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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
331/432

第331話 届かない手紙と、曲げられない意志

マラソン大会という名の「苦行」を終えたその日の放課後も、光田高校弓道部の日常は、いつも通りに 流れていた。

ただ一つ、いつもと違ったのは、練習前のランニングが、いつもの半分に短縮されたことだった。


「おやかたぁ〜……。親分がさっき、『今日はランニングは無し』って、言ってましたよ。ねぇ……?」

準備運動をしながら、真映が、この世の終わりのような声で、必死に訴える。

「半分に減ったんだから、良かったじゃないか」

涼しい顔で、栞代が、その訴えを、一刀両断にする。

「うう……。若頭も、宇宙人といつも一緒にいるから、だんだん、宇宙人になりつつありますよ……親方だけは地球人で居てくださいよおお」

拓哉コーチにぶつぶつと文句を言う真映に、栞代は、満足げに答えた。

「いや、今日のマラソンさ、射型変更に伴って、重点的に行ってきた走り込みの成果が、はっきり出たからな。身体が、軽い。そう言う意味では、杏子のおかげ、かな」


栞代は球技大会で負けた因縁のハンドボール部部長に勝っての3位に、かなりのご機嫌だった。


今日の練習を一番喜んでいるのは、間違いなく一華だった。

「これだけ、全員の体力が削られた後の練習データは、なかなか取れるものではありません。今日の練習は、今後の分析において、本当に、大きな意味を持ちますよっ!」

その、嬉々とした声を聞きながら、杏子は、ふと、弓を始めたばかりの頃、祖父に言われた言葉を思い出していた。

(『ええか、ぱみゅ子。疲れてからが、本当の実力じゃ。元気な時は、身体が、無意識に、悪い癖を修正したりする。じゃが、本当に疲れたら、もう、素の力しか出せんのじゃ』)


とはいえ、あまりに疲れ切っているのも問題だ。その日の練習後、拓哉コーチは、「今日は、絶対に居残り練習は禁止だ」と、固く釘を刺した。杏子は、相も変わらず、平然としていたが、さすがに、部員達の的中率は、普段より確実に落ちていたし、練習が進に連れてそれは顕著になった。

一華も、「もう、十分すぎるほどのデータは取れましたので」と、満足げだった。「部長が宇宙人の粋すら越えようとしていることも分りました」と付け加えた。


練習後。杏子は、おもむろに言った。

「ねえ、みんな。時間があるから、もう一度、神社に行かない? 冴子部長たち三年生の合格祈願」

「行ける人だけで、いいんだけど……」と、杏子は、一応、付け加える。

「親分っ!」

真映が、即座にツッコんだ。「親分がそう言うと、それはもう、『全員で行くぞ』っていう、命令なんですよ!」


『合格しますように』ではない。『持っている力の全てを、発揮できますように』。

三年生の先輩たちを、心から信頼しているからこそ、弓道部員たちは、そう、強く、願った。


その、帰り道だった。

神社の境内から続く、長い石段を下りながら、杏子は、意を決したように、隣を歩く栞代に、ぽつりと、打ち明けた。

「……ねえ、栞代。わたし、今度の修学旅行、辞めようかなあって、思ってるの」

「……えっ?」


修学旅行。それは、高校生活の中でも、一、二を争う特別なイベント。体調不良ならまだしも、それを、自ら辞退する、と。

「親分! わたしと、離れたくない気持ちは、痛いほど分かります! わたしも、一日たりとも、親分のお側を離れたくはありません! しかし、この世は無情です! どうか、わたしの分まで、楽しんできてください!」

真映が、いつものように茶化す。だが、栞代は、笑えなかった。

(……やっぱり、な)

心のどこかで、ずっと、危惧していたことだった。

三泊四日。その間、全く、弓に触れることができない。それは、今の杏子にとって、想像を絶する、苦痛に違いないのだ。


だが、実は、栞代には、一つの希望があった。

今回の修学旅行の行き先は、煌南地方の桜火嶺。

そこには、あの、篠宮かぐや率いる、強豪、鳴弦館高校がある。旅行日程の中には、半日、班ごとの自由時間があった。


その時に、鳴弦館高校を訪問し、練習をさせてもらえないだろうか。

相手は、あの、気まぐれな女王、篠宮かぐや。だが、彼女は、杏子のことを気に入っているはずだ。きっと、力を貸してくれるに違いない。

そう考えた栞代は、杏子に報告する前に、一足先に、行動を起こしていた。


まずは、篠宮かぐやの実家の住所に、一通の手紙を送った。しかし、返事はない。

それもそのはず。かぐやは、実家である、伝統流派・黒曜練弓流からは、形式上、破門されている身。その手紙は、すぐには、彼女の元には届かなかったのだ。


痺れを切らした栞代は、次に、拓哉コーチに相談した。事情を聞いたコーチは、滝本顧問に、滝本顧問は、光田高校の、大庭校長に、その話を通した。

大庭校長は、自身の赴任中に弓道部が、これほどの目覚ましい結果を出していることに、目を細めている。いわば、弓道部には、甘い。彼は、即座に、鳴弦館高校の久住校長宛に、正式な練習依頼の書簡を送ってくれた。


そして、奇跡は、起こる。

鳴弦館高校の久住校長の元に、光田高校からの正式な書簡が届いた、まさにその日。寮に転送されてきた、栞代からの手紙を読んだ、かぐやも、東雲監督と共に、校長室を訪れたのだ。

二つの、同じ願い。久住校長もまた、弓の道を志した人間だった。その熱意を、無下にすることは、なかった。


そして、その許可証が、拓哉コーチの元に届いたのが、まさに、このマラソン大会の日の、午後だったのである。

だが、その連絡が栞代に届く前に、杏子自身が、不参加を、口にしてしまった。


その日、杏子の家のリビングは、緊急会議のような様相を呈していた。

テーブルを囲んで、杏子、栞代、そして、祖父母。弓道部のメンバーも、全員が心配して揃っている。


「杏子ちゃん」

祖母が、お茶を置きながら、優しく、諭すように言った。

「弓道も、もちろん大事よ。でもね、高校生活は、弓道だけじゃないの。修学旅行は、高校生の時にしか体験できない、大切な思い出になるわ」

祖父も、腕を組み、うんうんと、大きく頷く。

「そうじゃ、ぱみゅ子。わしなんか、修学旅行で、夜中にこっそり食った、ラーメンの味、いまだに、忘れとらんからのう。……それに、徹夜して、女の子と、いろんな話をしたのも、楽しかったなあ。あの子、元気にやっとるかなあ」

「あら。そんな話、わたし、初めて聞きましたけど?」

祖母の、静かなツッコミに、部屋の空気が少し緩んだ。


しかし──肝心の杏子は、膝の上で、固く手を組んだまま、静かに微笑んでいるだけだった。その笑顔は、決して、崩れない。そして、その心も、ちっともぶれてはいなかった。


「……わたし、やっぱり行かない。だって、四日間も弓を引けないなんて……絶対に、いや」

その、あまりにも純粋で、しかし、あまりにも頑固な言葉に、栞代は、これから始まる、長い、長い、説得を覚悟した。

頑固だからなあ、こいつ。いや、幼稚園児のわがままというか。



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