第374話 鬼部長からの最後の宿題 その2
「みんな、ちょっと、いいか?」
その声に、全員の視線が集まる。
「卒業式の日に、みんなが私たちのために、卒業の記念試合をしてくれるって、話は聞いた。本当にありがとう。……まあ、そのために、今日から練習しに来るんだけな。
……これから卒業式まで短い間だけど、また、この道場で練習させてもらう。少し迷惑もかけてしまうかもしれないけど。まあ最後だから堪忍してくれ」
「迷惑だなんて……!」
「最後だなんて……!」
杏子が俯いて、寂しそうに呟く。栞代が、無言で頭をそっと撫でた。
「それでな」
冴子は続けた。「その卒業試合なんだけどな。ただ試合をするだけじゃ、面白くないし、こっちも気合が入らん」
その言葉の響きに、現役部員たちの間に、ぴりり、とした緊張が走った。
「だから引退した我々ロートルに、もし万が一にも負けるような、そんなぼんくらな現役生がいたとしたら。……ささやかながら、ペナルティーを課すことに、した」
「「「えっ!?」」」
明るく、笑いに包まれていた部員たちの目の色が、一瞬にして変わる。
「今回の団体戦で、もし我々に負けるようなチームにはな。……ちょっとだけ、追加で、練習をしてもらおうと思う」
その、意外と穏やかな内容に、安堵の息が漏れた、その瞬間。冴子はにやりと笑って、続けた。
「もしも、杏子が所属するチームが負けた場合は、杏子以外の二人が。そうでないチーム、負けた場合は──」
冴子は、そこで一度息を呑み、全員の顔をゆっくりと見渡してから言った。
「そのチームの三名全員に、杏子と競射をしてもらう。勝つまでやってもらうからな」
「「「「「ええええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」」」」
今度こそ、全員が絶叫した。
その中で、真映がいち早く声を上げる。
「そ、それって! 親分に勝たない限り、永遠に家に帰れませんって、そういうやつですか!?」
「ま、そういうことだ」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ、先代の親分! それは、もう一生ここで暮らせってことと同じじゃないですか! 親分は宇宙人ですよ!? 人間じゃないんですから! ただの人間であるわたしたちには、宇宙人に勝つことなんて、絶対にできませんよっ!」
「ふーん」
冴子は、まるで聞き耳を持たない。
「ちょっと、先代の親分! それはもう無理ゲーってやつですよぉぉぉ〜〜〜!」
「真映。お前さ、ごちゃごちゃ言わんと、わたしたちに勝てばいいだけの話だろ? 簡単じゃないか」
「か、簡単って……!」
真映の顔に絶望の色が浮かぶ。
ブランクはあるとはいえ、瑠月は全国選抜大会個人3位、冴子と沙月は、高校総体団体戦全国準優勝のレギュラーメンバー。とてもじゃないが、簡単に越えられる相手ではない。
当の杏子も戸惑いの色を隠せない。
真映はまだグダグタと冴子に泣きついている。
「なあ、真映」
「は、はひっっ」
「今までわたしが言い出したこと、変えたことあったか?」
「は、はひっっ、い、一度も、ありません……!」
「じゃま、そういうことだ。……これから、一緒に練習もすることになる。お互いの力もよく分かる。……簡単だろ?」
冴子はそう言うと、ふっと笑った。「わたしも現役時代は、みんなにちょっと厳しく練習させすぎちゃったからなあ。最後くらいは、少し優しくしてやろうと思ってな」
最後の最後まで「鬼部長」らしい、優しい言葉(?)。隣で沙月と瑠月が、肩を震わせて笑っている。
そして冴子は、現役の部員全員の顔を、改めて見渡して言った。
「それに──。杏子部長のもとで、お前たちが、この半年で、どれほど成長したか。それを、この目でしっかりと見せてもらうからな」
「まったく成長してなかったら、部長としての能力がない杏子を部長にした、わたしも無能だってことだな」
この挑戦的な言葉。栞代はそれを聞きながら、心の中でにやりとした。
……さすが冴子さんだ。プレッシャーのかけ方がハンパない。でも、これだ。これが必要なんだ。
わたしたちが、全国で優勝するためには、この極限のプレッシャーの中で、どれだけ自分の力を発揮できるか。その経験が、絶対に必要になる。
……ま、杏子は例外だが。
あいつは、宇宙人(笑)だからな。
ただし。
杏子には、あの「同門対決に弱い」という、致命的な弱点があった。相手の事情を知れば知るほど、力を出し切れなくなる、あの甘さ。
……もう、今はそれは克服した。……だが、冴子さんは、もしかしたらそのことも、その目で確認したいのかもしれないな。
杏子に実力で勝てる奴なんて、この弓道部にはいない。いや、全国を探したって、そうはいないだろう。
……麗霞さん、連れてくるか? かぐや、呼ぶか? ……いや、それでも、どうかな? 今の杏子は完璧だ。ま、確かに相手も進化してるか。
だから他のメンバーは、杏子との、あの無限競射だけは、絶対に避けたい。そのために、死に物狂いで、三年生チームに勝とうとするだろう。
……それに。
負けたら杏子の顔に泥を塗ることになると言われて、うちのメンバーが大人しくしているはずがない。燃えに燃えるはずだ。
そして、もし万が一、負けたとして。
今度は、杏子のテストだ。あの弱点を本当に克服したのかどうか。それとも、これだけ仲の良い、同門のメンバーが相手だったら、どうなるのか。
(……もし、オレが相手だったらどうなるのか。……それはちょっと知ってみたい、かもな)
だが。
杏子を貶めようとするなら。たとえ冴子さんでも、許すわけには行かない。
そうだろ、みんな。
栞代は静かに、そして自らも、他のメンバーと全く同じように、確実に燃え始めていた。




