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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
372/432

第372話 テスト前の誓いと、春を呼ぶ吉報

光田高校は、期末テストの一週間前を迎えた。校舎全体が、どこかそわそわとした、それでいて、重苦しい空気に包まれ、部活動も練習時間を大幅に制限される、いわゆる「制限モード」に突入した。


この、二年生最後の期末試験は、来年度、高校生活最後の高校総体予選に直結する。二回連続赤点による出場停止規制は、学年をまたいでも加算されるのだ。三年生には、「追試」という名の救済措置もある、とされてはいるものの、その存在自体が、むしろ、プレッシャーとなって、生徒たちの肩に重くのしかかっていた。

そして当然、現一年生、次学年二年生の真映らには、救済措置はさらに厳しいものになる。


公式大会もないこの時期、本来なら、今こそ“勉強に集中せよ”という期間。生徒たちの目の色も、どこか普段とは違っている。

……しかし、この世には、まったく逆のベクトルで、この時期を心待ちにしている人物も存在した。


「やっと朝の時間がたっぷりと取れる時期が来たのう」

誰よりもこのテスト期間の到来を喜んでいたのは、杏子の祖父、ただ一人であった。


早朝練習がなくなれば、登校時間までたっぷりと余裕がある。朝の散歩の時間も、いつもより長く取れる。そして、何よりも朝食に、じっくりと時間をかけられる。


祖母も、通常よりも一品多く用意し、勉強を頑張るように、と願いを込める。


朝食後は、自慢の紅茶を丁寧に淹れ、栞代を相手に、いつものボケまくり劇場が開幕する。

「ええか、栞代くん。今日の天気は晴れじゃ。晴れ、ということはつまり、例外もあるが、基本的には高気圧に覆われている、ということじゃ。……ちゃんと、知っとるか? これはテストに出るぞっ」

「へえ、ほほー。じゃあ、おじいちゃんのそのぽっこりしたお腹の天気は、いつも晴れてるから、そんなに膨らんでるのかな?」

「こ、これは例外じゃっ」祖父はそう言って、真っ赤な顔でお腹を引っ込める。


テンポ良く続く、その阿吽(あうん)の呼吸のやり取りに、杏子と祖母が、テーブルの向こう、通称観客席で笑い転げている。


表面上はめんどくさそうに突っ込み続ける栞代。観客席で笑っている杏子と祖母も、時折、そのやり取り自体に、さらに、二人ならではの天然の燃料を投下する。

祖父は毎日「高校なんてサボったって誰も気にせん!もう休んで一日わしと遊ぶぞ!」と高らかに宣言するたび、祖母に、ぴしゃり、と背中をひっぱたかれ、栞代に深いため息をつかれ、杏子にけらけらと笑われる。祖母にひっぱたかれ、栞代が呆れ、杏子が笑う。お決まりの締めのパターンまでが、一つの完璧なセット。

まるで、“幸せ”というものの実演販売の見本のような、温かくて騒がしい朝が、杏子の家では、今日も繰り返されていた。


放課後。練習時間は制限され短くなっている。だが、道場に満ちる、その集中力の密度は、むしろ普段よりも研ぎ澄まされていた。

一華が、練習後に集計したデータ表を見て、珍しくにこりと笑った。

「……素晴らしい。このデータを見る限り、学校側に『毎月定期テストを実施すること』を、強く要望する意見書を提出すべきですね」


その恐ろしい冗談に、真映がすかさず絶叫した。

「はあぁぁぁっ!? 的中率を上げるために毎月テストする!?  それだけは絶対に反対ですぅぅぅ!」

この時ばかりは、道場にいた部員一同全員、真映の味方だった。

「それなら、通常練習でも、的中率をこのレベルにキープしてください」眉一つ動かさず、全員を睨み付けるように一華は言い放った。そして、小声で

「部長はいつもと同じなので、休むことを認めます」なぜか悔しそうな一華だった。


そして、その貴重な練習後の時間。部室は、さながらエリート予備校の自習室へとその姿を変えていた。


約束通り、瑠月が毎日部室にやってきて、勉強を見てくれた。

勉強ができる、試験で高い点数を取る、ということは、単に学力が高い、というだけではない。限られた時間の中で、どこに集中すべきか。過去の問題から、出題の傾向をどう読み解くか。そして、確実に得点に結びつけるための、分析と集中の技術。その全てを、彼女は完璧に持っていた。まさに、“学びの、名コーチ”だった。


「瑠月姐御(あねご)がいたら100点アップ!」

そう豪語する真映のセリフも、もはや誰もが冗談だと思えなくなっていた。

実際、全教科の合計点で、それに迫る勢いの部員が出てきても、不思議ではないほどの効果だった。


今回は、冴子と沙月も学習会に加わってくれた。学年トップの瑠月には及ばないとはいえ、二人とも、地域トップクラスの私学に現役で合格した、その学力は本物だ。瑠月が用意した模擬テストの結果に、厳しい、しかし的確な赤ペン添削を入れ続けてくれた。

勉強というある意味強制力を伴う、苦痛にもなり得る時間だったが、そこは光田高校弓道部、なぜかいつも笑いが絶えない。

練習後の勉強時間は、いつも明るく、そして、驚くほど実り多いものになっていた。


ただ──。

光田高校弓道部にとって、最大の、そして、最も心をざわつかせる敵が存在した。

それは、テスト最終日と見事に、重なってしまった、瑠月の大学合格発表、その瞬間だった。


発表の日が近づくにつれて、部室には、微妙な緊張感が走り始めていた。だが、当の、本人である瑠月が、いつも通りに笑い、分かりやすく解説をし、時には軽い冗談まで飛ばしてくれる。その変わらない穏やかな姿に、少なくとも表面上は、部員たちも落ち着いて机に向かっていた。


──ただ、一人、杏子を、除いては。


前日など、杏子の目は確かにノートの文字を追っていた。だが、その頭の中は完全に、明日の発表のことだけでいっぱいだった。シャーペンの芯を、今日一体何度折ってしまったことだろう。


その様子を見かねて、一華が、

「統計的に見て、瑠月先輩が不合格になる可能性は、0.01%以下です」と、淡々と断言した。

「ですから、受験さえしていれば、瑠月さんは必ず受かります。……あっ。瑠月さん、念のため確認ですが、ちゃんと受験番号とお名前は、お書きになりましたよね?」


その、いつも通り、真顔で瑠月に迫る一華の姿。その、あまりにも失礼な(?)、しかし、的確な(?)確認に、部室は大きな笑いに包まれた。杏子だけはその言葉に本気で安堵していたが。一華は、その杏子をちらりと見ては、なんでこう的前の姿と二重人格なんだ、といつもの疑問と不満を滲ませた。


「一華は、ほんま、冷酷なまでに気を使うことができんからなあ。そのくせ、ほんとのことしか言わんから、相当タチが悪いわ。……オレが受験した時は、一華だけには絶対に、意見は訊かんとこ。……なあ、紬」

「それは、わたしの課題では、ありません」


そして──試験、最終日。それは、同時に瑠月の、合格発表の日、でもあった。

この日、定期テストは二時間目の一教科だけで終わり。一時間目が無かったから、ゆっくりと登校してもいいはずだった。

だが、光田高校弓道部の部室には、なぜか、朝早くから全員が集結していた。


杏子の祖父が「なんでもっと遅く行けるのに、わざわざ早く行くねんっ」と文句を言い、祖母に叱られ、栞代にため息をつかれ、いつもの構図かと思いきや、杏子に「瑠月さんの合格発表があるんだよっ」と真顔で怒られた。

もちろん、杏子は慌ててフォローし、祖父と栞代が笑うという、いつもとは違った構図にはなったが、笑い声は変わらずだった。


部室で全員が固唾を飲み込み、時間を待つ。さすがの真映も一言も発しない。

合格発表のその時間、その瞬間が来た。


──一瞬の間、痛いほどの沈黙。グループLINEにメッセージが届いた。


瑠月:「名前と、受験番号、ちゃんと書いてたみたい」


その瞬間、部室が爆発する。


「「「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っっ!!!」」」

「やったあああああああ!!!」

「おめでとうございます、瑠月さん!!!」

「受かった!! 本当に、受かったんだ!!」


杏子は心の底からほっとして、自分の左手首にはめられた、あの銀色の腕時計を、そっと握りしめた。

その様子を見ていた栞代が、何も言わずに杏子の頭をくしゃくしゃに撫でる。

あかねが涙目で笑いかける。まゆも柔らかく微笑んで手を握る。ソフィアは、杏子にぎゅっとハグをしにくる。紬は、ぎこちない、しかし、最高の笑顔を浮かべていた。


そして、真映は。

「おめでっと〜♪ おめでっと〜♪ るーかーさーんー♪ ご、う、か、く、だ〜♪」

と、ヘンテコで妙なリズムの自作の祝賀ソングを、これまた奇妙な全力の振付と共に大声で歌い始めた。


爆発的な歓喜か、それともただの混乱か。全ての感情が、ぐちゃぐちゃに入り混じり、統制のとれない、爆発の坩堝(るつぼ)と化した部室。

その騒がしい部室とは違い、グループLINEには、自宅で連絡を待っていた、冴子と沙月からの『おめでとう!』のメッセージが、静かに書き込まれていた。


光田高校弓道部の部室は、いつまでの歓喜の渦が止みそうには無かった。だが、すぐに瑠月から、追加のメッセージが届いた。


最後のテスト、落としたら承知しないぞっ。笑



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