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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
ブロック大会
35/414

第35話 ブロック大会団体戦決勝トーナメント

休憩を挟んで、決勝トーナメントが始まった。


【一回戦:城南学院高校】

静まり返った弓道場の空気の中、1巡目の最初の矢を放つ杏子。余計な雑念を振り払い、見事に的の中心を射抜く。その矢は光田高校の自信を象徴するかのように美しく飛び、全員の士気を高めた。


「いい射形だ。何者だ、こいつは。」

宮崎澪が自信満々に小さく笑みを浮かべる。一年だな。宮崎は冷静沈着で、弓道の美しさを追求するタイプの選手だ。放たれた矢は杏子に負けず劣らず、正確に中心を射抜いた。

光田高校の冴子が落ち着いて2本目を中て、瑠月も安定した射を見せる。沙月が少し手元を狂わせ、的をしたものの、つぐみが流れを戻すように正確な一矢を放った。

城南学院も安定した射を続け、1巡目は5本中4本的中で光田高校と互角。

2巡目、杏子が引き続き正確な射を見せ、全体の流れをリード。宮崎澪もまた中心を外さず、どちらのチームも譲らない展開が続くが、杏子、つぐみの両エースの存在はやはり大きく、光田高校は、流れを放さなかった。


最終的に光田高校が20本中16本を的中させ、城南学院を2本差で振り切った



【準々決勝:川嶋女子校】

県大会でも相まみえた相手だ。しかもあの杏子が唯一動揺したきっかけを作った日比野希が居る。外したことが影響を与える存在ということだ。試合前から異様な緊張感が漂う。エースの日比野希は無表情で静かに弓具を点検し、その背後で日比野を支える前田霞が緊張を抑えるように目を閉じ、深呼吸を繰り返していた。


「試合開始だ。」


1巡目、杏子の矢が見事に中心を捉える。日比野希が淡々と同じ精度の射を返す。続く冴子と瑠月も安定した射を見せる中、川嶋女子校の霞もサブエースとしての実力を発揮し、堂々と的の中心を射抜いた。

両校とも5本中4本的中で1巡目を終え、勝負は全くの互角。2巡目、杏子がさらに正確な一矢を放つが、川嶋女子校も全員が集中力を高め、ここで5本全てを的中。光田高校は4本に留まり、リードを許す。

3巡目、霞がプレッシャーの中で冷静な射を見せる一方、沙月がわずかに矢を外してしまう。希と霞が堅実な射で光田高校を追い詰めるが、つぐみがその流れを断ち切る見事な一矢を決め、4巡目に望みをつないだ。

最後の巡では、杏子と希がそれぞれ完璧な射を見せ、拮抗する。追いこまれた光田高校だったが、今までの練習を信じ、横皆中。勝負のかかった最後に川嶋女子が外し、試合は20本中17本で並び、競射へ突入した。

【競射】

競射は5人全員が一射ずつ行い、その合計で決定し、差がでるまで繰り返される。杏子が最初に的の中心を射抜き、希もそれに続いて命中。霞はプレッシャーの中で見事に命中させたが、光田高校の瑠月も冷静に対応する。

最終射でつぐみが見事な一矢を放ち、川嶋女子も集中力を切らさない。

この緊張感の中でも、いつも通りの射を見せる杏子と日比野希。お互い一歩も譲らない中、勝負は四順目に入り、川嶋女子が3本を外し、光田高校は杏子、瑠月、つぐみが的中し、辛くも勝利した。



競射で川嶋女子校を下し、準決勝への切符を手にした光田高校。しかし、控室に戻った5人は、それぞれの場所でぐったりと座り込んだ。全員が気力も体力も消耗しきり、肩で息をするほどだった。特に沙月は膝に手をつき、疲れた表情で息を整えようとしている。


「……疲れた……。」

沙月がぽつりと漏らすと、冴子もその場に座り込みながら苦笑した。

「だよね……私も膝が震えてるもん。」


瑠月は目を閉じ、いつものように深呼吸を始めた。これまでのメンタルトレーニングの成果が、自然と身についている。

「瑠月さん、やっぱり落ち着いてますね」

沙月が少し疲れた声で言う。手の震えがまだ収まっていない。

「ううん、私も緊張してたわ。でも、呼吸を整えれば、少しずつ戻ってくるの」

そう言って瑠月が微笑むと、チーム全体の空気が少し和らいだ。

「杏子ちゃんは?」瑠月が杏子に振った。


「はいっ」杏子は「いつも通りです。ただ、おばあちゃんが言ってた通り、一射一射姿勢を正しくして、、」

「あたるかどうかはただ結果なだけ、か」

つぐみが引き継ぐ。その素直な、いつも通りな答えに、みんなが小さく笑った。杏子の純粋さと、いつも変わらぬ頑なさに、チーム全体が安心した。


沙月と冴子も自然と背筋を伸ばす。つぐみが笑いながら言った。

「ほんと、杏子って天然なのか、すごいのかわからないよね。天然だと思うけど。でもま、そこがすごいんだけど。あ、じゃやっぱりすごいのか。」みんなの顔が緩む。


そこへ、瑠月がゆっくりと口を開いた。

「杏子ちゃんの言う通りだね。自分たちの力をだそうね。それだけで、十分じゃない。杏子ちゃんの言葉を、いや、杏子ちゃんのおばあちゃんの言葉を借りると、勝つかどうかはただの結果。みんな自分の矢を引こう。結果にまでいちいち左右されたらもたないよ。それは全部終わってから、全員で引き受けよう」


その静かで力強い言葉に、全員がハッとした表情を見せる。瑠月は微笑みながら、親しげに沙月の肩を叩いた。

「沙月、さっきの矢、ちゃんと的にかすってたじゃない。あれが無かったら、競射まで持ち込めなかったよ。最高だった。」


「え、そ、そうかな……。」

沙月が少し照れくさそうに呟くと、冴子が追い打ちをかけるように笑う。

「瑠月さんの言う通りだよ。沙月の一本が流れをつくったんだから、もう少し自信持ちなよ。」


つぐみも微笑んで言う。

「そうそう。次の準決勝、沙月さんの大活躍が見えますねっ」


仲間たちに支えられるように、沙月は小さく拳を握りしめた。

「……そだな。頑張ろっ。」。」


その様子を見ていた杏子が呟く。「またあの引き締まった中で弓が引けるなんて、楽しみですよねっ」


瑠月が頷きながら言った。

「杏子ちゃん、さすがに頼もしいよね。弓を持たせたら、無敵ね。」


全員が小さく笑い合うと、つぐみが「いや、わたしだって、見せつけてやるんだから」。つぐみらしさが戻ってきた。全員の顔に気力が戻ってきた。


その時、川嶋女子の日比野希と、前田霞がやってきて、祝福してくれた。光田高校のメンバーも健闘を讃えた。霞が言う「ここまで来たら、優勝してくれよ。うちの県の強さを見せつけてやってくれ。」

つぐみが応えた。「わたしはそのつもりだけど、うちの部は、とにかく集中して引くことだけ、に集中することになってるんだ。」

希がそれを聞いて言った。

「まだ弓が引けるなんて、羨ましいな。もっともっと引いていたい。」

「希は、どうも勝負に対する執着がないんだ。とにかく弓を引きたいだけなんだよ」と、霞は少し呆れたように言った。

それを聞いて、光田高校のメンバーは、まるで杏子みたいだな、と全員思った。そして、霞の役回りはつぐみってことだな。全員が同じように思ったと見えて、顔を見合わせて笑った。つぐみと霞は固く握手を交わしていたが、杏子と希は、お互いにぼんやり微笑みあっていた。


「さて、そろそろ準備しましょう。」

瑠月の声に全員がうなずき、再び弓具を手に取った。彼女たちの表情には、次の戦いへの静かな決意が戻っていた。



【準決勝:桜台高等学校】


桜台高等学校は、全国でも名の知られた強豪である。エース桑原美香は、桜台高の特徴でもあるのだが、闘争心を全面に押し出すタイプだった。いや、全員がそうだった。気力でも的中数でも圧倒的に勝つ。それを目指し、激しいトレーニングを積む高校だった。対する光田高校は、伝統校ではあったけれども、最近は全く聞かない名前だった。そこに桜台高の慢心と油断があった。


1巡目は杏子と美香のエース格同士でスタート。本来、意地の張り合い、なのだが、杏子はどこ吹く風。まるで眼中にない。それは杏子らしく弓に集中しているだけなのだが、いつもの対戦相手とは違う雰囲気に、桜台高は戸惑っていた。勝負を諦めているのか?普通は多少なりとも、対抗心を出してきたり、怖じ気づいたりするものだが。それにしては、杏子の完璧な射型。

しかも、杏子だけではない。全員がこちらは眼中にないようだ。かろうじてつぐみが闘争心を出しているが、またそのつぐみが絶好調で素晴らしい射を見せていた。


今まで対戦相手を圧倒してきた桜台高だったが、格下だと思っていた光田高校が、乗ってこないこと、予想外の実力に気持ちが乱れ、結果射も後半乱れ、思わぬ展開となり、光田高校が快勝した。


【決勝:鳳泉館高校】


道場に漂う空気が、これまでの試合とは明らかに違っていた。決勝の相手は、全国でも名高い鳳泉館高校。そのエースである矢野慧は前年の全国大会の個人戦で優勝経験を持ち、その安定感と威圧感で他校を圧倒する存在だ。試合前の練習射の段階から、彼の放つ矢はすべて中心を射抜いていた。


「矢野慧……。噂以上の選手ね。」

つぐみが低い声で呟く。その視線の先で、矢野が微動だにせず弓を構える。その姿は、まるで氷のように静かだった。


「彼女は中学時代雲類鷲麗霞に敗れている」

つぐみが杏子に背景を教えてくれている。

「その雪辱を果たすため、どの試合も負けたくないはずだ。そもそもこの大会そのもののエース、注目株だからな。だけど杏子、麗姫を越えるのはわたし。だから、ここでそれを思い知らせてやる」

激しい闘志を燃やすつぐみ。自分とは気持ちの持っていき方は全然違うが、それでもいつも通りのつぐみの言葉を聞いて、杏子は安心した。


瑠月はまだしも、冴子と沙月は緊張を隠くしきれなかった。それを感じ、杏子は深く息を吸い、いつもの落ち着いた表情で小さな声で言った。

「同じ。的の距離も、風のない道場も。相手が誰でも、私たちはいつも通りに射つだけです。」


その言葉に、こいつ、ほんとに弓を持たせたら無敵だな、と光田高校のメンバーは改めて感心していた。


1巡目、矢野慧の凛とした佇まいに、観客からかすかなどよめきが漏れる。会場の注目を一身に集めていた。しかしまるで別世界に居るかのように、全く動じない杏子だった。いつもと変わらぬ美しい射形で、見事に的中。まったく引けを取らないどころか、お株を奪うほどの美しさに、場内からどよめきが起こる。


杏子は全くいつも通りだな。少し人間らしく動揺しろ。いつもちゃんと結果出してくるから、腹立つわ。


相変わらずの憎まれ口を頭の中で叩きながらも、つぐみは、杏子のことを、一緒に戦う仲間として、なんと便りになるやつなんだ、と思っていた。そのいつもと変わらぬ杏子が呟いたさきほどの一言「同じ。」を思い出し、光田高校は冴子、瑠月、沙月、つぐみと、全員が的中を重ねる。


一方、鳳泉館も、エース慧が、その名に恥じない完璧な射を放つ。エースが示した高いレベルに、ほかの選手たちが応えていく。鳳泉館高校という名門校の名に恥じない完璧な射を放つ。負けじと、全ての矢を中心に集中させた。完全な互角の戦いとなる。


2巡目、杏子と慧が互いに正確な射を放つ中、沙月が一本外してしまい、鳳泉館が僅かにリードを奪った。


3巡目、リードを奪ったそのわずかな心の隙が、いつもは冷静な鳳泉館の下堂園志穂(しもどうぞのしほ)、木崎咲、肱川(ひじかわ)ルイを乱す。なんと3人が外した。無名の高校に負けられない、勝って当然の重圧はすさまじいものがあった。対する光田高校は、杏子の別次元の安定感、瑠月の冷静な射とつぐみの力強い矢、光田高校が追いつき、最終巡は横一線に並んだ一進一退の緊迫した攻防となる。


最終巡を迎え、会場の空気は凍りついたようだった。両校の選手たちが、一射一射に魂を込めていく。杏子と慧の最後の矢は、まさに一糸乱れぬ完璧な射の応酬となった。

冴子が外し、下堂園が外す。瑠月が決め、木崎が決める。沙月が決め、肱川が決める。まさに互角の対決であった。


そして、運命の最終射。つぐみの手から放たれた矢は、まるで時間が止まったかのような緊張の中、的の中心へと吸い込まれていった。

「よし!」

どこからともなく声が上がる。続く鳳泉館の最後の射手である豊郷理恵が、いつも通りの安定した姿勢を見せていたものの、わずかに的をそれた。

一瞬の静寂の後、歓声が道場に響き渡る。16本対15本。光田高校の優勝が確定した瞬間だった


【喜びの余韻】


試合後、控室に戻った杏子は深々と一礼すると、改めて慧に向き直る。二人は互いの健闘を称え合うように、静かに頭を下げた。その背後では、チームメイトたちが抱き合って喜びを分かち合っていた。

その姿を見た肱川が「団体では負けたけど、慧は負けてないっ」そう叫ぶと、矢野慧を超えたいつぐみが「なに?」と睨み返す。

間に入った慧が、辞めなさい、と(たしな)め、非礼を侘びると、瑠月が

「いえ、こちらも喜びに我を忘れ、礼を失しました。深くお詫びします。」と返答した。

ルイはまだ不本意風だったし、つぐみとバチバチと火花を散らしていたが、互いに、控室を後にし、それぞれの学校のメンバーの元に戻っていった。


まだ興奮冷めやらぬつぐみだったが、冴子と沙月から「落ち着けって」と言われていた。つぐみは杏子を捕まえて、

「おい、杏子はどう思ってるんだよ」と気色ばんで迫ったが、杏子は、

「あ、ごめんなさい。おばあちゃんに、ブロック大会だから、全国とは違うけど、金メダルをプレゼントすること考えてた。なにかあったの?」

と、やっぱりどこか違う世界に居た答えに、全員があっけにとられた。

つぐみは、全く変わらぬ杏子に、少し落ち着いた。

瑠月が「紬さんなら、それはわたしの課題じゃありませんって言うところね」と続けて、笑いを誘い、イヤな気分を洗い流した。


この勝利は、この四カ月弱、築き上げてきた絆の証であり、日々の努力が実を結んだ瞬間だった。

つぐみの決勝の一射が放たれた時、杏子の脳裏には、おばあちゃんの言葉が蘇っていた。

「正しい射形で打つことだけ。あたるかどうかは結果なだけ」

その教えが、今日という日に、最高の形で結実したのだった。






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