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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
388/432

第388話 ペア決めの儀 その1

三年生がいない。

その当たり前の事実が、まだどこか身体に馴染まない。

がらんとした三年生の教室前の廊下。いつもは視界の端を、ばたばたと慌ただしく横切っていた、あの見慣れた制服の裾も、今日は揺れることがない。


ふと、三年生の教室だった窓を見上げる。淡い光を受けて、カーテンだけが白く光っている。誰もいない。その空っぽの空間を目で確認してから、胸の中がぽっかりとした、空虚な、満たされていないという感覚に襲われる。


去年はこんなこと全然無かったのに。去年卒業した花音部長のことだって大好きだったし、尊敬してたし、もちろん卒業して寂しかった。でも、今年はもう全然違う。


一緒に過ごした時間が、やはり圧倒的に濃密で、長かった。


「……杏子。また三年生の教室見てんのか?」

隣を歩く栞代の声。いつも通り、少し呆れて、だいたい優しい。


「え? あ、うん……」

「今まで全然気にしてなかったのにな。三年生の教室なんて」

「……うん。ほんとに」

「その迷子の子犬みたいに寂しそうな横顔、今写真撮ったから。後でグループLINEに流そか?」

「ちょっ! ヤだ!」

「うそ、うそ。……でもまあ、瑠月さんたちには、ちょっと見せてやりたいかもな」

「もう……」

「瑠月さん、来週から家庭教師に来てくれるんだろ?」

「う、うん……!」

「将来先生目指してるんだってな。……絶対にいい先生になるよなあ」

「うん……! 瑠月さんが先生のクラスで教えてもらいたいもん……!」


言葉に出したその瞬間。喉の奥がきゅっと熱くなった。

だめだ。名前を思い浮かべるだけで、まだ泣きそうになるの、ほんと反則。


卒業式が終わってから、学校は春休み前の短縮授業期間に入っていた。二年生への空気は「そろそろ受験生の顔しろよ」という無言の圧力で満ちている。

弓道部の中でも、少しずつ進路の話がちらほらと現実味を帯びてきた。


けれど今は、まず目の前にある現実──近々開催される「地区親善弓道大会(男女ペア戦)」に向けて、気持ちを切り替えなければならない。


この大会、建前の上ではあくまで"地区内の交流"が目的。しかし、参加する学校や、ペアによって、その温度差はかなり激しい。「交流戦」であってもかなり本気で勝負にこだわってくる場合もある。だが、光田高校にとっては、完全に"交流"モード一色だ。拓哉コーチからしてそうだから、ペア決めにも一切口を出してこない。


基本的には男女ペアでの参加が原則。だが、高校の弓道部というのは全国的に見ても女子部員の方が多いのが常だ。そのため、この地区でも女子同士のペアでの出場は認められている。事実上女子の方が平均的に的中率が下がるのも要因の一つ。


しかし。光田高校は、その全国的なトレンドとは真逆で、なぜか女子部員が少ない。男子部員の方が余ってしまう。そのため、ペアを組めなかった男子部員は、他校との合同ペアとして出場することになる。これは結構喜ばれる。


そしてさらに、光田高校には、厄介な現象が存在する。

──杏子の祖父である。

「うちのぱみゅ子が、男とペアで試合? ……許さん(秒)」の一点張りで即決拒否。

「「「はいはい、分かってました」」」


と、弓道部員からは、呆れかえる声一色。去年は試合出場そのものをキャンセルしたが、さすがにそれは、ということで、今年はまゆとペアを組むことに早々に決定していた。その結果、男子部員がさらに余る事態に……。

楓がそれを聞いて「……いいなあ」と羨ましそうに口を尖らせたのは言うまでもない。


「ははっ。杏子はほんま、女子にはモテモテやもんなあ」

栞代のその軽口に、杏子は苦笑いで受け流すしかない。祖父案件の理不尽さに比べれば、こんな軽口など、むしろビタミン剤のようなものだ。杏子の希望は基本的に全て叶えてくれる優しい祖父。たった一つ絶対に譲れない「ぱみゅ子防衛線」。男子の影は徹底排除。


そんなの心配しなくていいのに。そう杏子が思っていることも言うまでもない。

杏子の胸の中は、弓道のことがほぼすべてを占めているから。


そして──ここにもう一つの熾烈な火種がくすぶっていた。


それがソフィア争奪戦であることもまた、言うまでもない。


男子部員からは「ソフィア(先輩)と組みたいです!」という熱烈な声が大合唱のように上がっていた。……ただ一人、二年生の松平を除いては。彼は「わたしはまゆさん一筋なので」と、その「まゆらー」としての純粋な推し愛を貫いていた。杏子を、いや、杏子の祖父を恨んだのは、これまた言うまでもない。


二年生の海棠は、もはや学校中にその名を知られたソフィアガチ恋勢。そのため、他の二年男子たちは"遠慮"という名の暗黙の友情に殉じ、一切口には出さなかった。

その分、元気の有り余っている一年男子たちが、見事に先輩の意向に逆らい「俺が!」「いや、おれが!」とわらわらと名乗りを上げ、部室は一時、軽い混乱状態に陥った。


そして、それもまた、お約束の、言うまでもないことであった。


「はい、それではこれより、地区親善大会のペア抽選会を始めます」

一華の声が静かな威圧を伴い、混乱を綺麗に収めた。


ことも、また・・・・・・・。

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