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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
338/432

第338話 黒豚しゃぶしゃぶと、友情の作戦会議』

午後六時前。

一行が泊まるホテルの広々とした和室。畳の清々しいい草の香りが、旅の疲れを優しく癒してくれる。窓の外に広がる市内の夜景は、まるで宝石箱をひっくり返したかのように、きらきらと輝き始めていた。その遥か向こうには雄大な桜島が、夜の闇にどっしりと、そのシルエットを浮かび上がらせている。


着替えを終えた少女たちは、思い思いに畳の上に寝転がり、その、穏やかな時間を満喫していた。

その時、杏子のスマートフォンが、ぶるり、と短く震えた。

「あっ、一華からだ」

画面に表示されたのは、留守を預かる、光田高校弓道部一華からの定時報告だった。


〈【定時報告】部長、今日の練習の様子、記録を、お送ります。3人なので、時間は短いですが、いつもの倍ほど矢数はあります。時間帯によって的中率に差がありますので、全体と、細かい時間帯に分けて算出しました。このあと、それぞれ、一番的中率がいい時の映像と、低いときの映像を送ります〉


その異様なまでの熱量に、テニス部の遥と澪は、完全に度肝を抜かれている。

「……すげえな、弓道部。杏子、毎日こんな報告が届くのか?」

「うん、そうだよ」

杏子が、こともなげに答えると、まゆが静かに続けた。

「わたしの方には、一華ちゃんから、もっと詳細な、生体データとの相関分析レポートが届くことになってる。もう少し時間が経ってからからだけど」

「「…………」」

遥と澪が言葉を失い、栞代とあかねに視線を送る。だが、二人は涼しい顔でお茶をすすっているだけだった。これが、現状の光田高校弓道部の通常運転なのである。


遥は、しばらく考え込んだ後、杏子に向き直った。その口調は、先ほどの雑談とは打って変わり、完全に全国を狙うアスリートのそれだった。

「……なあ、杏子。その、一華って子、ちょっと、うちのテニス部に貸してくれんか?」

「だーめっ!」


その、食い気味の素早い返答。杏子の口から、これほど、強く、そして、 まるでちっちゃい子が宝物を守るような強い言葉が飛び出すのを、栞代たちは、初めて聞いたかもしれない。弓道部組からは、どっと、笑いが起きた。

杏子らしいな。栞代が笑いながら、遥に忠告する。

「言っとくけどな、遥。一華は、ただのデータオタクじゃないぞ。一華は、人の気持ちとか、そういう非合理的なものを、一切、計算に入れないからな。まゆの、この、優しい『通訳』がなくて、あいつの分析結果を直接聞いてたら、部員が何人か死ぬぞ」


「でも、連絡受けてる、あんたらの部長はニコニコしてるじゃないか」

遥が、まだ、食い下がる。

「杏子は、完璧超人、宇宙人だからだよ」

あかねが、こともなげに、そう応えた。「多分、一華の分析も、杏子には通じてないと思う。まゆが側にいなかったら、わたし、とっくに、十回は死んでるよ」


「いや、さすがに、杏子の実績は知ってるけどな。……でも、考えたら澪も似たようなもんか。こいつ、にっこり黙ったまま、平気で、人の心を、的確に刺してくるタイプだからなあ」

遥が、そう言って相棒の澪を笑う。

「ちょっと、遥。めちゃくちゃなこと、言わないでよ」

澪は、そう抗議しながらも、表情は少しも怒ってはいなかった。


部屋全体が、温かい笑いに包まれた、その時。セットしていたタイマーが鳴り、夕食の時間が、告げられた。


ホテルの大広間の、大きな襖が、ゆっくりと開かれた、その瞬間。

ごう、という音と共に、湯気と、香ばしい出汁の匂いが、一気に、廊下へと溢れ出してきた。

「「「わあああああっっ!」」」

廊下に待機していた修学旅行生の一団から、歓声とも悲鳴ともつかない喜びの声が、上がる

広々とした畳の上に、ずらりと並べられた、数十のテーブル。その中央には、それぞれ、大きな鍋が鎮座し、ぐつぐつと幸せの音を立てていた。澄んだ出汁の中で、新鮮な野菜と、薄紅色の美しい黒豚の脂身が、きらきらと、光っている。


「黒豚しゃぶしゃぶ……! テレビの写真でしか見たことありません……!」

まゆが目を丸くする。

「やばい……。これ、絶対に、美味しいやつやん……」

あかねは、すでに箸を固く握りしめ、今にも、鍋に飛び込まんばかりの勢いだ。

「落ち着け、あかね。まだ、戦闘開始の号令は出てへん」

栞代が、冷静に制したが、当の本人の目もまた、すでに獲物を狙う虎のように、ぎらぎらと輝いていた。


「では、みなさん、準備はよろしいですか。──いただきます!」

学年主任のその声が響き渡ったその瞬間。

テーブルのあちこちで、一斉に箸が伸びた。


「杏子、これね、先に白菜とかの野菜から入れるんだよ。そうすると、出汁に野菜の甘みが出るんだよ」

澪が、トングで白菜を丁寧に鍋に沈めていく。

「ありがとう、澪」

杏子は、素直にそう言って笑った。


「いやいやいや! 戦はいつだって肉からやろ! 肉を先に行かんでどうするん!」

遥がすかさず、大皿に乗った美しい薄切りの黒豚を、一枚、ひらりと持ち上げ鍋に、しゃぶっと、数回くぐらせた。

「ちょ、遥! まだ、早いって! ちゃんと出汁が煮立ってからの方が、美味しいんやって!」

あかねが抗議の声を上げる。


「理屈より行動や! これやから弓道部は。悠長なもんやのう!」

遥は、どや顔でその肉を特製のタレにさっとつけて、口に放り込んだ。

「んんっ、まっ! ……はい、勝った!」

「……お前はいったい、何に勝ったんや……」

栞代が、心底、呆れたように呟いた。


一方、杏子たちは、黙々と、それぞれの器に野菜を取り分けている。

「杏子、しゃぶしゃぶはね、こうやって、一枚ずつ、丁寧に……」

澪が真剣な顔で、杏子に指南している。その微笑ましい光景を見て、まゆは、くすくすと笑いを漏らした。

「わかるわかる。杏子って、世話を焼きたくなるのよねえ」


まゆは続ける。

「同じテニス部でダブルスのパートナーなのに、遥と澪って、全然、タイプが違うんだね。……逆に、だから、仲がいいのかな?」

「いえ、まゆ。最初は、すっごく仲が悪かったんですよ、私たち」

澪がそう言って、悪戯っぽく笑った。


穏やかなその横では、あかねと遥が、鍋の支配権を巡って熾烈な戦いを繰り広げている。

「お前、肉、入れすぎやろ!」

「早いもん勝ちや! テニスと一緒! 相手の隙を突くんや! お前らは正々堂々とかいう寝言を言うて、一生、野菜でも食っとけ!」

「なんちゅう、ガラの悪さや、こいつ……! 遥は、ちょっと弓道部に体験入部して、精神修養から、人生やり直した方がええで!」

「はっ! この肉全部食うたらな!」

二人が言い合いを続けている隙に、栞代は黙々と口に肉を運んでいる。

「お前、それのどこが正々堂々やねんっ」遥が怒る。


その、あまりにもレベルの低い、しかし、どこまでも楽しそうな言い合い。横では、杏子、まゆ、澪が、ただ、笑っている。この光景は、どうやら、修学旅行中の、恒例行事と、なりそうだ。


やがて、お腹も十分に満たされ、デザートの甘いさつまいもプリンが配られるころ。杏子は、ふと、鍋の残りを見つめて、小さく呟いた。

「あ、まだ、少し、残ってるよ」

「遥、まだ、行けるやろ?」

栞代が、そう、水を向ける。

「ふん。もう、腹一杯や。この残りは、動きのトロい、弓道部に譲ったるわ」

「いっとくけどな、ゆっくり、よく噛んで食べるのが、一番、健康にええんやからな!」

あかねが、そう言い返しながら、鍋に残っていた、最後の肉と野菜を綺麗に、さらう。


鍋の底から最後まで立ち上っていた温かい湯気の香りは、六人の少女たちの距離を、ぐっと、近づけていた。

食事が終わった班から、部屋に戻っていく中、杏子の班は、最後の方まで、その場に残り、ゆっくりと、その時間を楽しんでいた。

杏子、まゆ、澪が、のんびりと、デザートを食べているのを、栞代、あかね、遥が、どこか、優しい眼差しで、眺めている。

「あ、ごめん、急ぐね」

三人が、声を揃えると、

「ええよ、ゆっくりで。誰も慌てとらんから。あわてて喉に詰まらせるなよ。ま、プリンは喉に詰まらんか」

残りの三人が、笑顔で、応える。

「「「慣れてるって」」」

目を合わせて、六人は、笑った。

「班長会議までは、まだ余裕あるしな。なんなら、消灯時間まで、ここでゆっくり、食べとって、ええんやで」

「それじゃ、真っ暗闇の中で、歯磨きしなきゃだね」


六人の笑い声が、誰もいなくなった、広い、広い、宴会場に、いつまでも、温かく響き渡っていた。


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