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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
329/433

第329話 千羽の祈りと、十点上がる紅茶

瑠月へ、あの嵐のような一夜で折り上げた千羽鶴を渡した後も、彼女たちの「恩返し」は、まだ終わってはいなかった。前部長の三納冴子と、松島沙月。引退した、かけがえのない三年生の先輩たちのための鶴が、まだ、残っている。


引退した先輩は、引退すれば、すぐに受験という大きな戦いへと向かう。本来ならば、邪魔にならないよう、もっと早くに渡すべきだったのだ。しかし、光田高校弓道部は、すぐさま全国選抜大会に向けての猛練習に没頭し、日々のことで、頭がいっぱいだった。

そして、年が明け、杏子があの三連休に、栞代から「共通テストが来週だ」と教えられるまで、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。


あの、強制休日の三連休。杏子の家に、弓道部員が全員集合し、瑠月のために、一日で千羽の鶴を折り上げた。だが、冴子さんと沙月さんの分は、さすがに間に合わなかった。二人は、大学の一般入試に挑むため、受験日は、もう少しだけ、後。だから、少しだけ後回しになってしまった。

その日を境に、光田高校弓道部は、昼休みや、練習後のわずかな時間、そして帰宅後には、色とりどりの折り紙が、当たり前のように広げられるようになった。


自宅に持ち帰り、宿題の合間に、こつこつと折り続ける。

当初は、「これは、わたしたち現役部員だけで」という、少しだけ意地のような空気があった。けれど、ある夜、杏子の家で、栞代と二人、テレビを見ながら鶴を折っていると、隣で、祖母が、静かに、同じように折り紙を折り始めたのだ。

「おばあちゃん?」

「……あの子たちの合格を、一緒に祈ってもいいでしょう?」

その、優しく、そして、当たり前のような一言。

「だって、わたしにとっても家族と一緒。おじいちゃんを止めてくれたしね」

そういって微笑んだ。


その日から、無理のない範囲で、部員たちの家族も、その「祈りの輪」に、加わることになった。


そのおかげもあり、驚くほど早く、さらに二束の、色鮮やかな千羽鶴が、完成した。


週末の練習が終わった後、いよいよ、その想いを届ける時が来た。

まずは、前部長、冴子さんの家へ。杏子、栞代、そして、冴子さんを慕う、あかねとまゆの四人が、その役目を担った。


「……冴子部長。これ、弓道部、全員からです」

玄関先で、杏子が、ずっしりと重い千羽鶴の束を、そっと差し出す。

少し勉強に疲れた顔をしていた冴子は、その鮮やかな色彩の奔流に、目を丸くした。

「……おいおい。お前ら、こんなもん折る時間があったら、一本でも多く、弓を引けばいいのに」

その、ぶっきらぼうな言葉。しかし、その声は、隠しきれない優しさと温かさがあった。

「部長。弓を引きながらも、毎日、合格を祈ってたんですけど……やっぱり、形にした方が、気持ちが、もっと届くかなって、思って」

「嘘つけ。どうせ杏子は、弓引いてる時、姿勢のことしか考えてないだろ。……部長になって、少しは、嘘もつけるようになったんだな、栞代」

「ははっ。杏子も、部長になって、結構、苦労してるんですよ、これが」

「それに、真映が、もー、ほんっとに、毎日、迷惑ばっかりかける奴でして!」

あかねがそう付け加えると、冴子は、とうとう、堪えきれずに、大きな声で笑い出した。


「冴子部長、ラストスパート、頑張ってください」まゆがそう言うと、冴子が応えた。

「まゆも、ずいぶん、声がはっきりと出るようになったな。選手とマネージャーの兼任で、しかも、相棒は、あの一華だろ? あいつ、悪気はないんだろうけど、言葉の選び方を知らんから、大変じゃないか?」

その、後輩を深く気遣う言葉。栞代は、先日、一華が杏子に食ってかかった、あの日の出来事を、ふと思い出していた。

杏子は、その空気を変えるように、ぱっと、顔を上げた。

「あ、そうだ! 先日、うちのおじいちゃんを止めてくださったそうで……。本当に、ありがとうございました」

「ああ、うん。話には聞いてたけど、杏子のことになると、我を忘れるっていうのは、本当だったんだな」

「本当に、すいません……。あの、これ、そのおじいちゃんからです」

杏子は、持っていたもう一つの手提げ袋から、紅茶の入ったポットを、冴子に渡した。

「おっ。出たな、噂の、『十点アップする紅茶』」

「えっ!? 冴子さん、どうして、それを!?」

「ああ、あの時、杏子の家までおじいさんを送って行った時に、ご馳走になったんだよ。……これで、合計二十点アップか。ははっ、合格、間違いなしだな」

冴子は、そう言って、心底、楽しそうに笑った。



次に、沙月の家へ。今度は、杏子、栞代、ソフィア、そして、紬が、その玄関先に立っていた。


「沙月さん、これ、弓道部全員からです」

「うおっ! マジか! すごいな! ……あー、でも、なんか、申し訳ないな。去年、わたしたち、花音部長に何もしてあげられなかったからなあ。悪いことしたわ。……ま、でも、花音部長、無事に合格したから、ま、いっか!」

沙月は、いつも通り、カラッとして、豪快に笑った。


「これで、沙月さんは、もっと余裕で合格できますねっ!」

栞代がそう言うと、沙月は、大げさに顔をしかめてみせた。

「おいおい、栞代、プレッシャーかけるなよ。わたし、プレッシャーに、弱いんだからさあ。もう少し、本番に強ければなあ」

「でも、高校総体と、最後の蓮遥祭では、沙月さんの射、見事だったじゃないですか」

杏子の、心からの言葉だった。


「そうか?」

「はい。すごく力強くて、素晴らしかったです。わたし、また、一緒に弓を引きたいです。沙月さんの弓は、本当に、見ていて、気持ちがいいから」

「……へへっ。杏子に、そう言われると、嬉しいね」

「こいつ、絶対に嘘つけませんからね」

栞代が、茶化すように付け加えた。


「確かにな、弓を握ってないと、中身は、幼稚園児だからなあ。小学生ぐらいにはなれたか?」

沙月のその一言に、全員が、どっと笑う。少しだけ頬を膨らませた杏子は、話を変えた。

「あの、先日、うちのおじいちゃんを、止めてくださって……」

「ああ、あの時な! いやー、すごかったぞ。瑠月さんが、真っ先に立ち上がって、おじいさんの前に立ちはだかったんだ。それで、冴子と一緒に、がっちり、ホールドよ」


「すいません……。あの、これ、おじいちゃんからです」

杏子は、また、別のポットを、沙月に渡した。

「おっ! 出たな、例の点数アップ紅茶!」

「えっ!? 沙月さんも、知ってるんですか!?」

「ああ! あの時は、あまりの美味さに、毎日、これだけ飲みに、杏子の家に行こうかと思ったくらいだったよ」


沙月は、そう言って笑うと、ふと、隣にいた紬に向かって、言った。

「で、紬は、この紅茶、本当に、効き目あると思うか?」

「……それは、わたしの課題ではありません」

いつもの、完璧なタイミングで、紬が、そう返す。

「沙月さん、そのセリフはわたしが言うって決まりなんですけどねえ。そうだろ、ソフィア」

栞代が、すかさず、そう割って入る。

「“Se ei ole minun tehtäväni.”(それはわたしの課題ではありません)」

そして、ソフィアが、流麗なフィンランド語で、それに続いた。


「……おいおい。なんや、今の。めっちゃ、込み入ったコントやなあ……なんかわたしも入ってたやん」

沙月の的確なツッコミに、杏子は、もう、けらけらと、涙を流して笑うしかなかった。



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