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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
381/432

第381話 卒業試合 その1

更衣室で、杏子は、ゆっくりと道着に袖を通した。


祖母から譲り受けた、年季の入った胸当て。そして同じく、祖母の手の形に長年かけて馴染んだ、古い弽。どちらも何度も何度も修理を重ねている。杏子にとっての宝物だ。


修理を重ねるたびに、自分に合うようになるにつれて、その分祖母との距離が開いてしまうような気がして、寂しい気持ちになったものだ。そんな時、祖母はいつも、「いいえ、杏子ちゃん。こうして手を加えるたびに、二人の気持ちがどんどん一つになっていくのよ」と言って、優しく笑った。


おばあちゃんは、試合の前、緊張したりしなかったのかな。

おばあちゃんはいつも穏やかで、のんびりしてて、いつだってにこにこ笑っている。怒ったところなんて、一度だって見たことがない。……まあ、しょっちゅうおじいちゃんに困らされて、呆れてはいるけれど。

昨日だって・・・・・・・・


対外試合とはまた違う、初めて味わう独特の、そしてどこか甘酸っぱい緊張感が、杏子の胸を締め付けていた。


隣で同じように着替えを終えた栞代は、しかし、そんな杏子のことを少しも心配してはいなかった。


杏子は大丈夫。とにかく無事に歩いてさえくれれば、あとはなんとかなる。弓道着に着替えた杏子は、おばあちゃんといつも一緒だから

むしろ、心配なのは──。


「お、お、おやぶ〜〜〜ん……」

案の定。更衣室の隅で、真映が生まれたての小鹿のように足を震わせながら、杏子にか細い声で呼びかけていた。


「もう、どうしたのよ、真映。いつもの元気はどこ行ったの?」

「そ、それが……。め、め、めっちゃくちゃ、緊張してまして……!」


杏子は、その正直な告白に、真っ直ぐに真映の瞳を見つめ返した。


……うん。大丈夫


そう思った。緊張している、というその事実を、こんなにも素直に認められる。それは意外と、誰にでもできることではないのだから。


横から、まゆが静かに声をかけた。

「真映。みんなが緊張した時、困った時に、いつもすること、知らないの?」

「な、な、なんでしたっけ……!?」

「親分を見るのよ。……だから、今日の射順、真映は親分のすぐ後でしょう?」


「は、はひっ!」

「……で、親分の正体は?」

「う、宇宙人……」

「そう」まゆはくすりと笑った。「いつもと全く変わらない。……それにね」

「そ、それに?」

「もし、わたしたちが外しても、部長が全部中ててくれるから。……すごく気が楽よ」

「そ、そひでふね……!」

「ふふっ。舌、こんがらがってるよ」

三人で小さく笑い合う。そして、杏子が言った。

「真映ちゃん。今、自分ができることだけ。今まで練習してきたことだけを、ちゃんと見せてね。中るかどうかは、もう本当に、どうでもいいから」


「で、でも! あの、罰ゲームが……!」

「大丈夫」


杏子はにっこりと笑った。「今日も、おじいちゃんが応援に来てくれてるから。いざとなったら、きっとなんとかしてくれるわ」


「ご、ご隠居が……!?」

「うん。任せておけばいいのよ」

「……ご、ご隠居……。そいえば、なんだか得体の知れないところがありますもんね……。さすが、宇宙人の血筋……」


「もう、なによ、それっ!」

杏子が少しだけ頬を膨らませる。


「……なんか。ご隠居がどうするのか、ちょっと見てみたい気にもなってきました」

「ふふっ。もし負けても、それが見られるって思えば、少しは気が楽じゃない?」

まゆがそう言うと、真映の顔にみるみる血の気が戻ってきたようだ。


「……そうですね! そうです! やることは、今、自分ができることだけ! よーしっ! 親分! 見ててくださいっ!」


杏子は真映の元気に安心しながら、応えた。

「あ、ごめん。試合中は後ろに目は付いてないから、見えないけど」

「あ、そうですねっ」

「でも、音でちゃんと分かるよ。ちゃんと聞いてる。……まゆの分もねっ」

「「合点です、親分!」」


やがて、道場に全員が揃った。

チームはすでに、杏子たちが悩み抜いて決められていた。


杏子は改めて全員に声をかける。

「今日、卒業される三年生の先輩たちに、今の私たちの最高の姿を見せることだけ考えましょう。結果のことは全部わたしが引き受けますから、何も心配しないで」


その、静かな、しかし絶対的な部長の言葉。

一瞬の間。

そして。

「「「はいっ!」」」

力強い返事が、道場に一つになって響いた。


その様子を、少し離れた場所で見ていた冴子が、栞代に小さく話しかけた。


「杏子。本当に、いい部長やってるじゃないか」

「……はい。全ては、冴子部長の確かな眼力のおかげです」

「ははっ。おだてたって、今日、手は抜かないからな」

「もちろんです。それどころか、圧倒的に勝たせてもらいますから。……安心して、卒業してください」


試合は、三人一組の団体戦。一度に全員引ける規模はないから、順半を決めるための簡単な抽選が行われた。


その結果──。


一組目:卒業生チーム(冴子、瑠月、沙月)

二組目:杏子・真映・まゆチーム

三組目:あかね・楓・栞代チーム

四組目:つばめ・ソフィア・紬チーム


この順番に決まった。


最初に、目標となる卒業生チームが引く。その的中数が、後続のチームにプレッシャーを与えることになる。それが果たして良いことなのかどうなのか。栞代は一瞬、そう思った。だが、すぐに拓哉コーチのあの口癖が頭に浮かんだ。


──『相手が誰であろうと、関係ない。自分の射をするだけだ』


そしてついさきほどの、杏子が言ったあの言葉。

──『最高の自分を見せる』


そうだ。ただ、それだけでいいんだ。卒業していく、あの偉大な先輩たちに、今の自分たちの最高の姿を見せればいい。その結果をどう受け止めるかは、先輩たちの問題だ。

紬の声が聞こえてきそうだ。「それは、わたしの、課題ではありません」


もしそれで失敗したなら、仕方ない。それが今の自分たちの実力なのだから。


栞代は、斜面打起しに射型を変更してから、これが初めての「試合」形式での射となる。正直に言えば、珍しく緊張もしていた。だが、その緊張はいつしか心地よい武者震いへと変わっていた。いつもの栞代に戻っていた。


最初の卒業生チームの射が始まった。

道場がしんと静まり返る。

急ごしらえの練習、長いブランク。その影響は確かにあった。だが、そんなものは彼女たちの、最高の姿を後輩に見せる、残す、その思いの前では、何の意味も持たなかった。


冴子が二本。沙月も二本。そして瑠月は三本目を惜しくも外したが、それでも最後も的中させ、三本を確実に的中させる。


そのあまりにも見事な安定感。それは、引退した今もなお、彼女たちがこの部への思いが強いことを雄弁に物語っていた。


その射を見て、現役生たちだけではない。観客席で見守っていた中田先生や花音、海、そしてあの拓哉コーチの大学時代の仲間たち、滝本先生や臨時コーチを務めてくれている友人までもが、静かに唸った。


合計、七中。


現役生たちの前に、いきなりあまりにも高く、そして美しいハードルが課せられた。

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