第362話 反省しない反省文と、〇組の悲劇 アナリストはかく語りき
「北澤先生も、当然さきほどの杏子部長と同じ疑問を持ち、真映に訊ねました。いったい、いつ書いたのかと。だって、あれからは授業だったのですから。
ただ、いくらアホの真映でも、この質問は想定していたようで『昼休みの残り時間に書いた』『5時間めと6時間めの休み時間に書いた』『心から、真剣に反省したので、言葉が、泉のように湧き出てきて、すぐに書くことができました』と、自信満々に、宣言したのです」
「そう言われては、北澤先生も認めざるをえなかったのでしょう。先生は少し待つように言い、反省文を読み始めました」
「最初は、厳しい表情だった北澤先生ですが、その、あまりにも見事な文章を読み進めるにつれて、その表情は穏やかに、いや、最後には笑みまで浮かべておられました。……しかし、突然、その表情が凍りつきました」
一華は、そこで一度、言葉を切った。彼女は、どうすれば聞き手の興味を最大限に引きつけられるかを、知っている。
「この、大アホの真映は、どこを丸写しすべきで、どこに最低限のアレンジが必須であるか。その程度の簡単な判別も、つかない大アホ、バカ丸出しなのです。……最後、部長のおじい様の感動的な文章、『どうか、お許しください』を、『どうか、スマートフォンを、お返しください』に、書き換えたのです。これは、まあ、百歩譲って許しましょう。最低限、文章としては、成り立っています。私も、さきほどおじい様の原文を読むまでは、真映の気持ちを把握したおじい様の文章だと思っておりました。反省の意味は完全に失われているので、冒険したな、と思うぐらいでしたが、おじい様は、さすがに抑えるところは抑えていらっしゃったのです」
栞代は笑いながら「いや、たしかにアホやけど、気持ちはワカランではないな」
と笑うも、一華の調子は一段と冷静、いや、冷酷になる。
「栞代さんも、まだ真映のアホさを見誤っています。原文に当たらずとも、小学生でも、いや、幼稚園児でも、分かるはずのことを、この、真骨頂の大バカ者は、やらかしたのです。……彼女は、文章の一番最後、一番大事な署名の部分。『光田高校一年〇組 弓道部 朔晦真映』を、なんと、そのまま書き写したのです」
「「「「ええええええええええっっっ!?」」」」
杏子、栞代、あかね、まゆ、全員の声が、綺麗に揃った。後で聞いていた遥と澪、クラスメイトが腹を抱えて転げ回ってる。
「な、なんですか、『〇組って』って! そんなクラス、この学校には、ありません! 幼稚園ですか!? それなら、『くまさん組』とか『うさぎさん組』、『ひまわり組』とか『さくら組』なら、まだ分かりますけど!幼稚園でも『〇組』なんて存在しませんっ」
いつの間にか、一華の冷静な報告に、感情的な心の声が混じり始めていた。
「×組になるのはヤだよなあ」。後で遥が大笑いしている。
「真映は1年2組。なんでそこが〇組になってるんですかっ。北澤先生は、あまりにも間抜けなこの一点から、これが代筆だということを瞬時に見抜き、真映を叱責。これがあの、光田高校で仏の座を三宅先生と争う、優しい北澤先生じゃなければ、真映は今ごろ天国、いや、地獄行きだったでしょう。結果、スマホは没収のまま。返却時期は未定、ということになったのですっ」
あきれ返る弓道部員たち。
背後で笑い転げるクラスメイト。
その中で、杏子だけが心の底から申し訳なさそうな顔をしていた。
「……ごめん真映。あの、〇組のところ、わたしがちゃんと二組って書き直して送ってあげれば良かった。……ちょっと、おじいちゃんの文章が面白くて得意になってた、かもしれない。そのまま送っちゃった……」
「どこまで、甘いんですか、杏子部長。こんなやつ、ほっといていいんです。これは、もう、真映一人の問題では、ありません。我、光田高校弓道部の、名誉が掛かっているんです」
一華に、さらに感情が入ったようだったが、栞代も、これには、もう仕方がない、と思ったのか、むしろ、その表情は緩んでいた。
「お、おやぶ~んっ。スマホがないと生きて行けません。だからすぐに返してもらおうと思って、焦っちゃいました~」
「ふー、真映ったらもう」
杏子は口では呆れていたが、その表情は、それでも心の底から心配していた。
栞代が「おまえ、今日は練習出なくていい。部室でちゃんとした反省文書いてろ」
と真映に告げるも、杏子が遮った。
「栞代、それは可哀相だよ。真映、今日は公式練習だし、参加しなよ。それとも、休みたい? それなら、休んでもいいけど」
その、どこまでも優しい言葉。
「いえ、親分!」
真映は、がばっと顔を上げた。「不肖、“疾風の真映”。いつ、いかなる時も、親分と生死を共にすると誓っております! ぜひ、練習に参加させてくださいっ!」
栞代と、あかねが、そして、まゆまでもが、心底、呆れ果てたのは、言うまでもない。
杏子は「練習、いっぱいしないとね」と、にこりと続けた。
(なるほど、さすが、部長。練習を、きっちりさせることが、こいつにとっての、一番の反省に繋がる、ってことか)
栞代も、あかねも、そしてまゆもそう納得し、真映、一華と共に、道場へと向かった。
だが。
誰も本当には、この、朔晦真映という人間を分かっては、いなかった。
全員で道場へと向かう、その道中。真映は、誰にも聞こえないように、こっそりと杏子の耳元で、こう囁いた。
「……親分。ご隠居に、もう一回、反省文、書いてもらうようお願いしてもらえませんかね……?」




