第319話 光田弓矢会、創設秘話
樹神拓哉が、光田高校弓道部の専任コーチとして、あの古びた道場の門をくぐった最初の日から、彼の胸の奥には、一つの確固たる構想があった。
「弓道という伝統の世界に、科学的なアプローチを導入する」
それは、彼自身の半生から生まれた、切実な願いにも似た理想だった。
拓哉は神社の家系に生まれ、物心ついた時から、神事としての弓に触れてきた。そこでは、精神性こそが全てであり、合理性や科学的な分析は、不純物として忌避されることさえあった。その精神論のみを突き詰めた結果、彼は一度、弓の道を見失い、深い袋小路に迷い込んだ経験がある。だからこそ、知っていた。科学的アプローチが全てではない。だが、精神という見えない力と、科学という可視化された力は、必ずや、弓を支える強靭な「両輪」になり得ると。
もちろん、それが若さゆえの理想論であることも、彼は理解していた。ここは潤沢な予算など望むべくもない、地方の公立高校だ。仮に最新の機器を一つ導入できたとて、それを維持し、活用し続けるノウハウがなければ、全ては砂上の楼閣に終わる。
だから、拓哉は焦らなかった。
自分をこの場所に招いてくれた恩師、中田先生。そして、顧問として現場に立つ滝本先生。お二人は、どちらかといえば旧弊の、古き良き時代の価値観の中で弓を極めてこられた方々だ。しかし、同時に、高校生と接していることから、時代の流れを見つめる、驚くべき柔軟性も持ち合わせていた。拓哉は常に彼らと相談し、生徒たちの指導という表舞台は滝本顧問と自分で担い、そして、水面下での組織作りは、中田先生がゆっくりと手伝う。その役割分担は、完璧だった。
まず、やるべきことは一つ。実績を積むこと。
「勝利」という、誰の目にも明らかな成果を示し、光田高校弓道部という存在の価値を、学校にも、地域にも、認めさせねばならない。
その第一弾が、「人材の確保」だった。拓哉は、滝本先生、中田先生と相談し、その目を、全国へと向けた。
そして出会ったのが──小鳥遊つぐみ。
中学全国準優勝という輝かしい実績。その才能に惚れ込み、スカウトとして彼女を口説き落としたことは、拓哉にとっても、指導者としての大きな自信となっていた。女王、雲類鷲麗霞を倒したいという強い想いも、追い風となった。
しかし、その計画は、暗礁に乗り上げる。一年と経たず、つぐみは家庭の事情で、突然、引っ越してしまったのだ。
プロジェクトは、一時停止するかに思えた。
だが、部の歩みは、止まらなかった。それどころか、加速した。
それは、拓哉の、そして中田先生以外の誰もが予期し得なかった、最大の「変数」の存在故だった。
中田先生は、拓哉に、つぐみのことと同時に、もう一つの才能を託していた。いや、もしかしたら、こちらこそが本命だったのかもしれない。
中田先生が、小学生の頃から手塩にかけて育て上げてきた、最高の愛弟子──杏子。
拓哉の想定を遥かに上回るその存在が、つぐみの抜けた穴を埋めるどころか、チーム全体を、逆風を力に変えるかのように、未知の領域へと押し上げていく。
選抜大会三位。そして、高校総体、団体準優勝。
驚くべきことに、この二つの快挙は、どちらも、杏子自身を欠いた状況で成し遂げられたものだった。彼女の、あの静かで、揺るぎない射は、もはや技術を超え、仲間たちの心に火を灯し、勝利へと導く「精神的支柱」そのものと化していた。
そして、杏子も出場した、先の全国選抜大会での、準優勝。
優勝した鳳城高校は、まだ確かに一歩先を行っている。彼女らに追いつき、追い越すために、必要なものは、もう分かっていた。
機は、熟した。
滝本顧問がかつて病に倒れて以降、部の運営が低迷した時期があった。中田先生も拓哉も、「一人の人間の情熱」だけに頼る組織の危うさを、痛感していた。個人の支えだけでは、限界がある。
だからこそ、今度は、「組織」として、あの少年少女たちの輝きを守り、支えなければならない。
中田先生は、これを、自らの弓道指導人生における「やり残した最後の宿題」として、自覚していた。
そこで、ついに動いたのが、卒業生たちだった。
第一次黄金時代──杏子の祖母が在校生だった、あの時代。
その頃から、常に光田高校弓道部を気にかけていた、かつての主将がいた。高階宗一。現在は地元の商工会議所の大物として、その名を知られる男である。
中田先生は、彼のもとへ足を運び、頭を下げた。OBOG会の正式な発足を、願い出たのだ。
名は、「光田弓矢会」。
各世代の主将経験者を中心に、地元に残る者は当然、連絡がつく限りの全ての卒業生の名が、瞬く間に名簿に連なっていった。
その会長に就任したのは、もちろん、高階宗一だった。
厳格で、冗談を嫌う性格。その分、一度「守る」と決めたものに対する信頼感は、絶大なものがある。彼を説得することは、容易ではなかった。
だが、中田先生の真摯な思い。拓哉の理路整然とした未来への構想。そして何より、杏子たちが、今、この瞬間にもたらしている、輝かしい「成果」。その全てが、彼の心を、ついに動かした。
当初のプランでは、このOBOG会が本格的に稼働し、機材導入などの支援体制が整うのは、五年目と見込んでいた。
しかし──二つの、圧倒的な要素が、その計画を、猛烈な勢いで前倒しさせることになる。
一つは、言うまでもなく、杏子という傑出した才能を中心に、今、このチームが、本気で「全国制覇」を狙える、現実的な力を持っていること。
そして、もう一つ。
九一華という、「アナリスト志望」の、とんでもない逸材が入部したことだった。
彼女の存在は、拓哉が、それこそ夢物語として思い描いていた「科学的アプローチ」という構想の、決定的に欠けていた最後のピースを、完璧に埋めるものだった。
拓哉は、再び、高階のもとを訪れた。
「高階会長。今しかありません。部長の杏子を中心に、部が最も輝き、そして、鳳城という大きな壁を越えようとしている、この時期にこそ、我々には科学的なトレーニングの導入が、絶対に必要です」
そして、大学の同期である深澤の研究室の協力も、すでに取り付けてあることを、熱を込めて語った。
高階は、重々しく腕を組み、しばらくの間、黙して語らなかった。
やがて、彼は、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。中田先生の悲願、そして、君たちの情熱。その全てを、この高階が、受け止めた。やるなら、全力でやろう。全国をとるために」
光田高校は男女とも、二度の全国準優勝経験はあったが、全国制覇はいまだ達成していない。創部100年を越える光田高校弓道部の悲願だった。
こうして、光田高校弓道部を支える巨大な支援体制は、ついに水面下から地上へと、その姿を現すことになったのである。
あの三連休の道場工事は、その、高らかに上がる、産声そのものだった。




