表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
330/433

第330話 冬空のマラソンと、宇宙人のペース配分

修学旅行を目前に控えた、冬の朝。

校内は、どこか浮き立つような、それでいて落ち着かない空気に包まれていた。だが、その胸躍る大イベントの前には──光田高校に古くから伝わる、「最後の苦行」とも言うべき伝統行事が、生徒たちを待ち構えている。

一・二学年合同、全校を挙げてのマラソン大会。旅行前の楽しい気分を、一度、きりりと引き締めるための、いわば「最後の壁」であった。


吐く息が、白い雲となって広がる、だだっ広い校庭。学年ごとに整列した生徒たちが、掛け声に合わせて、入念に準備運動を行っている。弓道部の面々もまた、それぞれのクラスに散らばりつつも、遠くの仲間と目を合わせては、ニヤリと笑ったり、健闘を祈るように拳を突き上げたりしていた。


コースは、近辺の公園の周りを走る、一周四キロのトリムコース。男子は三周十二キロ、女子は二周八キロ。その、言葉にするだけで眩暈がしそうな数字が、冬の空気に重くのしかかる。


やがて、全員がスタートラインに並んだ。緊張と、諦めと、ほんの少しの闘志が、入り混じった空気。


「位置について──よーい……!」


乾いた号砲の音が、冬空に響き渡った。

その瞬間、静寂は破られた。地鳴りのような靴音と、砂煙。生徒たちの大集団が、一つの生き物のように、一斉に駆け出した。


その中で、栞代の走りは、ひときわ軽快だった。

「よし」

かつて、バスケットボールのコートを縦横無尽に駆け巡った脚力は、少しも衰えていない。呼吸は、最初から最後まで、ほとんど乱れることがない。リズミカルに地面を蹴り、滑るように前へ、前へ。やがて、陸上部のエースたちが形成する先頭集団に、いとも簡単に食らいつき、そのまま、涼しい顔で、3位のゴールテープを切った。


その、少しだけ後ろ。熾烈なデッドヒートを繰り広げていたのは、ソフィアとあかねだった。

二人は、一周目から、まるで互いの影であるかのように、ぴたりと並走を続けていた。

「はぁっ……はぁっ……! "No jopas, sä oot aika kova!" "Hey, you're pretty good at this!" あんた、なかなか、やるやん!」

「ソフィア……あなたこそ……!」

互いに、絶対に譲らない。ライバルとして、友人として、相手の強さを認め合っているからこそ、負けたくない。最後の直線、長いストライドを活かしたソフィアが、ぐん、と前に出る。あかねも、最後の力を振り絞って食らいつく。結果は、ほんのわずかな差。ソフィアが9位、あかねが10位。二人は、ゴールした瞬間、どちらからともなく、互いの肩を支え合った。息は上がっていたが、その表情には、全力を出し切った者だけが浮かべることのできる、爽快な笑みが浮かんでいた。

「くそーっ! 胸はわたしの方が、前に出とるはずやのにっ!」

あかねの、物理法則を無視した、不思議な負け惜しみが、ゴール地点の笑いを誘った。


そして、我らが部長、杏子は、相も変わらず浮世離れしていた。

「……ふぅ……すぅ……」

彼女は、周りの喧騒や、順位など、一切気にする様子もなく、ただ淡々と、自らの呼吸と、足の運びだけに、意識を集中させていた。まるで、弓を引く時のように、その背筋は、すっと伸び、美しい姿勢は、最後まで少しも崩れない。競争心というものは、彼女の中に存在しない。

だが、その無駄のない、完璧なまでのエネルギー効率で走る彼女は、気づけば、常に上位集団の中に、紛れ込んでいる。そして、そのまま、涼しい顔で、19位でゴール。全国の頂点を狙う、トップアスリートとしての、静かな意地を見せつけた順位だった。


真映は、というと──。

「おやかたぁぁぁ〜〜っ! この真映が、お側でお守りいたしますぞぉぉぉっ!」

スタートの号砲と共に、百メートル走のような全力疾走。その目標は、ただ一人、杏子の背中。

二周目に入っても、その勢いは衰えない。ぜえぜえと息を切らし、汗で濡れた前髪が、額に張り付く。歯を食いしばり、ただ、ひたすらに、前の親分を追い続ける。

「ぐ……ぐぬぬ……!」

あと、数メートル。杏子の背中が、すぐ、手の届きそうな距離にある。

だが、最後の直線──杏子は、決して、ペースを崩さない。弓を引く時と、全く同じ。淡々とした呼吸と、美しい姿勢のまま、静かに、ゴールラインを駆け抜けていった。

真映は、その背中に、全力で食らいつきながらも、ほんのわずかに、届かず──24位。

ゴールした直後、その場に膝から崩れ落ち、ぜえぜえと、荒い呼吸を繰り返しながらも、その表情は、満足げだった。

「……ちくしょう。やっぱり、部長は、宇宙人や……。ここは地球のはずやのに……」

その、笑い混じりの呟きに、先にゴールしていた仲間たちが、どっと笑った。


楓は、当初の作戦通り、杏子に、ぴったりとついて走ろうとした。

「はぁ……はぁ……! 杏子部長、お、お待ちください……!」

しかし、その愛の力は、残念ながら、一周も、もたなかった。徐々に離されていき、結果は、37位。それでも、「一周近くも、部長と、一緒に走れただけで、わたしは、幸せです……!」と、満面の笑みを見せるその姿に、栞代は、やれやれと、頭を抱えるしかなかった。


つばめは、終始、完璧なまでのマイペースだった。

「……うん。この、リズムで……」

周囲のペースの乱れに、一切惑わされることなく、自分の心臓の音だけを聞き、淡々と、しかし、着実に走り切って、43位。本人は、満足げに、小さく微笑んだ。


紬は「体育は平均点」というタイプそのまま。淡々と走って71位。ゴール後に「まあ、これで十分です」とぼそり。


そして、最後は、我らがアナリスト、一華。

「……一定のペース、一定の呼吸。心拍数の上昇も、許容範囲内。……理論通りに……」

彼女のレースプランは、完璧だった。だが、その完璧な理論を遂行するための、根本的な走力が、足りていなかった。結果は、135位。それでも、ゴールした彼女は、息を切らしながらも、胸を張って、こう言った。

「……計算通りです。これが、今の、わたしのベストです」


結果発表の後、弓道部の面々は、互いの健闘を、心から讃えあった。

修学旅行を前に、身体は、鉛のように疲れていた。けれど、その心は、どこまでも、晴れやかだった。

杏子は、冬の、どこまでも高い空を見上げながら、ぽつりと、呟いた。


「……今日は、部活のランニングは、無し、だね」


その、あまりにも当然の、しかし、彼女が言うと、どこか面白い一言に、栞代が、噴き出した。

「うちの親分は、走っても、やっぱり宇宙人やった!」

真映が、早くも復活して、そう騒ぎ、

「次は、絶対に、負けへんからな!」

ソフィアとあかねが、互いに、再び、火花を散らした。


旅行前の、あの、ちょっぴり憂鬱だった「苦しい壁」は、いつの間にか、彼女たちの笑い声と、さらに強くなった絆へと、その姿を変えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ