第32話 もうすぐ夏休み
やっと終わった。
期末テストの最終日、最後のテストが終わり、私は思わず机に突っ伏して、ほっと一息ついた。瑠月さんが付きっ切りで教えてくれたから、なんとか乗り越えられたけど、高校生ってほんとに勉強が大変だなあ。問題用紙をしまいながら、ぼんやりそんなことを思う。
私はおばあちゃんに似てるって思うんだけど……おじいちゃんは数学が得意で、おばあちゃんは国語が得意。でも実は、おじいちゃんも国語は得意で、その代わり英語が苦手だったらしい。でもおばあちゃんは英語も得意。う~ん、やっぱりおじいちゃんに似たのかなあ。まあ、いっか。
たった今苦労した英語のテストを思い出しながら、そんなことを考えていた。
さて。今からは、また弓の練習だ。全国大会には行けなくなったけど、ブロック大会がある。ブロック大会の団体戦のメダルは絶対に取りたい。おばあちゃんが持っていない「夏のブロック大会」のメダルだから、きっと喜んでくれるだろうな。個人戦では、おばあちゃん、ブロック大会では、金メダルを取っているし、そこは、まあ、いっか。
そんなことを思いながら教室を出ると、廊下で、迎えに来てくれた栞代と丁度鉢合わせした。
「杏子、どうだった?」
「う~ん、まあまあかなあ。栞代は?」
「聞くな、聞くな。」
自分から聞いておいて、そんな言い方ある?と思ったりもしたけど、栞代のわざとらしい険しい表情を見て、口には出さなのが礼儀だなって思った。まあ、いっか。
二人で笑いながら歩いていると、期末テストが終わったという実感が湧いてきた。これで、思いっきり弓に集中できる。二週間後に迫ったブロック大会に向けて頑張らなくっちゃ。
弓道場に着くと、すでに三年生たちが集まっていた。三年生も参加しての練習。普通の弓道部だったら、最初からこんな風景だったんだろうなあ。私たちブロック大会メンバーは、三年生たちと分かれて練習する。妙な対抗心があるようで、冴子さんと沙月さんの気迫がすごい。メンタルトレーニングの効果が一番出てるの、瑠月さんだな。
わたしは、いつも通りに正しい姿勢だけを意識して練習する。あとはただの結果なだけ。狙いを定めるのではなく、ただ「正しい形」を追求する。おばあちゃんの教えを、何回も何回も思い出さなくっちゃ。
つぐみは相変わらず集中してる。個人で全国大会に出場するだけあって、気合が入っている。彼女の目標である雲類鷲麗霞さんも全国に出るのだから、気合も入ろうってもんよね。
団体の練習では、本当に冴子さんと沙月さんの気迫がすごい。けれども、三年生も、今までの遅れを取り戻そうと必死なのは伝わってくる。花音部長も、なんか、貫禄出てきましたね。
試合形式の練習終了後、栞代、紬、あかね、の練習をみると、ゴム弓で練習していた。みんな随分と上手くなってるなあ。もうすぐ巻藁練習だな。そしたら、その次はいよいよ。栞代、紬、あかね、がんばって。そのときには、みんな一緒に矢を射るんだな。合宿のタイミングに合わせてるんだね。
一通りの練習が終わったところで、コーチが、これからの予定を話してくれた。ブロック大会の翌日から、もういきなり合宿に行くんだって。
えっ。2週間も行くのかあ。
おばあちゃんは大丈夫だと思うけど、おじいちゃん、寂しがらないかなあ。合宿所まで来るって言い出すかも。遊びに来ていいのか、コーチにあとで聞こっと。
弓漬けの生活になりそう。でも、それも悪くないな。むしろ楽しみ。
その合宿から、いよいよ一年生も実際に矢を射つことになるみたい。栞代とあかねは派手に喜んでるけど、紬は相変わらずクールだな。これでみんなで弓を射てるな。わたしも楽しみ。
そして合宿明けに、全国大会。みんながんばってね。全国大会が終わったら、学校での集中練習があって、その後はお盆休みが待っている。お盆は基本的には練習はお休みらしいんだけど、練習したい人は学校に来てもいいんだって。
お盆は毎年、お父さんとお母さんが帰ってくるから、楽しみだな。練習どうするかなあ。またみんなで家族会議しなくちゃ。お父さんとお母さんはいつも仲良くて二人でいればそれでいいし、おばあちゃんは一人でもへっちゃらだけど、やっぱりおじいちゃんが心配だな。ほんっと手間がかかるよ。
そんなこと考えてたら、わたしの気持ちが見えたのか、栞代が、練習するなら一緒に行こうって言ってくれた。もちろんっ。でも、予定はちょっと待ってね。
さらに、盆明けには、二次合宿まであるんだって。ほんとに弓漬けだな。
栞代が「勉強はいつするんだよ~」って言ってたけど、ほんとだ。合宿所で、瑠月さん教室が開かれることになりそう。
期末テストは終わり、夏休みが見えてきた。ブロック大会、夏合宿。そして全国大会、は出ないけど応援全力だな――予定はびっしりだけど、なんだか、わくわくしてきたなあ。
夏の日差しが道場に差し込む中、杏子は窓の外を見つめた。今年の夏は特別な夏になりそうだ。ブロック大会でのメダル獲得という目標。みんなと過ごす長い合宿生活。久しぶりに会える両親とのお盆休み。
そして何より、栞代、紬、あかねと一緒に弓の練習ができる。杏子の胸は、期待で少しずつ膨らんでいった。おばあちゃんに教わった「正しい射形」を、今度は栞代たちと一緒に極めていける。
おじいちゃんやおばあちゃんに成長した姿を見せたいし、お父さんやお母さんにも頑張りを伝えたい。そう考えると、なんだかやる気が湧いてくる。
「杏子、どうした?」
栞代の声に、杏子は我に返った。
「ううん、なんでもない。ちょっと夏が楽しみになってきただけ」
「わかる!私も弓、早く引きたくて仕方ないんだ」
二人は顔を見合わせて笑った。道場の外では、蝉の声が響き始めていた。
夏はこれからだ。あれっ。夏休みって宿題あるよね。まあ、いっか。
瑠月さ~~んっっ。
高校生活、最初の夏が始まろうとしていた。