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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
340/433

第340話 留守番たちのしゃぶしゃぶ騒動 その2

「さ、上着はこちらへ。席について」

祖母がテキパキと声をかけると、楓が目を輝かせた。

「おばあさま! 台所、手伝わせてください!」


楓は真っ先に台所に飛び込み、つばめと一華もすぐに続いた。つばめは「配膳は私がします」と落ち着いて皿を並べ、一華はスマホを取り出して調理工程の写真を撮りながら「杏子部長に送ります」と報告する。


真映はちゃっかり鍋の中を覗き込み、もう箸を持つ手がうずうずしていた。

「うおお! これが噂の梅ぶたですか! ご隠居、人生で一番美味しい豚しゃぶを食べさせてもらえるんですよね!」


祖父は誇らしげにうなずく。

「ふひひひ、これは美味いぞっ」


台所では、楓が緊張しながらも真剣な顔で豆腐を切っている。祖母が「あんまり薄すぎると崩れるよ」と教えると、楓は「はいっ!」と返事をして丁寧に包丁を入れた。


やがて湯気の上がる鍋を囲み、にぎやかな夕食が始まった。


鍋のふたが外されると同時に、白い湯気が立ち上がり、瞬く間に居間いっぱいに広がった。畳に座る四人の頬を、まるでやさしく撫でるように湯気が包み込み、その奥からは昆布と鰹のだしの豊かな香りがふわりと鼻をくすぐった。


「うわ……」

つばめが、まるで夢でも見ているかのように息を漏らす。


湯の表面に薄く油の輪が広がり、そこに野菜を落とせば「しゃらっ」と小さな音を立てて沈む。白菜の青白さ、ねぎの緑、にんじんの橙色が湯の中で踊り、やがて透き通るように柔らかくなっていく。


祖母が豚肉を箸でひらりと泳がせると、赤みを帯びた肉は瞬く間に淡い桃色へと変わり、最後は絹のように白くなった。そこから立ちのぼるのは、豚の甘やかな香り。脂の匂いはくどさを持たず、出汁の香ばしさと絡み合い、見ているものに、思わず唾を飲み込ませる。

「さ、どうぞ」


「ふーっ。黒豚も美味しいでしょうけど、このしゃぶしゃぶ、今までの人生で一番うまい豚ですよ〜!」

真映が感嘆すると、楓が目を輝かせた。


「これ、うめぶたですか?」

「そうなの。よく分かったわね」

祖母が嬉しそうに答える。


「地元の誇りですよね」

楓はうんうんと頷いた。

「でもほんと、美味しい……。こんなに柔らかいのに脂っこくないなんて」

楓が感心した声で祖母を見ると、祖母は誇らしげに微笑んだ。


つばめが落ち着いた口調で言った。

「地元の人が誇れる食材っていいですね。こうやって囲むと……なんだか"第二の部室"みたい」

祖母は嬉しそうに微笑んだ。


一華がきっぱりと言い切った。

「第二の部室、という表現は正しいと思います。居間の面積から換算しても、弓道部員全員が座れるスペースが確保されています」

真映が「お前はすぐ数値やな!」と突っ込むと、場が和やかに笑いに包まれた。


「牛はやっぱり無理でしたか?ご隠居」

真映が率直に聞くと、祖父に変わって祖母が正直に答えた。


「牛だと、和牛クラスまで行かないと黒豚には太刀打ちできないし……さすがにね」

すると楓がすかさずフォローする。

「黒豚に対抗するなら、豚でよかったんです。これが一番です」


「ま、和牛しゃぶしゃぶは全国優勝した時のご褒美じゃな」

祖父の一言に、食卓はさらに盛り上がった。


楓がふと、しゃぶしゃぶを取り分けながら言った。

「でも、部長がいないとやっぱり寂しいですね。今日の早朝の練習、どうだったんだろ」


真映が胸を張る。

「大丈夫! あの人は宇宙人だから! 一人で射ってても日本代表です!」


祖父が「宇宙人言うな」と笑いながらも、どこか誇らしげな表情を見せる。


つばめは静かに補足した。

「でも、本当にすごいです。私たちが気づかないところまで見抜いてくれて。部長がいないと、練習の空気もまるで違いました」


祖母は「杏子はちょっと、遊びが足らないわよねえ」としみじみと呟いた。


一華が拳を握りしめる。

「いつか解析してみせます」


「そ言えば一華、早朝練習にはさすがに行けなかったんだな」

真映が少し不思議そうな顔をした。

「お前のことだから、絶対にデータ取りにいくと思ったよ」


「間違えられた」

一華がボソッと呟く。

「え?」

全員で一斉に聞き返す。

「朝3時30分に家を出ようとしたら、家出と間違えられて母親に阻止されたんですっっ」

一華は悔しそうだったが、それを聞いた食卓は、大きな笑い声で包まれた。


外は冬の夜気が冴えわたり、窓の向こうでは庭の梅の枝に薄氷がきらりと光っていた。だが、この居間は湯気と笑い声で満たされ、まるで小さな春が訪れたようだった。


食後、祖父は少し名残惜しそうに尋ねた。

「そいえば、今日はみんな自転車じゃろ?」

「はい」


「なら、遅くならんうちに帰りなさい」

「なんか、食事だけ頂いて帰るって、ちょっと申し訳ないです」

楓が申し訳なさそうに言うと、祖父は首を振った。


「いやいや、構わん構わん。十分楽しかった。寒いしな。無理せず帰りなさい」

「じゃ、ご隠居、親分に報告を」

真映がスマホを取り出し、杏子に電話をかけたが、応答はなかった。


「やっぱり親分は今ご飯中ですな」

修学旅行の日程表を確認しながら、真映が祖父に伝える。


「だれが隠居じゃい……さっきから。ま、同じ時間に同じしゃぶしゃぶ食うたと思うと、楽しいもんじゃ」

祖父は満足そうに笑った。


玄関の格子戸を開けると、冷たい風が四人の頬を撫でていく。

祖母は玄関土間に並んだ靴を揃えながら、柔らかい声で言った。


「今日はほんと、ありがとうね。おじいちゃんは杏子がいないとほんと凹むけど……こうして賑やかにしてくれて助かったわ」


楓は履いたブーツの紐をきゅっと締めながら、笑みを浮かべる。

「いえ、こちらこそご馳走になって……。おばあ様のしゃぶしゃぶ、本当に忘れられません」

つばめは静かに深々と頭を下げた。

「おじいさま、おばあさま。私たち、杏子部長を支えられるように頑張ります。また来ますから」


祖父はその言葉にぐっと喉をつまらせ、咳払いをしてからごまかすように笑った。

「みんながこうして顔を見せてくれるだけで、わしは十分幸せじゃ」


一華は冷静な調子で続ける。

「おじいさま。幸せという言葉は定量化できませんが、今日の鍋の消費量は通常の二倍を超えていました。これは幸福の具体的な指標だと思います」

一瞬の沈黙のあと、皆が吹き出した。


最後に真映が、手袋をはめながら真顔で言った。

「ご隠居、安心してください。親分がいない間は、わたしたちが命を張ってお守りますから!」


その言葉に祖母は「そんな危険があるの?」と苦笑し、祖父は目尻を下げて頷いた。


戸口で見送る祖父母に向かって、四人は声を揃える。

「「「今日は、本当にご馳走さまでした! ありがとうございました!!」」」」


元気な声とともに、四人は慌ただしく玄関を出ていった。夜の寒気の中、自転車にまたがりながらも、まだ頬には鍋の温もりが残っていた。


格子戸が閉まる音が響いたあとも、祖父はしばらくその場に立ち尽くしていた。梅の木越しに夜空を見上げ、ぽつりと呟く。


「杏子も、あんな仲間に囲まれて……ほんま、幸せ者じゃなあ」

祖母はそっと祖父の腕に自分の手を添えた。


「わたしたちもね。……ほら、風邪ひくわよ」


二人の背後では、まだしゃぶしゃぶの湯気と香りが、ほのかに家の温もりを残していた。居間の柱時計が夜の静寂の中で時を刻み、明日もまた、この家に笑い声が響くことを静かに告げていた。

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