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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
382/432

第382話 卒業試合 その2

万雷の拍手が、三人を包んでいた。


射場から控室となっている部室へ。三人は、一歩一歩、踏みしめるように歩いた。 観客席からの、後輩たちの、そして拓哉コーチの温かい拍手。それは、高校生活のすべてをやり遂げた者だけに許される、祝福の音だった。


冴子、沙月、瑠月。 三人は誰からともなく、控室に入る直前、一瞬だけ足を止め、互いの顔を見合わせた。言葉はない。ただ、汗の光る額と、わずかに潤んだ瞳が、すべてを物語っていた。


ガラリ、と戸が開く。 拍手の音が遠ざかり、しん、と静まり返った控室の空気が、熱を持った肌にひんやりと心地よかった。


冴子が、まず弓を置く。カツン、と、乾いた音が響いた。 続いて沙月が、そして最後に瑠月が、愛用の弓を、弓立てに置く。 カツン。カツン。


三張の弓が並ぶ。

あの、誰もいなくなった道場で、来る日も来る日も基礎練習を繰り返した日々。 嘲笑に耐え、互いを励まし合った日々。 そして、誰もが無理だと思った全国の舞台で、奇跡を起こした日々。 そのすべてを共にしてきた仲間たちが、今、役目を終えて静かに並んでいた。


もう、この弓を「光田高校弓道部」として引くことは、無い。


その事実が、空気よりも重く、三人の肩にのしかかる。 誰も、何も言えなかった。 ただ、弓を置いた手を見つめたり、床の木目を眺めたりしながら、ゆっくりと、最後の一瞬が過ぎていくのを待っていた。


二本的中だった。 キャプテンとして、最後の射は、満足のいく結果ではなかった。 冴子は、ぎゅっと一度だけ拳を握り、そして、ゆっくりと息を吐いた。 悔しさがないと言えば嘘になる。だが、これこそが弓道だ。


「……これで、高校時代が終わったってこと、だな」

ポツリと、冴子が呟いた。 自分に言い聞かせるような、絞り出すような声だった。


「冴子、ほんとにお疲れさま。……最後まで、最高のキャプテンだったよ」 沙月が、震えそうな声を抑え、努めて優しく言った。


その言葉に、ずっと黙っていた瑠月が顔を上げる。 二つも年上の自分を、当たり前のように受け入れてくれた二人。 この二人が居なければ、自分はとっくに弓道を、もしかしたら高校生活そのものを、諦めていたかもしれない。


「お疲れさま。……二人とも、本当に、ありがとう」 瑠月の声が、わずかに(かす)れた。 「私と……仲良くしてくれて、ありがとう」


「もう、瑠月さんは……」 沙月が慌てたように瑠月を見た。 「またそんなこと言って……。こっちこそ、瑠月さんがいてくれたから……!」


そこまで言って、沙月の言葉が詰まった。 ずっとこらえていた感情の(せき)が、瑠月のその一言で決壊してしまった。 みるみるうちに瞳が潤み、大粒の涙が、ぽろり、と畳の上に落ちた。


「あ……れ……?」 沙月は、ごしごしと乱暴に目元を拭う。だが、涙は止まらない。 「……これで、終わり、なんだね」 涙声のまま、それでも必死に笑顔を作ろうとする。 「落ちを務めさせてくれて、ありがとう。……やっぱり、相当来るね、プレッシャー」


その歪んだ笑顔を見て、冴子も俯いた。 だが、その時。


「……まだ競射があるかもよ」

瑠月が、涙をこらえた二人の顔を見て、静かに言った。


「え……?」 冴子が顔を上げる。 「競射は、一番安定している瑠月さんが出てよ」


「それはダメ」 瑠月は、きっぱりと首を振った。 「ここは部長さんである冴子が出なくっちゃ」


「でも、瑠月さん、弓、これで置くんだよね」 冴子が食い下がる。 「わたしたちは、大学でも続けるつもりだからさ。最後に引いておきたくない?」


その言葉に、瑠月はふっと表情を緩めた。 「今、奇跡的に3本も当たったのに、わたしにボロを出させる気?」 そう言って悪戯っぽく笑う。 「今最高の気分なんだから、ここで終わらせてよ」


「全国個人三位の人がよく言うよっ」 冴子が、少しむくれたように口を尖らせる。


「でも、ダメ」 瑠月の笑みが消え、その目は真っ直ぐに冴子を射抜いていた。 「それは冴子の役目。結果じゃなくて、姿勢。それを残さなくちゃ。杏子に。そして、全員に」


「……!」 冴子が息を呑む。


「そうだよ、冴子」 沙月が、涙の跡が残る頬のまま、強く頷いた。 「部長じゃない。部長がちゃんと、締めないと。つぐみが言ってたじゃない。『団体戦は全員で引くんだ』って。ほんとにその通りだよ。瑠月さんとわたしの気持ちを、部長である冴子が表現してこなくっちゃ」


二人のまっすぐな視線。 それは、三年間、苦しい時も楽しい時も、共に背負ってきた「信頼」そのものだった。


「そ、そうだな……」 冴子は観念したように息を吐き、照れ隠しのように頭を掻いた。 「全然ダメでも知らんゾ」


その、部長らしからぬ弱気な言葉に、沙月がふき出した。 「冴子のそんな弱気な発言、初めて聞いた」


「わたしも」 瑠月も、優しく目を細める。 二人は顔を見合わせて、声を揃えた。

「「貴重なもの聞けたわ~」」


控室に、涙混じりの、だけど心の底からの明るい笑い声が響いた。


「いいじゃない、いきなり外しても」 沙月が、もう一度笑う。 「それがわたしたち三人の結果だよ。みんなで出した成績だよ」

「そうそう」 瑠月が頷く。


冴子は、そんな二人を眩しそうに見つめ、そして、小さく、しかし力強く、頷き返した。二人の顔がみるみるうちに歪む。


瑠月も、もう二人の顔を見ることができず、ただ、並んだ三張の弓を、滲む視界で見つめ続けていた。


控室には、三年間を駆け抜けた少女たちの、静かな、静かな嗚咽(おえつ)だけが響いていた。

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