第361話 完璧な計画と、限界なきアホ
スマホを没収された真映と共に職員室に謝罪に行った後、少し遅れて始まった、弓道部員たちの昼食の時間。その顛末を、テニス部の遥と澪、そして、好奇心旺盛なクラスメイトたちに報告することで、ひとしきり、大きな笑いに包まれていた。
やがて、授業が始まる、その直前。杏子のスマートフォンの画面が、ふわりと明るくなった。お弁当を開ける時に急ぎLINEで依頼し、真映のために一肌脱いでくれた、祖父からの返信LINEだった。
おじいちゃん:
ぱみゅ子みゅ子へ。
わしが真映さんになりきって、真映さんらしい反省文というものを考えてみた。これをたたき台にして書けば、一から考えるよりは楽に書けるのではないかな?
何組かは分からなかったので、そこは空けておいた。真映さんに、自分が何組か、変更するに言っておいてくれ。
そのメッセージの下に、テキストが、添えられていた。
『 反省文
このたび私は、授業中にスマートフォンを見てしまいました。
その理由は、ただ一つ。「弓道部の、わたしが心から尊敬する、大事な、大事な先輩方が、大学に合格したかどうか」が、気になって、気になって、仕方がなかったからです。一秒でも、一刻も早くその吉報を知りたかったのです。
しかし、授業よりもスマートフォンを優先した時点で、私は社会のルールにも、そして、一人の人間としても、負けています。
負けました。完敗です。
ですが、私は、弓道を通して、大切なことを学びました。
「外した矢のことは、決して引きずるな。それよりも、次の一本をどう放つかを考えろ。常に、正しい姿勢で弓を引け」と。
この、反省文は、私にとっての、“次の一本目の矢”です。
そして、私にとっての「正しい姿勢」とは、これからは、授業に全身全霊で集中し、二度と、授業中にスマートフォンを見ない、ということです。
先生の、有り難いお話を、ちゃんと聞きます。
そして、先輩への祝福は、心の中で、こっそりと「おめでとうございます」と、叫べる人間になります。
今回のことで、部活も勉強も、そして、人を心から思う気持ちも、その、どれもが同じくらい、大事なことなんだと、分かりました。
結果、スマートフォンの通知音よりも、私の心の喜びの音が、鳴り響いてしまいました。
……できれば、没収された、スマートフォンも、一刻も早く、鳴らしてやりたい、と、今は、心から思っております。
どうか、お許しください。
光田高校一年〇組 弓道部 朔晦真映 』
その、あまりにも真映な文章。しかも、祖父にお願いしてからほとんど時間も経っていない。読み終わったその瞬間、杏子は短く噴き出し、そして心底、感心した。
(……すごい。おじいちゃん、真映のこと、完全に理解してる……)
杏子は、その傑作を、すぐに真映に転送した。「良かったら参考にしてね」
そして、そのスマホの画面を、隣にいた栞代、あかね、まゆに回して見せる。
「見て。おじいちゃん、すごいでしょう? 真映のこと、よく分かってるって、感心しちゃった」
そんな、少しだけ、誇らしげな(?)杏子に、栞代は呆れ気味に言った。
「……まあな。そもそも、あの二人、思考回路のタイプが全く同じだからな」
そして、その日の午後の授業が全て終わった、その時だった。杏子のいる二年生の教室の引き戸が、がらり、と勢いよく開かれた。真映がまた教室に飛び込んできた。
「お、お、おやぶぅぅぅ〜〜〜〜ん……!」
そこに立っていたのは、さきほどよりも、さらに、ぼろぼろになった真映だった。彼女は、杏子の姿を認めるなり、わっと、駆け寄ってきて、その身体に抱きついてきた。今度は、本当に、その大きな瞳に大粒の涙を滲ませている。
驚いた杏子は、「ど、どうしたの、真映!?」と、その背中、慌てて、さすった。
遅れて教室に入ってきた一華が、冷静に状況を説明し始めた。
「同情の余地は一切ありません、部長」
「え?」
「真映と同じクラスになってしまった不幸なワタクシが、報告いたします。真映は、六時間目が終わった瞬間、スマホを返して欲しくて、担任の北澤先生のところに駆けつけました。そして、その手に完成させた反省文を渡したのです。私も慌てて後を追いました」
「え? ちょっと待って、反省文は明日提出じゃなかった?」
「そうなんです。それをこの、我慢というものを知らない、アホの真映は、一刻も早くスマホを返して欲しくて、今日持って行ったんです」
「ええっ!? い、いつ、書いたの? そ、それに、まさか、おじいちゃんの、あの文章を、そのまんま、渡しちゃったの!? 内容、まずかったかな……?」
不安げな顔で尋ねる杏子。それに対して一華は、どこまでも冷静に、いや、むしろ冷酷に報告を続けた。
「いえ、違います、部長。部長の、その甘すぎる優しさは、まあ、この際、一旦、置いておきましょう。私も、先ほど読ませていただきましたが、おじい様の、『真映成りきり度』は、完璧でした。……しかし、真映のこの、底なしのアホさを、完全に見くびっていた、としか言いようがありません。この点においては、部長もおじい様も同罪です」
杏子に対する、ほんの少しの刃も聞き逃さない栞代が、一華を鋭く睨む。だが一華は少しも動じず続けた。
「真映は、部長や部長のおじいさまが想定していた以上の限界の無いアホなのです」
「どういうことだよ?」
不安げな杏子に代わり、栞代が低い声で詰める。あかねとまゆも心配そうに、その話に耳を傾けていた。




