレは今まだそこまで行ってないけど、紬やソフィア、あかねの二年生や、楓、真映、つばめの一年生とか」
栞代が尋ねる。
「……正直なところを申し上げますと」
一華は淡々と答えた。「まだ部全体としての劇的な効果は出ていません。導入してからまだ三ヶ月も経っていないということが一番大きいとは思うのですが・・・・その・・・」
「うん」栞代が続きを促す。
「拓哉コーチと杏子部長の二人三脚の指導が、すでに現在の機器レベルと変わらないことが挙げられます」
「ほー。でもまあ、そうかもな。杏子ピクセル単位で追いこんでくるからな」
「ただ、まだデータの扱い方が悪い、生かせていないということもあると思います。わたしが希望して入れてもらったのに、申し訳ありません」
一華が珍しく弱気なことを言う。
「いや、それこそまだこれから、だろう。稲垣コーチはなんて言ってる?」
「まだ、蓄積するべきデータが足らないので、今はまだ積み上げる時だって」
「ま、専門家が言うんだから。それこそ慌てなくてもいいんだ」
「はい」
「ま、オレらには分らないことが多いと思うけど。部長、この辺どうする?」
「……そこは、でも、変に取り繕ったりしないで正直に伝えないとダメなところだよね」
杏子が呟く。
「ああ。まだ期間が短いっていうのも言い訳じゃなくて客観的な事実だしな」
栞代がそれに続いた。
……そうだ。栞代さんだ。
一華の脳裏に閃きが走った。個別の上昇率はこの期間では圧倒的だ。
部長は宇宙人だから的中率も何も地球の物差しでは計れない。けれど栞代さんは違う。まさにこのシステム導入のタイミングと同時に射型変更という大きな挑戦を始めた。
そしてその的中率はここ三ヶ月で驚異的な上昇カーブを描いている。
栞代さんをモデルケースにしよう。
一華の目に確かな光が差した。
「厳密にはシステムはまだ利用はしていないのですが、栞代さんはこの三カ月で圧倒的に的中率が上がってます」
「まあ、特殊事情があるけどな」
「ウソではないですから」
「じゃあ、逆に一番的中率が上がってない人は誰なの?」
杏子が聞く。
「その・・・・」言い難そうに一華は言う。
「部長です」
一瞬場が静まり返ったが、その意味するところを察した栞代が大笑いする。
「そりゃそーだ」
「杏子の的中率、あがりようがないもんね」まゆもくすくす笑う。
杏子は顔を真っ赤にしながら「えっ。でも報告貰ってるわたしのデータ、変化ないよね?」
と聞く。
「いや、だからです。部長は、そもそも最初から当たりすぎなんです。だから“上がる”っていう数字の伸びしろがないんです。ゼロから一〇〇にするのは劇的ですけど、一〇〇が一〇〇のままって、上昇率は、統計的ゼロなんですよ」
「ゼ、ゼロ?」
杏子はちょっと元気を無くすも「そこ、元気なくすことやないやろ」と栞代が即座につっこみながら笑い、まゆと一華も続いた。
「よし。それ使いましょう」
「使うって?」
「上昇率が0の人が一人居てます。で、高階会長をちょっと驚かせつつがっかりもさせて、でも、的中率があがりようがないんですって」
まゆがいたずらっぽく笑う。
良い表情じゃない。その場に居る全員が思う。
一華はただ黙って頷いた。
おだやかでわたしの言葉をいつも優しく翻訳してくれるまゆさん。そこには意見がないことはないけど。意外と戦略的なところがあるんだな。
一華はまゆに対する尊敬の念を新たにする。
そして思う。
そか。それも結局杏子部長を守るためか。
なんやかんや、わたしもそうだし。
宇宙人の魅力、恐るべし。




