表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
369/433

第369話 瑠月の受験前日。

反省文騒動がようやく本当に一段落した。弓道部の日常が、ゆっくりとその穏やかなリズムを取り戻していく。

一華のデータ分析、射型の解析、大学の研究室からのフィードバックもおぼろげながら形が見えてきた。そして、真映がなぜか、毎日勝手に貼り出す「本日の目標ポスター」。

そんな、いかにも「光田流」らしい、賑やかでカオスな空気の中、彼女たちの練習は、順調にその熱を帯びていた。


神社への参拝も、今やすっかり練習後の日課になった。

その日も練習を終えた全員で、冷たい水で手を清め静かに手を合わせた。

「明日、瑠月さんが、最高の矢を放てますように」

杏子の小さな凛とした一言で、みんなの背筋が自然とすっと伸びる。


夜風が冷たい。帰り道、杏子は栞代と並んで歩いていた。吐く息が、街灯の光に白く、浮かび上がる。

「……瑠月さん。いよいよ、明日なんだね」

杏子が呟いた。栞代は、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、からりと笑った。

「自分の受験でもないのに、なんでそんなに緊張してんだよ」

「だ、だって……」

「まるで、自分が明日受けるみたいな顔してるで」

栞代は少し笑って肩をすくめる。

「大丈夫だって。成績学年トップ。おまけに全国選抜で三位だぞ。人当たりは、めちゃくちゃ柔らかいけど、精神力もハンパじゃねえよ」


杏子は、こくりと頷いた。けれど、その表情はまだどこか落ち着かない。


家に戻ると、祖父母がいつものように、玄関で二人を迎えてくれた。温かい湯気と、鰹出汁の優しい香りが、冷え切った二人の身体を、ふわりと包み込む。

「おかえりなさい。早く、着替えていらっしゃい」

祖母が用意してくれていたのは、具沢山の、熱々、煮込みうどんだった。


祖母が用意してくれた煮込みうどんが、食卓に並んでいた。

「寒かったでしょう」」

「ありがとう、おばあちゃん」

杏子と栞代が声を揃える。続けて「いただきます」の声が響く。


祖父は、新聞をぱたんと畳みながら言った。

「明日、瑠月さんは受験なんやろ?」

「うん、そうなの、おじいちゃん。……なんだか、わたしまですごく緊張しちゃって」

「自分の受験でも、ないのにな」

栞代は、そう言いながら、大きな海老の天ぷらを口の中に入れる。


祖父は、うんうんと頷いて、湯気の向こうで目を細めた。

「わしの大学受験の時にはなあ。この、わしの偉大さが、既存の大学ごときには、なかなか理解されなくて、それはもう苦労したもんじゃ」

「そ、それって、どういうことなの、おじいちゃん?」

「要は、受からなかった、ということですよ」

祖母が、いつも通りニコニコとしながら、静かに付け加えた。

その的確な通訳。栞代は、口に含んだぷりぷりの海老を噴き出しそうになった。

「ちょ、おじいちゃん! 笑わせないでよっ! せっかくの美味しい海老が……!」


「そやけど、ほんまのことなんやで。当時、わし、全国模試で三位になったことがあるんやからな。……まあ、数学と国語の、二教科ペアでの話やけどな」

「「ええええええっ!?」」

杏子と栞代の声がハモった。「そ、それ、ほんとなの!?」


「ほんまや。今でも、成績表ちゃんと取ってあるから、今度見せたるわ」

「……そこが、おばあちゃんと違うところだよなあ」

「ど、どこがじゃ!」

栞代は、今度は鍋の中のカニの爪を、慎重に口に運び、ゆっくりと落ち着いてから、続けた。

「過去の栄光に、いつまでもしがみついてるところが」

「むぐぐぐぐ……っ!」


杏子は、くくくっと笑った後、はっと、何かに気がついたように、慌てて尋ねた。

「じゃ、じゃあ、瑠月さんは!? 瑠月さん、学年でトップなんだよ!? それで落ちたり、しないよねっ!?」

急に不安がる孫娘。その姿に祖父は慌てて言葉を付け足した。


「……時計を忘れたんじゃっ!」

「はあっ!?」

栞代は、今度は口に入れたばかりの牡蠣を噴き出しそうになり、

「おじいちゃん! ちょっと、本当に笑わせないでよっ!」

と、再度抗議した。


「いや、教室にも時計はなくてな。それで完全に時間配分を間違えてのう。やっぱり、時計は必要じゃな、と。がっはっはっは! という訳で、滑り止めの大学になんとか合格したんじゃよ。がはははは〜!」

「……当時から、相当、抜けてたんやなあ」

栞代は、出汁の染みた、(たら)の白子を、大事そうに口に入れた。


「でも、そうやって自分の目標のために努力するのは、本当に素晴らしいことだわ」

祖母は、いつも通り、にこにことそう言った。

「おばあちゃんは、どうだったんですか?」


栞代は、はまぐりを落ち着いて口に運んだ。

「わたしはね、歯科衛生士になりたくて専門学校に行ったの。地元にはその学校がなくてね。家を出て一人暮らしをしながら通ったのよ。結局、そのままそこで就職して。……そして、おじいちゃんと出会ってしまったのよねえ」


「……なるほど。絶対に、地元からは離れちゃいけない、っていう、人生の教訓ですね、それは。そうしたら、おじいちゃんと知り合うこともなく、おばあちゃんは、もっと幸せな人生を……。ん? ……いや、ちょっと、待てよ。そしたら、杏子もこの世に産まれてなかったって、ことか。……じゃあ、しょーがないんだな。おばあちゃんの人生は、修行の連続で大変そうだけど、その分、おじいちゃんの人生は、超ラッキー。極楽人生、だな」


最後の椎茸を運びながら、栞代はそう、締めくくった。

「それにしても、おばあちゃん。今日のこのお鍋、めっちゃ豪華だね」

「ええ。明日の瑠月さんが上手くいくように、って願掛けよ」

その言葉に、栞代と杏子は、莞爾(かんじ)として微笑んだ。


「そりゃ逆じゃ、栞代!」

祖父は、不貞腐れたように、鍋に残っていた春菊を摘んでいた。


その夜杏子は、布団の中で静かに手を組んだ。

祈るように、目を閉じながら──。

(どうか、瑠月さんの、これまでの努力の矢が、まっすぐに、的に届きますように)


そして、そっとスマートフォンを手に取った。

瑠月さんとの、LINEのトーク画面。

今日のやりとりが残ってた。


『瑠月さん。

明日、絶対に、時計を両方の腕に、二つして行ってくださいっ!』

『え? 何かのおまじない? 笑』

『はいっ! 必ず、お願いしますっ!』

『りょうかい。笑』


その短いやり取り。

杏子は、その画面をお守りのようにしばらく見つめ、そして静かに目を閉じた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ