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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
358/432

第358話 帰る場所、始まる日常

朝の光が、障子越しに、やわらかくリビングに差し込んでいる。

杏子と栞代は、温かい朝食の香りに包まれていた。


「……それにしても。修学旅行から返っていきなり練習か」

祖父が、視線を新聞に残したまま、杏子と栞代に話しかける。

「ちょっとは、恵まれない可哀相な寂しいおじいちゃんと遊ぼうと思わんのか?」

「どこが恵まれてないんだよっ」栞代が突っ込む。

「おじいちゃん、帰ったら、トランプしよっ。でも練習は毎日しないと」

「……ま、そうじゃな。ぱみゅ子の夢だもんな。ま、帰ったら何して遊ぶか、考えとくわ

「それって、どう考えても子供のセリフだよな」

栞代がそう言って笑うと、祖父は「ふん」と照れたように、淹れたての紅茶を、ずず、と、すすった。

山のように詰め込まれた、修学旅行のお土産と現地で買ったお菓子の袋は、午前の練習が終わる頃に、祖父が車で道場まで運んでくれることになっている。


二人は祖父の車に乗り込み、学校へと向かった。

道場の重い引き戸を開けると、そこに、待ち構えていたかのような、いつもの顔、いつもの声があった。


「親分! 若頭! この度のお務め、まことにご苦労さまでしたーっ!」

声の主は、もちろん、真映。その元気は、朝一番からすでに、最高潮に爆発している。

「だから、その『お務め』って、一体、なんのことだよ……」

栞代が、呆れつつも、その馬鹿正直な出迎えに、思わず笑ってしまう。


「えへへ。だって、修学旅行って、なんだか、こう『娑婆の空気を吸ってくる』みたいな。『出所』っぽい、じゃないですか」

「お前、一体、どんな修学旅行を、想像しとるんや!って、娑婆やったら、まるで逆の意味になるやろ」

字面は物騒なやり取りに、奥から楓がぱたぱたと駆け寄ってくる。


「杏子部長っ! お、お帰りなさいませっ!」

その勢いのまま、杏子にぎゅっと抱きついてくる楓の目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。

「ほんとうに、ほんとうに、お帰りなさい……!」


「お、おい、お前ら……。たった三日会わんかっただけやぞ。ちょっとテンションおかしくないか?」

栞代の、呆れつつも冷静で最もなツッコミ。

それに対し、真映がすかさず反応する。

「……むっ。若頭、さてはヤキモチですか? 水臭いです。一言言ってくだされば、このわたくしめが、その、寂しい心を、慰めに──」

そう言いながら、栞代に抱きつこうとする真映。

「するなっ」

ひらり、と、身をかわされ、勢い余った真映は、床に大げさ、倒れ込んだ。

「若頭ぁぁぁぁぁぁ……! ひどい……!」


そこへ、あかねと、まゆが、のんびりと入ってきた。

「……あんたら、朝っぱらから、コントでもしてんのか」

「お前には、言われたくないわ」

栞代が即座に返す。


「ん? アネキもヤキモチっすか?」

「ちゃうわ!」

ソフィアと紬も、到着し、そのいつもの光景を笑いながら見ている。

「……わたし、光田高校弓道部に憧れて日本に来たのに、なんだか劇団のようですね」

ソフィアの言葉を受けて栞代が紬に、

「ソフィアはそう言うけど。紬はどう思う?」


更衣室で着替えると、その空気は一変する。

白い足元が、冷たい板の間を踏む。そのかすかな音が、道場に静かな緊張を運んでくる。

杏子が、すっと、弓を構えた、その瞬間。

道場全体の空気が、まるで、彼女の呼吸に合わせるかのように、きりりと引き締まる。

射位に立つその姿。すっと天に伸びる背筋。

それを見て、誰もが自然と自分の姿勢を見直す。

やはり、この道場の中心は、この人がいる場所なのだ。


「……部長たちが戻ってくると、やっぱり、空気が変わりますねぇ」

真映が、ぽそりと呟いた。その声を拾ったのは、一華だった。彼女はタブレットの画面から、目を離さないまま、涼しい顔で答える。

「旅行中も、部長には皆さんの的中率データを、いつもと同じように毎日、報告していました」

「えっ!? ちょ、わたし、落ちてないよね!?」

「逆です」

「逆?」

「先輩たちが、ご不在だった、この三日間の方が、真映の的中率は、平均して、5.2%、上昇していました」

「ええっ!? うちらがおらん方が、気合入るってことかいな!」

あかねが、笑う。


栞代が苦笑いで補足した。

「ま、でも、それが普通、かもな。楓は、杏子にええとこ見せたいって頑張る。つばめは

動じんタイプやけど。緊張する場面は影響でるやろな」

「はい。その傾向については、深澤メンタルコーチにも、報告済みです」


「だけど、意外やなあ」

「真映は影響ないタイプやと思っとったけど」


栞代とあかねに、一華が話かける。

「上がるにせよ、下がるにせよ、心理的な影響は必ず、データに現れるものです」

一華は、タブレットから視線を外し、まっすぐに杏子を見た。

「……関係ないのは、あの人ぐらいですから」


一華の視線に気がついた杏子は、──次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。

「あ、そうだ! 一華! みんなへのお土産のお菓子! お昼に配るからね!」

そのアサッテの返答にも関わらず、一華は冷静に対応する。

「……はい。ありがとうございます」

一瞬笑顔を見せたが、すぐに表情を切り替え、タブレットの画面へと戻っていった。


栞代が小声で「……冷静やな、一華」と笑う。

「はい。……『理解できない』ということを、理解しましたので」

その、哲学者のような返しに、みんながどっと噴き出した。


午前の練習が終わる頃、ちょうど、杏子の祖父の車が校門に入ってきた。

後部座席には、ぎっしりと、お弁当とお土産のお菓子の袋が詰まっている。

「わしゃ偉いのう。ちゃんと時間を守って」

祖父が、少し得意げにそれを持ち上げる。


お昼の休憩時間。道場の外の、日当たりの良い場所にレジャーシートを広げ、弁当箱が、いっせいに開かれた。

祖母特製の、甘い卵焼き、ジューシーな唐揚げ、そして味の染みた煮物。

温かい家庭の香りが漂っただけで、「うわっ」とあちこちから声が上がる。

お弁当のおかずの交換会が繰り広げられ、笑顔が交錯する。

「おじいちゃんも一緒に食べればいいのにな」栞代がおかずに視線を落としながら杏子に言った。

「気をつかったのかな? 全然問題ないのにな」あかねが続く。

杏子が「おばあちゃんが居ないからね」。


弁当の後は、待ちに待った修学旅行のお土産タイムだ。

杏子が、大きな紙袋か、色とりどりのお菓子を配ると、後輩たちが、大きな歓声を上げた。

「親分っ! これ、めっちゃくちゃ、うまいですぅーっ!」

真映が、感極まって泣きそうになっている。

「へえ、けっこう、美味いなこれ」

「こっちに売ってたら希少価値なくなってイヤだなって思ってたけど、もう今は逆に売ってて欲しいわ」


「もう、わたし、こんな美味しいお菓子、食べたことありません!」

楓が目を輝かせる。

「お前、杏子から渡されたら、いつでも同じこと言うやん」

あかねのツッコミに楓がひるまず言い返す。

「だって、杏子部長から頂くものは、全て特別なんですものっ」

それを聞いた杏子は、きょとんとして言った。

「え? でも、これ、普通に売ってるやつだよ?」


それを聞いた部員たちは皆一様に笑っている。一人杏子だけハテナ顔だ。

栞代が杏子の肩を、ぽんぽんと叩いた。

「いやいや。どんな普通のお菓子でも、杏子が触れば……それだけで世界で一番の

特別な味なんや。楓にとってはな」


いつも通りの、光田高校弓道部。

いつも通りの、時間が確かに、戻ってきていた。


練習後、杏子が提案し、全員で神社へと向かう。

期末試験ももうすぐ。そして、三年生は受験本番真っ只中。


杏子と栞代が家へ帰ると、祖父と祖母がいつもの通り迎えてくれた。

そして、すぐに始まる、いつもの栞代と祖父の漫才。

「おじいちゃん! この紅茶、熱すぎるで!三献(さんこん)の茶って知らんのか」

「あれは季節が違うんやっ。今は身体を暖めるのが第一目標。わしの愛情が伝わらんのは嘆かわしいのう」

「熱すぎた愛情はすぐ醒めるで。愛情も温度管理が必要なんや」

「醒めるかいっ」

「せめてもう少し甘かったらな」

「甘やかすのは愛情やない」

「味の話やっ」


杏子と祖母は、その見慣れたやり取りを見て笑いが零れる。

紅茶の優しい香りが落ち着く頃、杏子は、ほっと息をついた。


弓道も、そして、勉強も。

期末テストも、近い。

だけど、来週からは──瑠月さんが勉強を教えに来てくれる。


(……勉強は、あんまり、好きじゃないけど)

大好きな瑠月さんに会える。

そう思うと、杏子は自然と弾んでいた。


その夜、カーテンの隙間から、冬の静かな月明かりが差し込んでいた。


瑠月さんってお月さまみたいだな。

太陽のように激しくなく、穏やかに、優しく導いてくれる。

瑠月さん。受験がんばって。


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