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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
390/432

第390話 合格発表と、二つの約束

光田高校の正門前。空気はまだ冬の名残をその冷たさの中に留めている。


掲示板の前には人だかりができている。余裕でまだ眠そうな顔。昨夜一睡もできなかったであろう青白い顔。そしてもはや眠ることを諦めて開き直った顔。様々な不安と期待が入り混じって渦を巻いていた。


城塚あまつは、母と父と三人でその重厚な校門をくぐった。

掲示板へと向かうその足取りは落ち着いている。なのに、指先だけがまるで自分のものではないかのように冷たい。


「まあ、大丈夫やろ」

父が隣でいつも通り呑気に短くそう言った。

「……うん」

あまつは掲示板の前に群がる人々のその背中を見つめたまま、ただそれだけを返した。


仙洞寺菓は、母と姉と肩を並べて同じようにその列の最後尾に加わった。


姉が小声で「ほら、深呼吸するんやで。はい、吸ってー、吐いてー」と余計な(?)世話を焼き始める。菓は半笑いのため息を返した。

でもまあ、お姉ちゃんが一緒に来てくれて、本当に良かった。ありがと、お姉ちゃん。

それが彼女の偽らざる本心だった。


発表は掲示板と学校のホームページで同時に行われる。スマートフォンを片手に持っている子も多い。

けれどあまつも菓も、あえて掲示板の列へと並んだ。

自分が選んでここまで来たのだ。だから最後は自分の目で確かめたい。


ぱたんと、掲示板のガラス戸が開けられる音がして、空気が一段低くなった気がした。

わあっという歓声と、ああ……というため息。どよめきが波のように前から後ろへと伝わってくる。


「……受験番号……」

あまつは自分の番号を頭の中で反芻しながら、紙の上を目で追い始めた。指先が震える。呼吸が速くなりかけるのを意識的に整える。


──あった。


自分の数字がそこに確かに在る。全身が「よし」と力強くうなずいた気がした。


菓は同じタイミングで隣の列に立っていた。

視界が揺れる。人の肩越しに見える白い紙。黒い数字の羅列。


──あった。


喉の奥でひゅっと小さく音が出た。言葉にはならなかった。息の破片。

次の瞬間。二人はまるで打ち合わせたかのようにほぼ同時に互いを探し、そして目が合った。どちらからともなく吸い寄せられるように近づき、そして、


ぎゅっと強く抱き合った。

「やった!」

「やったね!」

「やった!」

「やった!」


小刻みなジャップを繰り返した。涙は笑いと同時に出ると、こんなにも忙しい。二人の顔はぐしゃぐしゃの忙しい顔になっていた。


少し離れた場所でそれを見守っていた、それぞれの家族。あまつの父母、菓の母と姉。彼らはまるで事前に練習でもしていたかのように、絶妙な邪魔にならない距離感を保ちながら温かい拍手を送っていた。


あまつの父が「やったな」と短く言い、菓の母が「本当におめでとう」と重ね、菓の姉が「さあ、ここからあんたらの青春始まるで!」とニヤつきながら言った。


すぐにLINEを開く。

あまつ:『合格しました! ありがとうございました!』

菓:『合格しました! 本当に嬉しいです! 頑張ります!』

送信先は──杏子。


その頃、光田高校弓道部は、指定された時間帯は弓道場から出ない、という規制を守るという制約のもと、練習をしていた。これはバレーボール部も体育館から出ない、という規制のもと練習は行われたので、弓道部だけの特別措置、では無かったが、実績による優遇措置であることは間違いなかった。


発表の時間に合わせ、弓道部は休憩を取っていた。もちろん、あの日出会った二人の少女の結果が気になっていたからだ。


道場の隅でスマートフォンを見ていた杏子の顔が、ぱっと、雲間から太陽が顔を出したかのように明るくなった。


「あっ! 二人とも合格だって!」

その一言で、道場は爆発した。


「「「やったあああああああ!!!」」」


真映がいち早く奇妙な喜びのダンスを始め、その足元を二度ほど派手に滑らせ、なぜか最後は美しい土下座の形で終わった。誰も止められない。

つばめがぱちぱちと手を叩き、楓が満面の笑顔を浮かべている。後輩ができる、という喜びを表現していた。


「……皆さん、少し落ち着いてください」

一華が手を軽く上げた。


「城塚さん、仙洞寺さん。この二人は越境してまでこの光田高校に入学してくる逸材です。その実力は現時点でも相当なものです。浮かれて終わりではいけません。ここから私たち全員がさらにギアを上げていかなければなりません」


その声はあくまで冷静。彼女の頭の中にはすでに二人の中学時代の公式記録が全てインプットされている。杏子部長、栞代、まゆとの弓道部運営グループLINEではその情報はすでに共有済み。彼女たちはその意味を知っている。


あかねはまゆからの連絡でその実績を察していたが、他のメンバーたちはまだ目の前の自分の課題に必死で、いい意味で他人のことまで気が回っていない。


栞代は腕を組み、一年生を見た。二人が高校弓道に慣れてくれば、一年生たちを越えるのも早いかもしれない。それは、この一年でこの弓道部が、拓哉コーチが、杏子が指導してきた内容を問われることになる。


だが、結局全ては自分次第だ。オレだって安泰とは言えない。。


新しいどんな強い風が吹こうが、自分の引くべき矢の重さは少しも変わらないのだから。目標は、あくまで、打倒・杏子。栞代は改めて誓う。



その頃、合格発表の掲示板の下。

あまつと菓はそれぞれ家族と喜びの写真を撮り終え、少しだけ時間をもらった。


「……ねえ」

「うん」

「これからよろしくね」

「うん。こちらこそ」


「ね、道場見て行く?」

あまつがそう声をかけたその時だった。

「二人とも、合格おめでとう!」

聞き覚えのある声。振り返ると、そこには大和スカウト担当コーチが立っていた。


「「ありがとうございます!」」

「道場に挨拶に行きたいんだろう?」

「「はいっ!」」


「うん。その気持ちはすごく分かる。……だがな」

大和は申し訳なさそうな顔になった。


「拓哉コーチから伝言だ。『ここからは全ての新入生と全く同じ扱いになる。経験者であり、実績が圧倒的であることは分かっている。だが一切特別扱いはしない』とな」

「「……はい」」

二人は黙って頷いた。


「ここからは君たちも拓哉コーチの指揮下に入るということだ。……それに今日はこの後、まずゆっくりして、夜には光田弓矢会の高階会長との夕食会もある。今日はその準備をしよう」

二人は再び黙って頷いた。


「それと、これも拓哉からの伝言だ。『個人的なやり取りは入部まで一旦休止してほしい。』とのことだ。クラブについての質問があれば、そこは、わたしが応えていくから」

二人は三度黙って頷いた。


道場では休憩が終わり、練習が再開されていく。


「これから忙しいぞ」

大和コーチはそう言って笑った。そうだ。住居、生活、すべてが新しく始まる。光田弓矢会の全面サポートがあるとはいえ、大変なことは間違いない。

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