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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
318/433

第318話 三連休最終章~宇宙人の恩返しと、千羽の誓い~

三連休の最終日。杏子の弓が育てられた中田先生の個人道場は、その歴史が始まって以来、おそらく最も高い人口密度を迎えていた。

光田高校弓道部女子部員、ここに全員集合である。


「いやぁ、まさか、ここで全員練習することになるとは……」

「お、お邪魔します……」

あかねやまゆ、真映、つばめは、ソフィアと紬もすでに到着しているのを見て、目を丸くしている。練習する予定などなかった彼女たちは、当然、弓具などは高校に置いてある。高校の弓道場は、工事のため、出入り禁止だ。


しかし、そこは、中田先生の道場だ。地元の弓道会の大切な練習場所としても機能しているこの道場には、寄付されたものやもう使わなくなった弓も含め、様々な強さの弓や、サイズの異なるゆがけが、壁一面にずらりと並んでいた。——古い銘の弓、まだ木の呼吸が残る新しめの竹弓、強さの札が下がったものまで。「よりどりみどりやん」と真映が鼻を鳴らした。


「あらあら、みんな、いらっしゃい」

「今日は弓道会の練習日でもあるけど、遠慮しなくていいからね」

中田先生は、この予期せぬ来訪者たちを前に、一切うろたえることなく、むしろ心の底から楽しそうに目を細めた。

「せっかくだから、今日は、いつもと違う弓で引いてみましょうか。自分の力よりも、一段階か二段階、強い弓でね。」


その提案に、何人かが「えっ」と息を呑む。

「強い弓はね、無駄な力、余計な癖を使っていては、絶対に引くことができないの。自分の身体と、射型と、真っ直ぐに向き合う、いい機会よ」


かくして、図らずも、特別な合同練習が始まった。

杏子が部長して弓道会のメンバーに挨拶する。

「お、杏子、ちゃんとできるやん」と栞代がちょっと感心していたが、なんのことはない、杏子はしばしばここで練習しているから、メンバーとは顔見知りである。


いつもより格段に強い弓の張力に、あかねや真映は四苦八苦している。だが、中田先生の指摘通り、力任せに引こうとすれば、身体は即座に悲鳴を上げた。どうすれば、この強大な反発力を、滑らかに受け流し、美しい射へと昇華できるのか。


部員たちは、自然と、真剣な眼差しになっていた。道場のもう半分で、黙々と練習を続ける、地元の弓道会の経験豊かな射手たちの、無駄のない所作や、美しい残心。その全てが、生きた手本となって、彼女たちの目に焼き付いていく。それは、いつもの道場では決して得られない、貴重な体験だった。射法八節を、一つひとついつもと違う場所・雰囲気の中で洗い直す。足袋の裏に伝わる畳の目、押手の親指に噛む弓の角、耳殻で感じる弦の微かなうねり。


白髪の男性は、(かい)で時を止めたように動かない。離れは風が抜けるだけ——力の音がしない。

「“振る舞い”が射をつくるんよ」と誰かが小さく呟き、みんながうなずいた。見取り稽古の贅沢さが、体の内側にゆっくり沈む。


昼。練習の緊張感が解け、昨日と同じように、縁側で賑やかな昼食の時間が始まった。

その輪の中で、ふと、あかねがスマートフォンのカレンダーを見て、呟いた。

「……そっか。来週って、もう、共通テストなんやな。瑠月さんたち、今、一番大変な時やわ」


「共通……てすと?」


その言葉に、一人だけ、きょとんとした顔で反応した者がいた。杏子だった。

「なに、それ。美味しいの?」

「……出たわ」

栞代が、こめかみを押さえる。

「杏子、お前……。三年生が大学に入るために、日本中の高校三年生が一斉に受ける、一番大事なテストのことやぞ……」

「ええっ!? そうなの!? もう来週なの!? もっと先かと思ってた」


その、あまりにも純粋な驚きように、道場にいた全員が、盛大に、そして、もはや愛情を込めて、ため息をついた。

((……ほんっとうに、弓道以外のこと、何一つ興味がないんだな、この人は……))


しかし、次の瞬間。

杏子の纏う空気が、がらりと変わった。彼女は、食べていたお弁当の箸を、ぱたんと置くと、真剣な眼差しで、仲間たちを見渡した。


「……みんな。この後、神社にお参りに行かない?」


その、あまりにも唐突な、しかし、有無を言わせぬ響きを持った提案。

「え? 神社? どこぞのラーメン屋みたいに、急やな」

あかねが茶化す。

「瑠月さんたち、大事な時だから。わたし、お願いしに行きたい。冴子部長と、沙月先輩の分も、もちろん、一緒に」

その、真っ直ぐな瞳。

それまで冗談を言い合っていた仲間たちは、誰一人として、反論しなかった。


その日の午後。中田道場の近くにある、学問の神様を祀った古い神社に、光田高校弓道部の女子部員、全員が勢ぞろいしていた。

一同は、冷たい水で手を清め、本殿の前で、深く、深く頭を下げる。

杏子は、一番長い時間、目を閉じ、手を合わせていた。

(瑠月さんが、冴子部長が、沙月先輩が、力を発揮できますように。どうか、見守っていてください──)


そして。神社からの帰り道。

「……ねえ、みんな。千羽鶴、折らない?」

またしても、杏子が、ぽつりと呟いた。

「千羽鶴? 今から?」

「うん。瑠月さんたちに、送りたいの」

その提案に、真映が「よっしゃあ!」と真っ先に拳を突き上げた。

「一度言い出したが最後、この意地っ張りが引き下がることは万が一にもござらぬことは合点承知。親分、この真映の命、御身に捧げさせていただきまする」

「真映、命は捧げなくていいけど、お前、鶴、折れるのか?」コンビとなってるあかねがつっこむと、真映は

「確か、幼稚園の頃、折った経験がございます」


かくして、その日の午後は、急遽、杏子の家で、「第一回・先輩応援!鶴折り大会」が開催されることになった。

リビングは、色とりどりの折り紙で埋め尽くされ、さながら、内職の作業場のようだった。


「だぁーっ!もう! わたし、折り鶴なんて、幼稚園以来です!」

言葉使いがすっかり戻ってる真映が嘆く。

「真映、そこ、雑。羽が曲がってる」

「楓、泣きながら折るな!」

「感激してるんです。杏子部長のお役にたてるなんて」


そして、その輪から、そっと外れているソフィア。

「……難しすぎます。"Tämä on liian vaikeaa."」

ソフィアが、一枚の折り紙を、ただの、くしゃくしゃの紙くずにしてしまい、本気で落ち込んでいる。

「大丈夫よ、ソフィア。一緒にゆっくりと折りましょう」

杏子の祖母が優しく教える。

そして一段落したころ、祖母が、そんな彼女を優しくキッチンへと導いた。

夕食の準備だ。

ソフィアは、リーサ仕込みの料理の腕を存分に発揮し、祖母と共に、日本とフィンランドの折衷料理を、次々と作り上げていく。キッチンからは、醤油と出汁の優しい香りと、ディルやクリームの、異国情緒あふれる香りが混ざり合い、鶴折りに励む部員たちの食欲を刺激した。


三人が夕食を食べ、残りが鶴を折る。交代で、また三人が食べる。

その、流れ作業のような、しかし、不思議な一体感に包まれた時間。

夕食が全て終わる頃、なんとか、瑠月のための千羽の鶴が、見事に完成した。色とりどりの鶴の束は、彼女たちの想いの重みで、ずっしりと輝いていた。

「……よし。冴子部長と、沙月先輩の分は、明日からの練習で、全員で折り続けよう」

栞代のその言葉に、全員が力強く頷いた。


連休が明け、練習が終わった後。

杏子の祖父の車に、杏子、栞代、そして、ソフィアと楓が乗り込んだ。瑠月に、入部したての頃、ほとんど付きっきりで指導してもらった恩のある、一年生二人も、一緒に行くことになったのだ。

「ほんとにお世話になったなあ。今度瑠月さんが見てるところで弓引いてみなくっちゃ」

楓が呟いた。

瑠月の自宅へと、千羽の鶴を乗せた車が、静かに、走り出した。


瑠月の自宅に着くと、吐く息がまた白くなった。

呼び鈴の音に続いて、扉が開く。暖かい室内の匂いと、柔らかい洗剤の香りが流れ出る。

「来てくれたん?」

瑠月の声は少し掠れていたが、目は真っ直ぐだった。

栞代が千羽鶴をそっと差し出す。

「瑠月さん、来週頑張ってください」

杏子が続ける。

「みんなで折りました」

「実は昨日、杏子が突然言い出して。すいません、気が利かなくて。で、実は冴子部長と沙月さんの分はこれから折るんです。ちょっと内緒にしててください・・・」

栞代がつけ加えた。


ソフィアが拙い手つきで鶴の端を撫でる。

「瑠月さん、ほんとに最初から教えてもらいました。ありがとう」

楓は言葉を選びながら、静かに付け加える。

「先輩が教えてくれた“置く”感じ、わたしたち、今もあのままです」

「ありがとう」

瑠月は両手で鶴を受け取った。糸の重みが掌に落ちると同時に、目の奥に光が揺れた。

「それじゃ、愛想ないけど、受験終わったら、ゆっくり遊びに来てくださいね」

栞代が挨拶をして、瑠月の家を後にする。

杏子はそっとハグしてもらってた。

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