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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
350/432

第350話 聖地の門と、愛の射程距離

午後の陽射しが街路樹の葉を透かし、アスファルトに柔らかな模様を描いている。鹿児島市内の観光バス停留所。杏子、栞代、あかね、まゆ、遥、澪の六人がバスの到着を待っていた。


他の班の生徒たちが近くのカフェや土産物屋を巡る華やかな自由時間。その中で彼女たちだけはまるでこれから決戦へと向かうかのような、静かで引き締まった足取りでここまで歩いてきた。目的地はただ一つ。煌南の弓道の聖地──鳴弦館高校。


バスの扉が開くその直前だった。背後から太陽のように明るい声が響いた。


「Kyoko!」

振り向くと風に飛ばされそうになる白い帽子を片手で押さえたソフィアと、その隣で静かに佇む紬がいた。


「あれ、お前らどうしたんだ?」

栞代が驚いて目を丸くする。紬はその問いに淡々といつもの調子で答えた。


「それはわたしの課題ではありません」

そのあまりにも完璧な決め台詞。あかねとまゆが同時に噴き出した。


ソフィアが悪戯っぽく笑いながら補足する。

「わたしとTsumugi、班のメンバーにちゃんと許可をもらって、みんなの応援に来ました。今日は特別に別行動です」


「応援?」

遥が片眉を上げる。

「修学旅行の自由時間にわざわざ他校の弓道場に行くなんて話、聞いたことないけど」

「私たちは少し変わっていますから」

紬がきっぱりとそう言い切る。

「知っとるわ」

あかねが笑う。


杏子はその思いがけない援軍に小さく手を振った。

「でも、みんな本当にいいの? 今からでも観光行かなくて。わたし一人でも大丈夫だよ」


「無理するな、無理。杏子が一人で行ったら、鳴弦館の門の前で『こんにちは』って挨拶する勇気が出るまで一時間はかかるだろ?」


栞代が容赦なくそう笑いながら言う。

「う、う、うるさいなあ……で、できるもん、それぐらい」

杏子は頰を真っ赤にしながら抗議の声をあげる。


「……なるほどな。これが噂に聞く杏子の『変人ホイホイ』のパワーか」

遥が心底感心したように呟いた。


こうして総勢八名という賑やかな大所帯が、午後の柔らかな陽射しの中を鳴弦館高校へと向かった。


校門の手前で道がわずかにせり上がる。視界がぱっと開けたその先にそれは現れた。


黒くしっとりとした艶を沈めた火山石の巨大な門柱。その表面には長い年月と風が磨き上げた細かな凹凸が光を柔らかく乱反射させている。「鳴弦館高等学校」と彫られた文字は、墨をたっぷりと含んだ筆で書かれたかのように深く、そして刻まれた瞬間の気迫がまだそこに生きているかのようだった。


門に渡された綱を留める金具が風に吹かれてからんと鳴り、高く掲げられた校旗の竿がきぃんと澄んだ音を返す。その響きがまるで弓の弦音のようで、杏子は一瞬背筋がすっと伸びるのを感じた。


門をくぐると道の両脇には巨大なクスノキと黒松の並木がどこまでもまっすぐに延びている。葉がこすれ合うさわさわという音が風の流れを目に見えるように知らせてくれる。湿った土と松脂の清浄な香りが胸の奥にすっと沁み込んできた。


その先に静かに佇む本館は戦前の建築だという。白壁の鉄筋三層。縦長の窓が厳格なまでに整然と並んでいる。


右手に武道棟が見える。白漆喰の壁とどっしりとした黒瓦の屋根。そのさらに向こう。青々とした芝生を隔てた先に彼女たちの目的地、弓道場が見えた。


檜の長い軒が南へと大きくその腕を広げるように開いている。白砂の美しい矢道の向こう、暗い安土に的場の円い白がぽっかりと浮かんでいた。


風が庇を撫でて抜けていく。


「……すごいな」

栞代が小声でそう言った。


「うん……。自分の姿勢が勝手に正されるような感じがするね」

まゆが静かに頷く。


杏子は何も言わなかった。言葉をこの場所に置くことすらためらわれる。それよりも先に胸の奥で緩んでいた弦が再びぴんと張り詰めていくような、そんな感覚があった。


受付の建物で彼女たちを待っていたのは校長の久住先生だった。穏やかな口調で「ようこそ来てくださいました」と深く一礼してくれる。


続いて現れた東雲監督が軽く頭を下げた。

「思ったより人数が多いようだね」

「今日はありがとうございます。お世話になります。杏子の応援団です」


栞代がそう答える。東雲監督はその言葉に目尻を下げて笑った。

「ははっ、にぎやかでいい。うちの部員もきっと喜ぶよ」


案内されて弓道場の縁側に立つとすでに鳴弦館の部員たちが一列に整列していた。


その中央で部長の真壁妃那が一歩前に出る。そしてその隣には腕を組み仁王立ちになった篠宮かぐや。


彼女は杏子の顔を見るなりいきなり吼えた。


「杏子! あんたにはもうあきれもはん! 修学旅行ん時ぐらい弓のこっは忘れっくいやっ! たまには思いっきり遊ばんね!」


その突然の熱烈な咆哮。杏子は完全にたじろいでいる。あかねが噴き出し、まゆが慌てて口を押さえた。


「……出たな『かぐや語』」

栞代が小声で言い、遥と澪はただ目を丸くするばかりだ。


そのかぐやの肩を軽く押さえるようにして、部長の真壁妃那が穏やかに前に出た。


「かぐやは口ではあんげん言うちょりますけどね。ほんとは杏子さんに会えるのをいっちゃん楽しみにしちょったとですよ」


その優しく美しい方言。


「遠かとこから、しかも修学旅行の大事な時間の途中にわざわざ弓に触れたいっちゅうて来てくれた──それがもううれしくてうれしくて仕方なかったです。できるだけお手伝いさせてもらいますけん。なんでも遠慮せんで言うてくださいね」


「……ありがとうございます」


杏子は深々と頭を下げた。その声に鳴弦館の生徒たちも一斉に軽く会釈を返す。張り詰めていた空気がふわりと柔らかくなった。


「それでは更衣室まで案内します。それから──」

真壁はにこりと微笑んだ。


「弓の方も、届いています」

「ありがとうございます」杏子は改めてお礼を言う。

「拓哉コーチ、忘れて無かったな。さすがに忘れないか」栞代が呟く。


「はい。控室に置いてあります」


更衣室へと向かう杏子の後ろを栞代がついていく。他のメンバーは見学ルームへと回った。


更衣室の中は新しい檜の香りが漂っていた。杏子と栞代は持参したジャージに着替え胸当てを整える。


「……久々に見たわその顔」

栞代が鏡越しに言った。


「完全に『試合モード』の顔やで」

「……き、緊張してるだけ」

「ほら、試合と一緒」

杏子は頬を少しだけ膨らませながらも笑った。


二人が控室へと出ると真壁が待っていた。

「お荷物はこちらです」

そう言って彼女は一つの部屋の扉を開けた。


──その瞬間。


「あっっっ…………おばあちゃんっっっ!!」

杏子の声が驚きと喜びで裏返った。


そこに立っていたのは見慣れた優しい笑顔の祖母と、そしてその隣で少しだけ照れくさそうに立っている祖父だった。


「……ぱみゅ子。わしもちゃんと居てるで」

祖父が口を尖らせる。


「おじいちゃんも!? ど、どうしたの!? わざわざここまで弓持ってきてくれたの?」

祖母が穏やかに笑った。


「ええ。だって杏子ちゃんの大事な弓だもの。専門の業者さんの手配もしてたんだけど。あいかわらずおじいちゃんが」

「朝いちばんの特急と新幹線で、びゅーんじゃ。ぱみゅ子の顔が見られるならこれぐらい」

祖父が胸を張る。


杏子は祖母に駆ける。いつもの穏やかな笑顔に涙をこぼしそうになった。


その後ろで栞代も完全に目を白黒させていた。

「……えマジで来たん? ここまで!? ……おじいちゃん、どんだけストーカーやねん」「あほ、栞代、愛の射程距離がすごい、と言わんかいっ」

祖父も相変わらずだ。


「ぱみゅ子が弓を引くんだから、ちゃんと見届けないとなあ」

祖父が声をかけると杏子は頷く。そして、祖母の方を向いて

「見ててね」と、相変わらずの園児の顔が輝いた。

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