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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
ブロック大会
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第39話 ブロック大会個人戦の夜

宿舎の廊下に、足音が響く。ブロック大会個人戦の余韻が、まだ空気の中に漂っていた。食事のために、食堂へ向かう部員の姿があった。


「杏子さん、優勝おめでとう。」

拓哉コーチが夕食前に全員の前で挨拶をする。

「本当に素晴らしい弓をみせて貰いました。同時に、つぐみさん、3位おめでとう。そして、瑠月さん、決勝進出おめでとう。沙月さん、冴子さんも、とても素晴らしかったです。」

「コーチ、昨日はケーキだったから、今日はなに?」あかねが聞く。

「今日は昨日にまけない素晴らしいものを、全員で送ろう」

「え? なになに?」

「拍手だ。」

そういって、コーチは大きく手を叩き、それに従い、全員が大きな拍手を、杏子を始め、今日の試合に出場した選手に送った。


「コーチ、もちろんほかにもあるんでしょう?」

「今日は拍手という最高のプレゼントがあったので、ほかは何も用意してません」というコーチの言葉に、あかねが不満げに口を尖らせる。

「えー、優勝したのに?」

「その分、明日から始まる合宿所での初日の夕食に祝賀会を予定してます」

部員たちから、軽い不満や笑いが漏れる中、栞代がすかさずツッコミを入れた。

「いやいや、今が勝利の余韻のピークじゃんか!」

その場は一瞬笑いに包まれたが、拓哉コーチは慣れた調子で軽く受け流し、

「楽しみを取っておくのも良いもんだ。明日は豪勢にいくからな」とニヤリと笑った。疲れが色濃く出ている選手たちの顔を見れば、それが賢明な判断だということは分かっていた。それに、昨日のケーキはほんとに特別だったしな。連続は無理だわな。

不満が納得に変わる空気の中、夕食は穏やかに終わりを迎えた。


食事後の宿舎ロビーには、家族が次々と訪れた。瑠月、冴子、沙月の両親たちが、それぞれの娘を抱きしめる。そして必ず、個人戦優勝の杏子へと祝福の言葉を向けた。


部屋に入ってきた瑠月の両親の表情には、誇らしさと穏やかな笑みが浮かんでいた。瑠月には大変な苦労をかけた。その瑠月がこんなに頑張っている。今の瑠月の母は義理の母ではあるが、とても瑠月を大事にしてくれていた。まず娘を優しく抱きしめると、次に杏子の前へと歩み寄った。


「杏子さん、本当におめでとう」

その声には温かみがあり、まるで我が子を褒めるような優しさが滲んでいた。

「瑠月と一緒に練習してくれて、ありがとう。うちの子、杏子さんのおかげで、本当に強くなったわ」

瑠月が「お母さんってば」と照れ臭そうに言いかけると、瑠月の父が落ち着いた声で続けた。

「いや、瑠月。お母さんの言う通りだ。杏子さんと向き合って練習することで、お前は確実に成長した。私にも分かるぐらいだ。今日の試合を見ていても、本当にそう感じたよ」


その言葉に、杏子は小さく首を振る。「いえ、わたしの方こそ、瑠月先輩にはいつも本当に助けていただいて...」


続いて現れた沙月の両親も、杏子に深々と頭を下げた。「うちの娘をいつも支えてくださって。今日は本当におめでとうございます」


冴子の両親は、特に冴子の母が感極まった様子で杏子の手を取った。

「冴子が杏子さんのことを、いつも『特別だ』って言ってたの、今日よく分かったわ。でも、それは努力の賜物なのね。冴子も、あなたの姿勢から多くを学ばせてもらっています」

杏子はまた、「冴子さんが居てくれたから、わたしは弓道部に残れたし、練習もできたんです。冴子さんには本当に助けていただきました」と返した。


次々と向けられる言葉に、杏子は照れくさそうに頭を下げる。その横顔には、単純な照れと、周囲への感謝の念が浮かんでいた。一年生ながら、先輩たちの家族からこれほどの言葉を向けられることは、とても光栄なことだった。


瑠月の両親の言葉は特にそうだったが、みんなの家族から贈られた言葉は、単なる社交辞令を超えた、本物の感謝と敬意が込められていた。

瑠月さんの優しさ、真面目さ、ひたむきさ。その理由の一端が分かった気がした。瑠月さんが居てくれたから、練習を続けられた。瑠月さんが支えてくれたから弓道部での時間がかけがえのないものになった。瑠月さんのおかげだ。ご両親にも感謝しかない。。

「これからも瑠月をよろしくお願いします」

瑠月の母の最後の言葉に、杏子は真摯にうなずいた。とんでもないです。こちらの方こそ。あ、あと、勉強もお願いします・・・。


杏子の祖父母も姿を見せる。祖母は杏子をぎゅっと抱きしめると「とても綺麗な射型だったわ。」と耳元で囁いた。祖父も、にこにこと破顔しながら「ぱみゅ子~、よくやった!さすがはおじいちゃんの孫だ!」と笑いかける。丁度その時、杏子のスマホが鳴り、両親からの電話が繋がった。「杏子、よく頑張ったね。おじいちゃんが中継してくれてたんだ。」

画面越しの父の笑顔は本当にうれしかった。言葉数が少ないのは、祖母に似たからだ。対して母親の口数の多さは、血がつながっていないのに、祖父の面影を感じさせる。しばらく母と話し、電話を切った。

仕事とはいえ、離れて暮らす両親からの祝福の言葉に、杏子は少し目を潤ませた。


その一方、つぐみの父親は静かに現れ、短い挨拶だけを残してすぐに帰っていった。

「つぐみ、よく頑張った。また今度な。」

ぶっきらぼうで、それ以上何も語らず背を向ける父の姿を、つぐみはじっと見送る。つぐみは複雑な表情を浮かべた。母の姿がないことを、誰も敢えて口にしなかった。その表情に浮かんだ影に、家庭の複雑な事情が垣間見えたが、つぐみ自身も特に触れることはなかった。


そのうちに自然と、一年生たちと杏子の祖父母で輪ができていた。栞代が話を切り出す。

「いや、今日の杏子の優勝は、ほんとにおばあちゃんの教え方が良かったってことだよな」

つぐみが冗談めかして応じる。「いや、良すぎだよ。まさかこんなハイレベルな戦いになるとは。もう、ヤだよ」

その言葉に、あかねが驚いたように目を見開いた。「いや、弱気なつぐみを始めて見た。よっぽど実戦での杏子は凄かったんだなあ」


「いや、マジで凄かったわ」つぐみは真剣な表情で続ける。「わたし、それなのに、杏子のこと結構気にしちゃってさ。今度はもう、杏子を見習って、自分のことだけ考えるよ。杏子に、相手を思うなんて余裕かますな、傲慢だって言っときながら、なんか自分がそんなことしちゃったわ」


杏子は申し訳なさそうに首を振る。「昨日のつぐみの話があったから、今日ずっと姿勢のことだけを考えることができたんだよ。心配させてほんとにごめんね。今日の結果はほんっとにたまたまだから」


「き~っ。その言い方がまたムカつくんだよね~」表面の言葉とは裏腹に、笑顔で言うつぐみの声には、優しい響きが含まれていた。「ほんと、杏子のおばあちゃん、たまには違うことを考えて外すように言って下さいよ~」

「いや、わしは、時々外せって言ってるんじゃよ」おじいちゃんが応えると、栞代が「いや、残念っっ。杏子はおばあちゃんの言うことしか聞かないからな~」と混ぜ返すと、そこで杏子が「栞代~~、ちゃんとおじいちゃんの言うことも聞くんだから~」と、いつものパターンで笑いを誘う。


そして、栞代が改めて言う。

「さっきからみんな、杏子の圧倒的な集中力、というか、姿勢のことしか考えない頑固さというか、それはおばあちゃんの薫陶の賜物だと思ってるけどさ。いや、オレも思ってんだけど、考えてみたら、おじいちゃんの存在も大きいんだぜ」


それまで祖母ばっかり誉められるので、少し拗ねていた祖父が、急に顔を輝かせる。嬉しそうに声を張り「おお、さすがは栞代じゃ、ちゃんと分かっとるのう」


しかし栞代の言葉は、意外な方向へと向かった。「だって、おじいちゃんの杏子にかけるちょっかい、迷惑、構い方みてたら、もう全国優勝レベルにメンドクサイんだもん。たぶん子育ての方がきっと楽だぜ。それをきっちりと対処する。さらには弓を引く時はその煩わしさから解放されるってことだろ。解放される唯一の機会だからさ、そりゃ杏子も弓が好きになるってもんよ。杏子の環境が、優勝の秘訣ってやつだよ!」」


杏子が慌てて言う。「違うから!おじいちゃん、大好きなんだから!」


それを聞いた栞代は、「な、おじいちゃんの世話は大変だろ?」といって笑いを誘う。杏子が必死にフォローするも、おじいちゃんの拗ねた表情は変わらない。おじいちゃんの拗ねた顔を見かねた栞代は「いや、お約束の突っ込みだから、そんなに気にしないでよ」「紬、助けてくれ!」栞代が投げかけると、紬はいつも通り静かに「それはわたしの課題ではありません」と呟き、爆笑を誘った。


そこでまゆが、静かにノートを取り出し、「また美味しい紅茶をいれてくださいね」と書いて祖父に見せる。おじいちゃんの表情が和らぎ、

「さすが、まゆちゃんはよく分かっとる。じゃあ、今度はまゆちゃんだけにこっそり紅茶を入れて持って行ってあげよう」

「それはお断りします」

あかねの即座の反応に、再び笑いが起こった。あかねのもつ人懐っこさと明るさで、もうすっかり祖父とも仲良くなっていた。

楽しいひと時はあっという間に過ぎ、拓哉コーチが声をかける。「そろそろ休もう。明日から合宿が始まるぞ。」


杏子の祖父母は、帰る前にコーチと顧問の滝本先生に挨拶をすることにした。


宿舎のロビーに穏やかな明かりが灯る中、杏子の祖父母と拓哉コーチ、そして顧問の滝本先生が挨拶を交わしていた。拓哉は深々と頭を下げると、力強い声で語りかけた。


「杏子さんが今日見せてくれた射は、実に見事でした。ここまで杏子さんを育ててこられたご家族の皆さんにも心から経緯を表します。」


祖母は微笑みながらも謙遜した様子で応じた。

「いえいえ、何もしてないんです。ただ、杏子が頑張ってくれる姿を見守ってきただけです。」


一方、祖父は誇らしげに胸を張り、声を大きくして笑った。

「ぱみゅ子はワシがしっかり鍛えたからのう!……って、ワシこそ、実は何もしていないんじゃが。ぱみゅ子が元気で弓を引いてるだけで、私たちにとっては、もう言うことなしじゃ。」


拓哉は祖父の冗談を受け流しつつ、祖母に向き直った。

「杏子さんの集中力や射型の美しさは、弓道だけでなく、これまでのご家庭での教えが反映されているのでしょう。その積み重ねが、今の杏子さんを形作っているんですね。」


すると、滝本先生が一歩前に進み、懐かしそうに目を細めながら言葉を添えた。

「本当にそう思います。杏子ちゃんが小さい頃、おばあさまと一緒に光田高校の文化祭にいらっしゃった時のことを、今でもはっきり覚えていますよ。」


祖母は思わず笑みをこぼした。

「あの頃は、本当に光田高校に通うことになるなんて想像もしていませんでした。杏子がここに来たいと言い出して…」


滝本先生も頷きながら続ける。

「あの時、あの小さな杏子ちゃんが、中田先生に『いつから弓を始めたらいいですか?』と聞いていましたよね。中田先生が『今はおじいちゃんおばあちゃんを困らせるくらい元気にやんちゃするのが練習だ』と答えた時。杏子ちゃんが、おばあちゃんを困らせろと言われて、困った顔をしていたのがとても印象的でした。」


祖父が大笑いする。

「なにをされても、困らないんだけどな。嬉しいだけで。」


滝本先生もくすりと笑いながら、さらに話を続けた。

「それから中田先生が『大きくなったらここにおいで、教えてあげるから』と仰った時、杏子ちゃん『教え方は優しい?』って心配してましたね。

でもその約束を守ってここにきて、さらにちゃんと光田高校に来たんですものね。あの時の杏子ちゃんが、今日の見事な射を見せてくれたと思うと、感慨深いです。」


祖母の目が少し潤む。

「中田先生には、小学生の頃から本当にお世話になりました。週末になるたびに通わせていただいて……わたしの恩師でもありますし、孫ともどもお世話になるなんて。中田先生の教えがなければ、杏子がこんなふうに成長することはなかったと思います。」


滝本先生が優しく微笑みながら頷く。

「中田先生もお喜びになっておられました。当時から、『あの子なら絶対に花を咲かせる』と、よく仰っていましたね。今日も直接見たかったと思います」


祖母が静かに頭を下げると、拓哉が再び口を開いた。

「中田先生や滝本先生の教え,そしておばあさまの思いが、杏子さんの中で確実に生きています。私もその思いを引き継いで、杏子さんをさらに高みへ導けるよう尽力いたします。」


祖父が改めて真剣な表情を見せた。

「どうか、ぱみゅ子をよろしく頼みます。よろしくお願いします。元気でいられるように、本当にお願いします。」


拓哉コーチが真剣に頷き、滝本先生もその言葉に力強く賛同した。祖父母がゆっくりと宿舎を後にするその背中を、二人はしっかりと見送った。

ロビーには再び静寂が訪れたが、拓哉コーチと滝本先生の胸には、それぞれの決意と期待が静かに刻まれていた。


ブロック大会は終わり、二週間後のインターハイへ向けた新たな章が始まろうとしていた。三年生と瑠月、つぐみがインターハイに出場する。冴子と沙月の二年生コンビは、まだ納得のいかない思いを胸に秘めながらも、秋の新人戦への決意を固めていた。

杏子は、栞代、紬、あかねが実際に弓を引く姿を想像して、胸が高鳴るのを感じていた。いよいよ、一年生みんなで弓を引けるんだ。


おばあちゃんから受け継いだもうひとつの大切なこと―それは終わったことは振り返らない,ということ。特に改めて教えられたことではなかったが、常日頃の祖母の姿勢をみて、祖母に憧れる杏子が、自然と受け継いでいた。杏子の心は既に次へと向かっていた。

先輩たちとつぐみ、瑠月のインターハイでの躍進を願い、そして秋の新人戦に向けて。月明かりの差し込む窓辺で、杏子は静かに思いを馳せた。

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