表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
319/432

第319話 光田弓矢会、創設秘話

樹神(こだま)拓哉が、光田高校弓道部の専任コーチとして、あの古びた道場の門をくぐった最初の日から、彼の胸の奥には、一つの確固たる構想があった。

「弓道という伝統の世界に、科学的なアプローチを導入する」


それは、彼自身の半生から生まれた、切実な願いにも似た理想だった。

拓哉は神社の家系に生まれ、物心ついた時から、神事としての弓に触れてきた。そこでは、精神性こそが全てであり、合理性や科学的な分析は、不純物として忌避されることさえあった。その精神論のみを突き詰めた結果、彼は一度、弓の道を見失い、深い袋小路に迷い込んだ経験がある。だからこそ、知っていた。科学的アプローチが全てではない。だが、精神という見えない力と、科学という可視化された力は、必ずや、弓を支える強靭な「両輪」になり得ると。


もちろん、それが若さゆえの理想論であることも、彼は理解していた。ここは潤沢な予算など望むべくもない、地方の公立高校だ。仮に最新の機器を一つ導入できたとて、それを維持し、活用し続けるノウハウがなければ、全ては砂上の楼閣に終わる。

だから、拓哉は焦らなかった。


自分をこの場所に招いてくれた恩師、中田先生。そして、顧問として現場に立つ滝本先生。お二人は、どちらかといえば旧弊の、古き良き時代の価値観の中で弓を極めてこられた方々だ。しかし、同時に、高校生と接していることから、時代の流れを見つめる、驚くべき柔軟性も持ち合わせていた。拓哉は常に彼らと相談し、生徒たちの指導という表舞台は滝本顧問と自分で担い、そして、水面下での組織作りは、中田先生がゆっくりと手伝う。その役割分担は、完璧だった。


まず、やるべきことは一つ。実績を積むこと。

「勝利」という、誰の目にも明らかな成果を示し、光田高校弓道部という存在の価値を、学校にも、地域にも、認めさせねばならない。


その第一弾が、「人材の確保」だった。拓哉は、滝本先生、中田先生と相談し、その目を、全国へと向けた。

そして出会ったのが──小鳥遊つぐみ。

中学全国準優勝という輝かしい実績。その才能に惚れ込み、スカウトとして彼女を口説き落としたことは、拓哉にとっても、指導者としての大きな自信となっていた。女王、雲類鷲麗霞を倒したいという強い想いも、追い風となった。


しかし、その計画は、暗礁に乗り上げる。一年と経たず、つぐみは家庭の事情で、突然、引っ越してしまったのだ。

プロジェクトは、一時停止するかに思えた。

だが、部の歩みは、止まらなかった。それどころか、加速した。


それは、拓哉の、そして中田先生以外の誰もが予期し得なかった、最大の「変数」の存在故だった。

中田先生は、拓哉に、つぐみのことと同時に、もう一つの才能を託していた。いや、もしかしたら、こちらこそが本命だったのかもしれない。

中田先生が、小学生の頃から手塩にかけて育て上げてきた、最高の愛弟子──杏子。


拓哉の想定を遥かに上回るその存在が、つぐみの抜けた穴を埋めるどころか、チーム全体を、逆風を力に変えるかのように、未知の領域へと押し上げていく。

選抜大会三位。そして、高校総体、団体準優勝。

驚くべきことに、この二つの快挙は、どちらも、杏子自身を欠いた状況で成し遂げられたものだった。彼女の、あの静かで、揺るぎない射は、もはや技術を超え、仲間たちの心に火を灯し、勝利へと導く「精神的支柱」そのものと化していた。

そして、杏子も出場した、先の全国選抜大会での、準優勝。

優勝した鳳城高校は、まだ確かに一歩先を行っている。彼女らに追いつき、追い越すために、必要なものは、もう分かっていた。


機は、熟した。


滝本顧問がかつて病に倒れて以降、部の運営が低迷した時期があった。中田先生も拓哉も、「一人の人間の情熱」だけに頼る組織の危うさを、痛感していた。個人の支えだけでは、限界がある。

だからこそ、今度は、「組織」として、あの少年少女たちの輝きを守り、支えなければならない。

中田先生は、これを、自らの弓道指導人生における「やり残した最後の宿題」として、自覚していた。


そこで、ついに動いたのが、卒業生たちだった。

第一次黄金時代──杏子の祖母が在校生だった、あの時代。

その頃から、常に光田高校弓道部を気にかけていた、かつての主将がいた。高階(たかしな)宗一。現在は地元の商工会議所の大物として、その名を知られる男である。

中田先生は、彼のもとへ足を運び、頭を下げた。OBOG会の正式な発足を、願い出たのだ。


名は、「光田弓矢(きゅうし)会」。

各世代の主将経験者を中心に、地元に残る者は当然、連絡がつく限りの全ての卒業生の名が、瞬く間に名簿に連なっていった。


その会長に就任したのは、もちろん、高階宗一だった。

厳格で、冗談を嫌う性格。その分、一度「守る」と決めたものに対する信頼感は、絶大なものがある。彼を説得することは、容易ではなかった。

だが、中田先生の真摯な思い。拓哉の理路整然とした未来への構想。そして何より、杏子たちが、今、この瞬間にもたらしている、輝かしい「成果」。その全てが、彼の心を、ついに動かした。


当初のプランでは、このOBOG会が本格的に稼働し、機材導入などの支援体制が整うのは、五年目と見込んでいた。

しかし──二つの、圧倒的な要素が、その計画を、猛烈な勢いで前倒しさせることになる。


一つは、言うまでもなく、杏子という傑出した才能を中心に、今、このチームが、本気で「全国制覇」を狙える、現実的な力を持っていること。

そして、もう一つ。

(いちじく)一華という、「アナリスト志望」の、とんでもない逸材が入部したことだった。

彼女の存在は、拓哉が、それこそ夢物語として思い描いていた「科学的アプローチ」という構想の、決定的に欠けていた最後のピースを、完璧に埋めるものだった。


拓哉は、再び、高階のもとを訪れた。

「高階会長。今しかありません。部長の杏子を中心に、部が最も輝き、そして、鳳城という大きな壁を越えようとしている、この時期にこそ、我々には科学的なトレーニングの導入が、絶対に必要です」

そして、大学の同期である深澤の研究室の協力も、すでに取り付けてあることを、熱を込めて語った。


高階は、重々しく腕を組み、しばらくの間、黙して語らなかった。

やがて、彼は、ゆっくりと頷いた。


「……わかった。中田先生の悲願、そして、君たちの情熱。その全てを、この高階が、受け止めた。やるなら、全力でやろう。全国をとるために」

光田高校は男女とも、二度の全国準優勝経験はあったが、全国制覇はいまだ達成していない。創部100年を越える光田高校弓道部の悲願だった。


こうして、光田高校弓道部を支える巨大な支援体制は、ついに水面下から地上へと、その姿を現すことになったのである。

あの三連休の道場工事は、その、高らかに上がる、産声そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ