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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
342/433

第342話 ガールズトークと、恋の容疑者

ホテルの大広間から、それぞれの部屋へと戻る。畳のい草の香りが心を落ち着かせる広々とした和室。窓の外には眼下に広がる市内の夜景が、まるで宝石箱をひっくり返したかのように無数の光を瞬かせていた。


入浴を終え、それぞれが旅館の浴衣や持参したリラックスウェアに着替える。その空間は自然と二つのグループに分かれていた。


部屋の隅では、栞代、あかね、そして遥の三人が枕を背もたれにして、なにやらヒートアップした議論を繰り広げている。


「でさ、結局のところ、あんたら彼氏はおらんの?」

切り出したのは遥だった。


「「おらんわ!」」

栞代とあかねの声が見事に、そして即座にハモった。


「なんや、お前ら……。揃いも揃って寂しい人生送っとるんやなあ」

遥が心底同情するように肩をすくめる。その上から目線の物言いに、栞代がすぐさま噛みついた。


「うるさいな。じゃあお前にはおるんか?」

「ふっ。ほんまの美人はな、男をじっくり選ぶんや」


「はっ。要はおらんのやろ。そしたら、うちらと一緒やんけ」


「あほー。お前らと一緒にすんな。どうせお前らは好きな人の一人もおらんのやろ?」

「うぐぐぐぐ……。じゃあお前にはおるんかっ!」


「当たり前や。好きな人の一人や二人……いや、三人、四人、五人、六人……。よりどりみどりやで」

「何人おんねんっ! そりゃ勝手にこっちが好きになるだけやったら誰でもできるわ!」


「お前らなあ、無知そうやから教えといたるけどな。『女子高生』いうこの最強のブランドはな、この短くて尊い人生でたったの三年間しか使えへんのやで。有効に活用せんかったら大損やろが」


「で、その最強ブランドを有効活用した結果、全員に見事に振られた、と」

あかねのあまりにも的確なカウンターパンチが炸裂した。


「あっ! あかね、今、アンタ絶対に言ってはならんことを言いましたね!? それだけは、それだけは絶対に触れてはイケナイ乙女の傷跡を、今あかねがえぐった〜! 栞代〜!もうあかん~」

遥が大げさに倒れて泣きマネをする。


「おー、よちよち。まあでも遥が先に喧嘩売ってきたのが悪いんだよ」

うつ伏せになってる遥の頭を撫でながら、栞代が応える。


ガバッと顔をあげた遥。

「どこがだよ! わたしはただ無知蒙昧なお前らのために人生の真理をだなあ……!」

「いいか遥。そんなブランドなんかに頼らんでも、イケてる女はイケてるんだよ」


「その何の根拠もない無意味な自信は、いったいどこから湧いてくんねん!」

「どこが無意味やねん! わたしのこの溢れ出る魅力が分からんのか!」


「はいはい、はいはい」


どうやら、この人類始まって以来、決着のつかない論争は今夜も永遠に続きそうだった。


そのやかましい議論の嵐からほんの少し隔てただけなのに、違う世界が存在していた。そこには杏子、まゆ、澪の三人が小さな円を描くように座り、お菓子を広げる平和で穏やかな世界が広がっていた。


杏子がそっと差し出したのは、祖母が旅行のためにと持たせてくれた手作りの梅ゼリーだった。


「わあ……これ、ほんのり甘酸っぱくて……本当に梅の味がする……」

澪が一口食べて目を丸くする。

「これ、杏子ちゃんのおばあちゃんが手作りしたの?」


「うん。地元にすごく美味しい梅干し屋さんがあってね。そこの梅を使って作り方を教えてもらったんだって」

「教えてもらっただけでこんなに美味しいものが作れるなんて……すごいよ、おばあ様……」


まゆは車椅子から降り、杖を頼りに自分の鞄へとちょこちょこと歩いていく。そして取り出した大きな袋をテーブルの上に広げた。


「うちはこれかな。安定のスーパーのお徳用チョコクッキー。みんなで分けよう」


「やったあ! クッキー大好き!」

杏子が嬉しそうに手を叩いた。


「澪ちゃんは何か持ってきた?」

まゆが聞くと、澪は少しだけはにかみながら小さなジップロックの袋を取り出した。


「うちはこれ。飴ちゃん。テニスの遠征の時、いつも持っていくの。試合の合間にこれを舐めると、なんだかすごく落ち着くんだ。……ちょっとみんなにも食べてみてほしくて」


「へえ、遠征ってそんな感じなんだ」

杏子が目を輝かせる。


「うん。甘いものって、やっぱり元気になるからね」


「でも甘いだけの飴ならいっぱいあるけど、これはなんだかちょっと別格だね。すごく優しい味がする」

「うん。昔、教えてもらったんだ。それからはもうこれ一択」


「いいなあ、澪。……教えてくれたのって、もしかして彼氏さん?」

杏子の空気を読まない天真爛漫な一言。幼い感性は意外とするどい。まゆが「あ、杏子!」と慌ててその袖を引いたが、もう遅かった。


澪は一瞬驚いたように目を伏せ、そしてすぐに小さく困ったように笑った。


「まあ……その……。一般的にそう言われる人は、居るような居ないような……いる、ような……」

その歯切れの悪い、しかし明らかに肯定の響きを持った答え。それを聞き逃さなかった者がいた。


「「ええええええええ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」

確かに物理的にはすぐに横にいたが、遥かなたで言い争いをしていたはずの遥の絶叫が部屋中に響き渡った。


「え、誰、誰ー!? 相手誰なん!?」

あかねが目を爛々と輝かせ騒ぎ出す。しかし澪は「ひ・み・つ」とだけ言って、クッションをぎゅっと胸に抱きしめた。


「嘘やろ、澪……! わたしあんたと一日三十八時間は一緒にいるのに! 全く気がつかんかった……!」

遥が本気で嘆く。


「あほ、遥。一日は二十四時間や

栞代が冷静にツッコむ。


「凡人と天才のわたしを一緒にするな」

遥は全く意に介さない。


「よし。まずはあかねくんっ。澪に口を割らせなさい」

「なんだよそれ」

「だめなら、栞代くんにバトンタッチするように。

「は?」

「君たちは尋問が得意そうだ」

「なんだよそれ」

笑い声が部屋に響く。


杏子は自分の不用意な一言がこんな大騒動を巻き起こしてしまったことに真っ青になっていた。


「み、澪……! ご、ごめんなさい! わたし、つい聞いちゃって……!」

「ああ、杏子、気にしないで。いいの、いいの。元々この旅行中に遥には報告しようと思ってたから」


そしてみんなに向って言った。

「黙っててよ」


そう言うと、遥がにやりと笑った。

「ほほう。相手が誰かも言わないのに、黙っててと。すると、これは完全に狂言ですな、栞代捜査官」

「うむ。あかね管理官、どう思います?」

「遥、潜入捜査しなさい」

「どーやんだよ、それ」

笑い声は耐えない。


澪が観念したように言った。

「……分かったよ。じゃあ、言うけど、絶対に、絶対に、秘密だからね」


「「「「「おおおおおっっ!」」」」」


全員の声が揃う。緊張の静寂が一瞬だけ訪れた。澪はいたずらっぽくにこりと笑って言った。


「──杏子のおばあちゃん」「だめーーーーーーーーっっ!」


間髪入れず杏子が絶叫した。だがその声は次の瞬間、部屋中が揺れるほどの全員の大爆笑によってかき消された。

「だって、あんなに美味しいゼリー初めて食べたんだもん」澪が笑ってる。


栞代が杏子の頭をナデナデしながら、

「大丈夫大丈夫」

といいながらも、笑いを抑えきれない。


その時だった。


『──消灯五分前となります』


落ち着いた館内放送の声が響き渡った。


「あっ! やばい! お菓子食べたのに、まだ歯磨いてない!」

遥が、栞代が、あかねが叫ぶ。


「え? お菓子? いつ食べたの?」

澪が、杏子が、まゆが不思議そうに目を丸くして尋ねた。


「え? いや、そこに出てたから普通に」と三人が揃う。


ついさっきまで梅ゼリーやチョコクッキーや飴が賑やかに広がっていたはずのテーブルの上。そこにはもう見事に空になった皿と袋だけが残されていた。

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