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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
315/432

第315話 プリンセス降臨と、親友の射

栞代が、その場にいないはずの親友の名を、無意識に口にした、まさにその瞬間。

まるで、その呼び声に応えるかのように、道場の入り口から、あまりにも聞き慣れた、平坦で、感情の読めない声が響いた。


「それは、わたしの課題ではありません」


全員が、声のした方向に、弾かれたように一斉に振り返る。

そこには、いつも通りの無表情を浮かべた紬と──そして、まるでアニメのスクリーンから抜け出してきたかのような、一人だけ世界の法則が違う「お姫様」が、立っていた。

ソフィアだった。


「……あれ。紬? ソフィア? お前ら、どうしたんだ……? アニメ三昧の、文化研究真っ只中じゃ、なかったのか?」

栞代の、呆然とした声が響く。だが、それも無理はなかった。


ソフィアの身に纏う衣装は、彼女の透き通るような白い肌と金髪碧眼に、恐ろしいほどマッチしていた。淡いラベンダー色を基調としたドレスは、胸元に白い切り替えが入り、その縁には細やかなレースがあしらわれている。袖は、透けるオーガンジーの短いフレア袖に仕立て直されており、彼女が動くたびに、ふわりと揺れて、大人びた雰囲気を漂わせた。

スカートはふくらみを抑えたAライン。裾には白い刺繍が花びらのように広がり、その腰の中央では、彼女の象徴であるアミュレットを思わせる、小さな紫色のチャームが、控えめに揺れていた。


それは、まさしく、かの有名な物語の『小さなプリンセス』そのものだった。

普段の制服姿とはあまりにも違う、完璧なまでの「本物」の登場に、道場にいた全員が、時を忘れて見惚れていた。

ソフィアは、その視線の全てに耐えきれないというように、真っ赤になって、そわそわと足元を気にしている。


「そ、その……Tsumugiが、研究結果の、中間発表をしようって……」

消え入りそうな声でそう呟く姿までが、衣装の可憐さを、さらに引き立ててしまう。

その隣で、紬が、一切の表情を変えずに、淡々と紹介した。

「ソフィアの、『小さなプリンセス ソフィア』です。ご覧の通り、クオリティは完璧です」


いつもは、杏子のことを「幼稚園児」だの「小学生」だのとからかっている部員たちも、この時ばかりは、言葉を失って幼い時の夢を思い出していた。あれは、愛すべきマスコット。だが、これは、幼い頃に誰もが夢見た、「お姫様」が成長した姿そのものだった。


「……すまん、杏子。そのお人形、わたし、千曳ヶ丘に連れて帰るわ」

最初に我に返ったつぐみが、真顔でそう言った、その瞬間。

「絶対に、拒否しますっ!!」

誰よりも早く、真映がソフィアの前に立ちはだかり、両手を大きく広げて守る姿勢をとった。


「わ、わたし、一目だけの約束だから! すぐに着替えさせてください!」

ソフィアが、泣きそうな声で呟く。

「一華! 記録は!? 記録はしたか!」

「もちろんです。、動画データとして完璧に保存済みです」

「よし、後で送れ!」

「あかね先輩、グループLINEにも、お願いしますね」


その騒ぎの中、エリックが、大きな鞄をソフィアに手渡す。杏子が、その腕を取り、更衣室へと案内した。

「ソフィア、すっごく綺麗だった。でも、これ、アンナちゃんには絶対内緒だね」

「うん……。だから、アンナ用の衣装も、今度作って、送ってあげないと」

「えっ、ソフィア、こんなすごいの、自分で作れるの?」

「あ、いえ……これは、リーサおばあさまに、大分、手伝ってもらって……。その、9割くらいは……」

恥ずかしそうに白状するソフィアに、杏子は思わず笑い出した。

「ふふっ。そうなんだ。リーサおばあさんも、本当に、なんでも出来るんだね」

「杏子のおばあ様だって、そうじゃない。お料理も得意で、弓も、あんなに上手だった。なんでも出来るじゃない」

「ふふっ。そうなの。これ、おばあちゃんが作ってくれたんだよ」

杏子は、ポケットから、小さな花の刺繍が施されたハンカチを見せた。二人は、それぞれの「大好きなおばあちゃん」の自慢話をしながら、更衣室での、束の間の二人だけの時間を過ごした。


その頃、道場では、つぐみが、静かに自分の弓の準備をしながら、杏子のことを考えていた。

(……杏子との、本気の勝負)

一昨年、まだ自分が光田にいた頃。公式戦でも、練習試合でも、何度か対戦した。結果としては、五分。いや、ブロック大会では、自分が勝った。

だが、つぐみは、その勝利を、一度として「本物」だと思ったことはなかった。


杏子には、致命的な弱点があった。仲間との同門対決になると、途端に、その射が鈍るのだ。相手を思いやりすぎる、その「優しさ」が、彼女の最大の武器であるはずの集中力を、内側から食い破っていく。


(あの時は、ずっと言ってたな。『本気を出せ』『手を抜くな』って……)

つぐみは、懐かしい記憶に、ふっと口元を緩めた。

(だが、栞代が言うには、今の杏子は、もう、そこには居ない、と)

あの、姉妹対決が、彼女を変えたのだ、と。

(……楽しみだ、杏子。お前の、本当の姿。この目で見定めてやる)


昼食が終わり、道場には、再び公式戦さながらの、清冽な緊張感が満ちた。

「これより、練習試合を行います! 杏子・楓組、対、つぐみ・葵組!」

一華の、張りのある声が響く。


吐く息が、白い霧となって漂う道場。張り詰めた空気の中、四人がそれぞれ、的へと向き合う。

射順は──楓、葵、杏子、つぐみ。

観客席代わりに縁側に並んだ仲間たちは、誰ひとりとして声を立てず、ただ、最初の弦音(つるね)を待った。


【第一射】


最初に立った楓は、緊張のあまり、手の甲がわずかに震えていた。息を吸い、放たれた矢は、的の縁をギリギリかすめた。

「だ、大丈夫……!」

自分に言い聞かせるように、彼女は心で呟く。


続く葵も、気合が入りすぎたか、勢いよく引き絞ったものの、力みで矢が外れた。

観ていた真映が、「うわーっ」と小声で叫び、隣のあかねに、音もなく後頭部を押さえつけられた。


だが、ここからが、先輩の本領だった。

杏子は、静かに呼吸を整えると、いつも通り、何の変哲もない所作で、矢を放つ。軽やかな弦音と共に、矢は、まるで最初からそこにあったかのように、迷いなく的の中心を射抜いた。

そして、つぐみもまた、久しぶりの杏子の前で、正確無比な矢を放ち、見事に的をてた。


【第二射】


楓は、一度深く息を整え、杏子に教わった通り、「自分の綺麗な射」だけを思い描く。今度は冷静に放たれた矢が、ふれたかふれないかで外れる。

葵も、初矢の力みを修正し、堂々と的を射抜く。その見事な立ち直りに、観客席から、小さな感嘆の息が漏れた。


杏子は、再び、静かに中てる。

つぐみもまた、揺るぎなく、同じように的を射抜いた。

二人の矢は、まるで競い合い、呼び合うかのように、美しい軌跡を描いて飛んでいく。


【第三射】


楓の矢は、正確に的を捉えた。自分でも、今の集中力に信じられない、といった表情だ。

葵も、食らいつくように、続けて的心を捉えた。互角の勝負が続く。


杏子は、またも、寸分違わず的心を射抜く。その姿は、まるで精密な機械のようだ。しかし、決して冷たいのではなく、その中心には、静かで熱い、淡い炎が宿っている。

つぐみの矢も、迷いなく的へと突き刺さる。観ている仲間たちの背筋に、ぞくりと寒気が走るほどの、圧倒的な迫力だった。


【第四射(最終射)】


勝負の行方は、この四本目に託された。

先に引く楓の矢──放たれた矢は、彼女の願いを乗せ、真っ直ぐに的心へ。的中。(あた)った瞬間、彼女の表情が、ぱっと花のように明るくなる。

「……やった!」

思わず、小さく拳を握りしめた。


だが、葵は、その緊張の糸が、わずかに切れてしまったか。弓手が少しぶれ、矢は、無情にも的の枠を捕らえることができなかった。彼女は、悔しげに唇を噛む。


そして。

杏子の最後の矢も、変わらず、まるで引力に引かれるように、的心へと吸い込まれた。四射皆中。

続く、つぐみ。彼女もまた、この一年で積み上げた全ての想いを込めるかのように、揺るぎない矢を放ち、完璧な四射皆中を決めた。


結果、杏子・楓組、七中。つぐみ・葵組、六中。

その、わずか一本の差。勝敗を分けたのは、プレッシャーの中で中ててみせた、楓の、あの矢だった。

葵が、悔しそうに俯く。だが、つぐみは、その結果を、満足げな、穏やかな表情で受け止めていた。彼女は、ゆっくりと頭をさげた。


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