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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
336/432

第336話 旅立ちの朝と、若頭からの密命

午前五時すぎ、まだ星がまたたく深い夜空の下、学校の正門付近に設置された街灯が、薄いオレンジ色の光を投げかけている。東の空にはわずかに薄明の兆しが見え始めているが、まだまだ暗闇が支配する時間帯だった 。


学校の正門前は、修学旅行へと旅立つ生徒たちを乗せた大型バスと、それを見送りに来た保護者たちの車で、すでに、ごった返していた。

正門までは、まだ、少し距離がある。しかし、長く続く車の列の中で、杏子の祖父が運転する車は、ぴたりと、動かなくなってしまった。


「……じゃあ、オレ、先、降りてるわ」

栞代が大きな荷物を抱え、後部座席のドアを開ける。杏子は、車に残る祖父に向き直った。

「おじいちゃん、いつもありがとう。わたし、行ってくるね。……すぐに、帰ってくるから」

そして、一息ついて、昨夜、祖母に、こっそりと耳打ちされた、あの「魔法の言葉」を付け加えた。

「……わたしがいない間、おばあちゃんのこと、お願いね」


その一言は、絶大な効果を発揮した。

「行かないでくれえぇぇぇっっ!」

と、喉から出かかっていた、いつもの、あの情けない言葉は、孫娘から託された「留守を預かる家長」という、重大な責務の前に、見事に封印された。

「お、おお……。うむ。ま、任せておけっ!」

祖父は、寂しさを無理やり、威厳という名の鎧の中に押し込め、力強く、そう頷いた。


次々と、後ろからやってくる車に促され、祖父は、しぶしぶといった感じで車を自宅へと向けた。


校門へと、杏子と栞代が、並んで歩いていると。

「親分! おはようございます!」

元気な、そして、どこか時代がかった声が掛かった。真映だった。

「お前、こんな朝早くから、何してんだ?」

栞代が驚いて声をかける。

「親分、そして若頭。お見送りに馳せ参じました。どうか、この三泊四日のお務め、つつがなく果たしてきておくんなまし」

その、あまりにも大げさな物言いに、栞代は、こめかみを押さえて、頭を抱えた。

「……お務め、って。お前、言葉の使い方が、根本的に間違ってるぞ」


「お二人がご不在の間、この光田高校弓道部『組』のことは、一切、ご心配なさらずとも大丈夫です! お二人のご恩は決して忘れず、我ら、若い衆一同、何年掛かろうとも、このお留守を、お守りいたしやす……! 痛てっ!」


真映の、その、感動的な(?)演説の途中で、後ろから、ぱしっ、と、乾いた音がした。あかねだった。

「留守にしてんのは、たったの四日間じゃ!おまえ、さっき自分でも言ってたやろ」

その隣で、まゆが、くすくすと楽しそうに笑っている。


真映の横には、もちろん、楓もいた。

「杏子部長……! 真映の、言葉遣いは、アレですけど……! 留守中も、一華と、つばめと、四人でちゃんと練習してますから! だから、思いっきり楽しんできてください! ……あ、あかねさんも、まゆさんも、お気をつけて! ……そして、栞代先輩! 杏子部長のことを、くれぐれもよろしくお願いいたしますっ!」


「お前ら、ほんま、仲ええなあ」

ひょっこり声をかけてきたのは、男子部員の海棠だった。

「お、これは、海棠の兄貴。くれぐれも、杏子部長のお顔に泥を塗るような不祥事を起こさぬよう、よろしくお願いいたします」

真映が、なぜか上から目線でそう話しかけると、海棠は、すぐに「おい、栞代! こいつ、なんとかしてくれ!」と、助けを求めてきた。


栞代は、その分かりやすい行動に、即座に切り返す。

「なに言ってんだ。どうせ、ソフィアの顔を一目見たくて、オレらに声をかけてきただけだろ」

「ば、ばかっ! なにを言ってんだ、お前は!」

真っ赤になったその顔には、額に「図星です」と、はっきりと、書いてあった。


まさに、その瞬間だった。

「おはよう。みんな、早いね」

ソフィアと、紬が、二人一緒にやってきた。

「ほれっ」

栞代は、海棠の背中を、ぽん、と押す。(……こりゃ、修学旅行中、意外と気を抜けねえのかもしれないな)

栞代は、楓と話している杏子を見て、そんなことをぼんやりと、思った。


「杏子部長〜……。行かないで〜……」

冗談なのか本気なのか、分からない絶妙な温度で、楓が、杏子の制服の袖を、きゅっと掴む。

そんな楓に、栞代が呟く。

「杏子のジ・・・・おじいちゃんのとこ行って、杏子の話で盛り上がっとけ。って、いや、これ意外といいかもな」

栞代は、杏子が両親と旅行に行っているあいだ、つぐみと杏子の家に遊びに行ったことを思い出した。


「真映」

「はいっ! なんでございましょう、若頭!」

間髪入れずに返事をする真映。その反応の速さに、栞代は驚いた。

「……その返事の速さには、ほんと、感心するわ」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん、でございます」

「任侠かアニメか、態度どっちかにしてくれ」

「硬軟、取り混ぜてこその、真映流でございますので」

「ま、ええわ。真映。お前さ、楓連れて、練習が終わったら、杏子の家に遊びに行け」

「は?」

「なんなら、一華も、つばめも連れて、四人全員で行ってもええから」

「はあ」

「あのジ……おじいさま、一人だと寂しがって、油断したら、旅行先まで追いかけてきそうだ。お前らが遊びに来てくれるってなったら、気も紛れるだろ」


その若頭からの「密命」。その真意を、真映は一瞬で理解した。

「……若頭。お留守のことは、この、"疾風の真映"に、お任せくだせえ。そろそろ、あの、宇宙人2号(杏子の祖父)と、きっちり、決着を付ける必要があると感じていたところで、ございます」

「ま、それは好きにしたらええから。とにかく、頼んだからな」

「御意!」


楓は、そのやり取りを目をぱちくりさせながら聞いていた。

「……あの、部長。わたくし、お邪魔しても、よろしいのでしょうか?」

「うん。よろしいです。おじいちゃんのこと、お願いね」

「は、はひっ!」

楓は、あまりにも幸せな任務に、嬉しさを隠しきれない。

まゆが、その楓に向かって「よかったね」と、優しく声をかけた。


「ほら、お前ら! そろそろ、集合時間やぞ! 行こ!」

あかねが全員に声をかけ、まゆの車椅子を押した。そして、真映に向かって釘を刺す。

「あんまり、羽目、外しすぎんなよ」

「大丈夫ですよ、アネキ〜」

ケラケラと笑っている真映に、栞代が、鋭い睨みを効かすと、それに気がついた真映は、

「……若頭。全てお任せください」

と、また、わざとらしい仰々しさで、言った。


「……来年が、ほんまに心配やな、栞代」

「まったくだ」

栞代とあかねが、深いため息をつく。

「なあ、紬」

「それは、わたしの課題ではありません」


やがて、二年生たちはバスに乗り込んだ。

徒歩で見送りに来た父兄たち。そして、その中に混じって、いつまでも手を振っている、たった二人の後輩たち。

その姿に見送られ、バスは空港へと向かって、ゆっくりと出発した。


道中、同級生たちは、これから始まる旅への興奮で、賑やかだった。

だがその中で、杏子と栞代の二人は、席に座るや否や、すぐに深い眠りに落ちていた。


「……杏子、今日、朝早くから、中田先生のところで練習してたんだね」

「朝早くっていうか、もう真夜中だよな」

前の席から、まゆとあかねが、二人を振り返って話す。

あかねは、その、すやすやと眠る寝顔を見て、呆れたように呟いた。

「ほんっとに、弓が無ければ生きていかれへんのやろか、杏子は」

「一緒に付き合ってる栞代も大変だね」


その時、二人は、杏子のカバンに付けられた、小さなキーホルダーに気がついた。

栞代が先日、お守りだと言ってプレゼントした、あの、弓と矢のキーホルダー。

それを見て、あかねとまゆは、顔を見合わせると、「……まあ、これで大丈夫でしょ」と、静かに、笑い合った。

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