第391話 正直に
三月の終わり。まだ終業式を数日後に控えた午後のことだった。
窓の外はもうすっかり春の光に満ちている。なのに光田高校弓道部の控え室だけはなぜか冬に逆戻りしたかのような重く静かな空気に包まれていた。
広げられたおびただしい数の紙の束。色とりどりの付箋だらけの分厚いファイル。それらの資料を前にして一華は深く深く息を吐いた。
「……で。これぜんぶ読ませる気ですか」
その声は絶望に染まっている。隣でまゆが苦笑いを浮かべながら頷いた。彼女は去年の予算折衝の担当者。いわば「前科持ち」か。
「読むっていうか。まず第一段階として『提出物として完璧な形になっている』っていうのが必要なの。向こうが実際にどこまで読み込んでるかは分からない。去年はあんまり詳しくは聞かれなかったけど。……ただし、もし万が一聞かれた時にちゃんと即答できるように把握はしとかないと」
「……それ結局『全部読め』って言うてるで」
後ろでそのやり取りを聞いていた栞代がぼそっとそう言った。
机の上に鎮座するそのファイルの束。表紙には「弓道部次年度活動計画(案)」と実にお固いタイトルが付けられている。
道場の老朽箇所の補修予定表。弦や矢といった消耗品の使用見込み数量。安土を守る安全ネットの張り替え時期。夏の合宿見積り。きれいに整理整頓されて並べられた「必要なもの」たちが次のページではあまりにも現実的な「お金の話」に直結している。こんな額面、絶対に学校が見てくれるはずがない、という額面を表記しているのがいやらしい。
「はい、これ」
まゆが次のファイルの束を一華に渡す。「それは学校向け。滝本顧問が教頭先生に直接提出する用だからもう決まったフォーマットがある。……で、こっちが高階会長向けね」
「……おい。分厚さが反則やな、それ」
栞代がその凶器のような厚みに呆れ返り、続けた。
「……会長が途中で読むのがイヤになって『ああ、もう分かった!』って無条件で要求金額を認めさせようっていう作戦やろこれ」
栞代の指摘にまゆは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そこまでは思ってないよ」
高階会長。「光田弓矢会」。今年ようやく滝本顧問と拓哉コーチ、そして中田先生の尽力によって正式に発足した、光田高校弓道部の、OB・OG会+保護者会+後援会だ。
これまでバラバラに届けられていた「個人の善意による好意の差し入れ」や「妙に太っ腹なOBからの援助」を、本当に必要なところに必要な形で回すための大人たち側の大切な窓口。つまり学校から支給される公式の「部費」とは全く別ルートの、もう一つの大きな財布。だからこそ完璧なプレゼンテーションが必要になる。額面自体、必要とあらば、学校の規模ではない。それはすでに実証済みだ。
「去年はね、」
まゆが静かに語り始めた。「対学校では、わたしが説明して。冴子部長と瑠月さんが後ろで数字の書かれたフリップをめくってくれてて。……まああの二人は学業も優秀で、特に学年トップクラスの瑠月さんが隣に立っていてくれたから、先生方も安心してすぐに判子押してくれたんだ」
「なるほどな」
栞代が頷く。「そして今年は冴子部長と瑠月さんに変わるのが、ラスボスとして一華が加わると。……まあ学校へのプレゼン力は心配することないやろ」
二年前までこの弓道部は「伝統あるくせに荒れている」と揶揄されていた低迷期だった。その時期に部の予算はどんどん削られていった。一度削られた予算の枠を元に戻すのは並大抵のことではない。
予算は簡単に削られるが、増加は厳しい。そもそも減額から増額へベクトルを変えるのに、どれほどの実績とその説明が大変だったか。
一昨年は冴子さんたちの活躍で、低いレベルではあったが、辛うじて現状維持には持ち込んでくれていた。
まゆが担当した去年は、杏子を擁して、弓道部でも何年ぶりかの躍進を見せたから、実績は問題ないはずだった。それでも、予算の角度を変えるのは並大抵では無かった。
学校予算はそう大きなものでは無かったが、それは学校側から部活動への評価の表現であることを考えると、やはり増やして貰わなければならない。相当プレッシャーの中、昨年、まゆは見事にやりきった。
一方、OB会の財力は確かに大きい。だが組織が大きければ大きいほど余計な口も出てくる。試合のたびに「昔はもっとこうだった」「うちの子だけは」という声が飛んだ。それはかつて強かった頃の栄光の名残でもある。しかし同時にそれで部のベクトルが変わることはなかった。単なる"甘やかし"に過ぎなかった。
そこにメスを入れたのが滝本顧問と拓哉コーチだ。外からは見えないところでどれほどの軋轢があったのか。どれほどの古いしがらみを断ち切ってきたのか。卒業生全員、誰も逆らえない中田先生の担ぎ出しに成功したのが大きかった。
中田先生はそれまで一切タッチしなかった。人数が増えれば政治が絡む。弓道部顧問、教師を長年続けて、やっと引退したのに、そんな場所は避けていた。滝本顧問の要請にも、ずっと首を降っていた。
しかし、最後の愛弟子と言える杏子が光田高校弓道部に入部することが決まってから、態度を一変させたのだった。信頼できる教え子、高階宗一を掲げ、一年以上かけて、ついに全ての流れを「光田弓矢会」として一本化させた。
思えば、拓哉コーチを招聘したのも、中田先生の力だ。あの時はまだ杏子の入学前だったけれど。 杏子のための地ならしと考えれば不思議はない。挫折を経験し、さらに弓道に戻ってきた情熱。大学No.1の選手。どんなルートでどんな口説き文句で光田高校へのコーチを引き受けて貰ったのだろう。
「なんで樹神拓哉コーチを招聘したんですか?」
滝本顧問が、拓哉コーチを招聘した理由を中田先生に聞いたことがある。拓哉コーチの手腕を疑問視した訳ではない。ただ、すでに高校弓道界で実績を積んでいるコーチも中田先生なら沢山知ってるはずだし、滝本顧問の個人的な知り合いも居た。
中田先生はいつもの豪快な笑い声をあげながら言った。
「イケメンやからや」




