表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
346/432

第346話 北欧のスープと、弓道部の嵐

その日の夕刻。杏子の家とは町の反対側に位置する閑静な住宅街。その一角に、周囲の和風建築とは明らかに趣の異なる、モダンで温かみのある一軒家が佇んでいた。エリックとリーサが、ソフィアと共に暮らす家だ。


玄関のベルが鳴ると同時に、リビングで新聞を読んでいたエリックはぱっと顔を上げた。外から聞こえてきたのは、予想通り、しかし予想を遥かに上回る元気すぎる声だった。


「おじいさまっっ! はじめましてぇっ! 光田高校弓道部一年、朔晦(たちごり)真映(まえ)と申しますぅっ!」


インターホンのスピーカーが割れんばかりのその声。隣でキッチンから顔を出したリーサが「……あらあら。『おじいさま』?」と不思議そうに首をかしげるより早く、エリックは笑みを堪えながら玄関の扉を開けた。


そこに立っていたのは、まるで昭和の任侠映画から飛び出してきたかのような妙な姿勢をした、熱量と勢いを纏った少女と、その隣で対照的に落ち着いた笑顔を浮かべる、もう一人の少女だった。


「お、おお……これは驚いた。君がソフィアから聞いていた噂の"真映さん"か。まさか本当に実在するとは」


「ほらね、言ったでしょう、エリック。ソフィアがいつも『うちの部で一番賑やかな子』だって言っていたわ」

リーサがくすくすと楽しそうに笑う。


つばめがその隣で丁寧に深く頭を下げた。

「はじめまして。ソフィア先輩の後輩の、小鳥遊つばめと申します。今日はお二人が寂しくないようにって、留守番組、みんなで順番にお邪魔することになったんです」


「そうかい、それは嬉しいねえ。さあ、外は寒いだろう。中に入りなさい。暖炉がちょうどいい具合に燃えているよ」


「ちょっと待ってください。ご挨拶がまだ・・・・・・・。おひけえなすって・・・・」

「いや、それは寒いから省略しよう」

エリックが笑みを絶やさず提案する。


「うっひょー! すっげぇ……! 映画でしか見たことない! これ、マジの、ホンモノの北欧邸宅じゃないですか!」


リビングに足を踏み入れた瞬間、真映が感嘆の声を上げる。白木を基調とした、しかし温かみのある空間。壁にはマリメッコの大胆なデザインのファブリックパネルが飾られ、棚にはイッタラの美しいガラス製品が静かな光を放っている。そしてその中央では本物の暖炉の炎が、ぱちぱちと穏やかな音を立てて揺れていた。


「真映、声が大きいよ」

「いや、でもよ、つばめ! この感動のボリュームは下げらんないんだよ!」


エリックはその素直な反応に苦笑いを浮かべつつ、二人をリビングへと案内した。


テーブルの上にはすでに温かい夕食の準備が整っていた。サーモンの美しいピンク色が溶け込んだクリームスープと、大きなミートボール、そしてずっしりとした黒いライ麦パン。


「ソフィアの好きなものばかりなのよ。日本のお嬢さんたちのお口に合うかしら」

リーサがエプロン姿で、少しだけ心配そうに微笑む。


「合うに決まってます! この香り! きっと杏子部長のお家のうめぶたにも負けてませんよ!」

「真映、その比較はちょっとおかしいと思うな」


湯気の立つ熱々のスープを一口すする。その瞬間、真映は目を見開いた。

「うまっ……! なんですか、これ! ただの魚のスープっていうより、なんていうか、こう、魂に直接染み込んでくる系のやつです!」


「まあ……魂にね。気に入ってくれて何よりだよ」

エリックはコーヒーを飲みながら静かに笑った。


「真映さん。ソフィアから連絡はもらっていましたよ。あなたが『弓道部の嵐担当』だとか」

「嵐担当!? いや、まあ、ここは褒め言葉として謹んで受け取っておきます!」


「……真映、それは相当気をつかった表現だね」

つばめがすかさず冷静なフォローを入れる。


食卓はすぐに明るい空気に包まれた。

真映はLINEを開きながら得意げにスマートフォンを構える。

「よし、これより実況を開始します! まずは『異国の奇跡の晩餐なう!』っと」

ぱしゃ。


「『スープ、超絶アツい! さすが鍋奉行ならぬスープ奉行・リーサ様、健在!』っと」

ぱしゃ。


「『ソフィア先輩の部屋、たぶん匂いまできれい! 今から潜入します!』っと」

ぱしゃ。


「ちょっと、真映ちゃん、写真撮りすぎ!」


「いいんです、いいんです! 部長だって絶対見たがってますから! 今ごろ旅館のちまちました懐石料理で『すだちの香りがどうのこうの』とか言ってるんですよ、きっと!」


「ふふっ。でも返信来ないみたいね」

リーサが笑う。


「……ほんとだ。修学旅行組も楓ちゃんたちも既読すらつきません……」

「まあ、今は全員同時に食事中の時間ですから」

つばめが冷静に分析する。


「なんだよー! 寂しいなー! そいえば昨日も返事無かったなあ」

「……いえ。賑やかな真映さんが居てくれるので、全く寂しくは見えません」

その時、エリックが穏やかに言った。


「……ソフィアはね、今ちゃんとご飯を食べているか少し心配なんだよ。あの子、結構好き嫌いが多いし、ああいう完全な日本料理の懐石料理は少し苦手だからね」


その優しい眼差し。つばめは静かに微笑んだ。

「大丈夫です、エリックさん。ソフィア先輩はすごくがんばり屋さんですから。それに紬先発がついてますし」


「ソフィア先輩はきっと『日本の伝統的な食文化を学ぶのも修行のうち!』とか、真面目な顔して言ってますよ、きっと」

「……そうか。あの子は本当に日本が好きなんだな」

エリックの瞳に深い優しい光が宿る。


真映はスプーンをカチャンと置くと、にっと笑った。

「安心してください、エリックさん! ソフィア先輩は今ごろ絶対に笑ってご飯食ってますよ!」

その声には何の根拠もない。だが絶対的な信頼があった。


「ソフィア先輩は、弓道でもなんでも絶対に手抜くような、そんなヤワなタイプじゃないっすから!」

「真映ちゃん、それは褒めてるんだよね?」


「もちろんです! なんせ、うちのあの宇宙人部長に本気で惚れた女ですから! しかもフィンランドからわざわざ来た。その根性はそこらの人間とはレベルが違います! 筋金入りってやつですよ!」


リーサがこーヒーを注ぎながらくすくすと笑う。

「……なんだか。本当に嬉しいわ。あなたたち、本当にあの子のいいお友達なのね」


帰り際。

エリック夫妻が玄関先まで二人を見送りに出る。

「ありがとう、来てくれて。おかげでとても楽しかったよ」

「こちらこそごちそうさまでした!」

つばめが深く頭を下げる。


真映はその隣で右の拳を左胸に強く当て、任侠映画の主人公のように叫んだ。

「今日のこのご恩義! この朔晦真映、一生忘れやせんっ!」


「……真映さん。それはなんて言う映画のセリフだい?」

「いえ! この気持ちはガチです!」


エリックはもう堪えきれずに肩を震わせて笑い出した。そして夜の闇に消えていく二人の小さな背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。


「……ソフィアがあれほどまでに日本を好きになる理由が。……今日、分かったような気がするよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ