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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
312/432

第312話 おでんとトランプと、宇宙人の序列

湯気を立てる大きな土鍋から、鰹と昆布の、深く優しい香りが立ち上る。テーブルの上には、そのおでんを中心にして、色とりどりの小鉢が、まるでそれを守る衛星のように並んでいた。


「うわぁぁぁぁ! にんじんさんが、お花の形をしています!」

楓が、まるでご神体でも拝むかのように両手を合わせ、その瞳をきらきらと潤ませている。

「いや、お前、感動すんのそこか?」

栞代が、すかさず、しかし楽しそうにツッコミを入れる。

「だって……! 杏子部長のお家のにんじんが、神聖な形をしているんです! 尊いです!」

「……もう泣きそうになっとるし」


「あふっ、あつっ! でも、おいひい!」

葵は、ちくわを丸ごと一本頬張り、その熱さに舌をぱたぱたと扇いでいる。

「こら、葵! 食べ方が雑い! 女の子らしくして!」

隣からつぐみが小突くも、当の本人はけろりとして、「だって、美味しいんですもん!」と、すでにもう一つの具材に箸を伸ばしていた。


そんな中、一華は、自分の小皿に取った大根をじっと見つめ、何かを分析するように頷いている。

「……出汁の浸透率が、完璧です。これは、長時間にわたる精密な温度管理と、食材の特性を計算し尽くした投入順序の結果……素晴らしい」

「おい一華」

栞代が、にやりとしながら横槍を入れた。「それ、食レポやなくて、鑑定番組みたいになっとるぞ」

「わ、わたしは、客観的な事実を述べたまでですっ!」

顔を真っ赤にして抗弁する一華の姿に、周囲は大爆笑に包まれた。


そして、極めつけは楓だった。いつもは控えめな彼女だが、杏子部長の家という聖地で、何か大切なネジが外れてしまったようだ。

「杏子部長、はいっ! どうぞ、あーんっ!」

突然、熱々の巾着を箸で持ち上げ、杏子の口元へと差し出した。

楓が嬉しそうに、ふーっふーっと息をかけている。

「えっ、わ、わたし、自分で食べられるからっ!」

顔を真っ赤にして慌てる杏子の、その斜め前から、すっと腕が伸びた。栞代だった。彼女は、楓の腕を軽く掴んで軌道を変えさせると、その巾着を、自分の口元へと誘導する。

「おう、すまん。いただきます。オレ、巾着好きなんだよな」

「か、か、栞代せんぱぁぁぁぁい!」

楓は、机に突っ伏して、悔しそうにジタバタと足をばたつかせた。


「お前ら、食べ物で遊ぶなよな」

つぐみが、呆れた顔をしつつも、笑いをこらえきれていない。

その横で、葵が「すごいです! まるで、計算され尽くした本場の漫才です!」と、目を輝かせて拍手し、さらに場を混乱させていた。


湯気と、出汁の香りと、そして、絶え間ない笑い声に包まれながらの夕食は、気がつけば、あれほどあったおでんの鍋が、空になっていた。


「「「ごちそうさまでした!」」」

片付け担当は、もちろん全員。食後の軽い運動とばかりにてきぱきと皿を洗い終え、一同は、祖母に向かって深々と頭を下げた。

「「「めちゃくちゃ美味しかったです!!ごちそうさまでした!!」」」

声を揃えたその瞬間、祖母は、目尻の皺をくしゃっと下げて、にっこりと微笑んだ。

「こちらこそ、お粗末さまでした。たくさん食べてくれて、嬉しかったわ」

その言葉に、また一同は、恐縮したように頭を下げるのだった。


「さて! 腹も膨れたことじゃし、次はお風呂の順番を決めようかのう!」

祖父が、待ってましたとばかりに、にやりと笑う。

「わしに、トランプで勝った順番に入れることにしよう!」


その言葉を聞いた瞬間、栞代とつぐみの二人が、音もなく、しかし電光石火の速さで動いた。二人は、それぞれ、まだ状況が飲み込めていない楓と葵の腕を掴むと、慌ててリビングから脱出しようとする。

「わ、わたしたちは、お先にいただきます! 大丈夫、ここのお風呂、大きいから!一緒に入れるから!」

栞代が言葉を残す。


残されたのは、その挑戦的な言葉に、「統計学と確率論で、この勝負、受けさせていただきます」と、受けて立ってしまった一華と、そして、そんな彼女の隣で、「ほら、ぱみゅ子も残るんじゃ」と、しっかりと祖父に腕を掴まれ、逃げ遅れた杏子だった。


(……あっぶないところだった)

風呂場で、栞代とつぐみは、二人同時に深いため息をついた。

((おじいちゃんの、あの無限ゲーム地獄に、またハマるところだった))

一昨年、つぐみもまだ光田にいた頃、二人で何度も泊まりに来た時のことを、彼女たちは鮮明に覚えていた。お酒は一切飲まないのに、おしゃべりとゲームが始まると、文字通り、朝まで止まらないのだ。杏子の負担が少しでも減れば、と最初は思ったが、あまりの終わらなさに、最後は二人で、せっかくだからと数学の勉強を教えてもらったほどだ。杏子の祖父は、塾講師の経験もあり、意外にも、特に数学の指導は抜群に上手かった。……今、ソフィアが、あの祖父から現代国語のレクチャーを受けているように。


こっそりと四人は順番に入浴を済ませ、アリバイ作りのために四人同時にリビングに戻る。一緒に入ったテイで。

そこには、テーブルを挟んで角を突き合わせ、必死な顔で睨み合う、祖父と一華の姿があった。そして、その横で、杏子が、慣れた顔で、しかし呆れたように、お菓子を摘まみ、紅茶をすすっていた。


(……大変だなあ)

栞代がそう思っていると、杏子の手元にある、ソフィアからのお土産である焼き菓子と、祖父が淹れたであろう紅茶の甘い香りが、漂ってきた。その魅力には、抗いがたい。


「一華、明日もあるし、そろそろ、わたしたちと交代しよっか」

栞代が声をかけるも、一華は、般若のような形相でカードを見つめたまま、首を横に振った。

「いえ、まだ、決着は、ついていませんっっっ!」

「よし。じゃあ、埒が明かんから、最後はオールドメイド(ババ抜き)で決めろ。それで(しま)いだ」

栞代は、この家の主のことを、よく知っていた。理屈や戦略を(ろう)するゲームではハッタリ担当の口を加え、無敵の王様だが、ただ一つ、純粋な「運」が絡むゲームには、極端に弱いのだ。


これで、さっと一華が勝利して終わる。祖父を知ってる杏子と栞代、そしてつぐみは愁眉(しゅうび)を開いた。

だが、なんと、一華もまた、この手の運ゲームには、壊滅的に弱かったのである。

最後、残り一枚ジョーカーを祖父と一華が交互に引く、という状況は、まるで永遠に続くかと思われた。


「もう! 明日試合やからな」

栞代が呆れて、叫んだ。「裏返したトランプを一枚ずつ引いて、数字が大きい方が勝ち! それで終い!」

投げやりな提案に、疲弊しきった二人は、黙って従った。

カードを裏返し、テーブル一面に広げられる。

そして、二人が同時に引いたカードは、どちらも「2」だった。

全員が、そのあり得ないほどの「持っていない」二人に、驚き、そして、呆れ返った。

絶望した栞代たちだったが、そこはさすがに杏子。スートの順番もきっちりと決まっていて、引き分けはないのだという。


杏子が、慣れた様子で、この家のローカルルールを適用し、ようやく、長きに渡った戦いに決着がついた。


落ち込む祖父をなだめつつ、一華と杏子が、二番手として風呂に向かう。ソフィアのお菓子の魅力には勝てず、リビングに残った栞代は、「紅茶淹れてやるから、ちょっと勝負せんかのう?」という、悪魔のお誘いを受けてしまう。


問題は、オールドメイドは、「負け」を選択することができないことだ。

落ち込む祖父を見かねて、負けてやろうと思った栞代は、この当たり前の真実に、改めて思い至る。

勝ち続ける栞代と、「なぜじゃあ!」と、宇宙の仕組みそのものを嘆き始める祖父。この勝負もまた、永遠に続くかと思われた、その時。


杏子と一華が、ほかほかと湯気を立てながら、お風呂から出てきた。

そのタイミングで、すっと、祖母が栞代の席に座り、交代してくれた。

そして、ここからが、真の恐怖の始まりだった。


祖母は、運ゲームであるはずなのに、まるで、相手の手札が全て見えているかのように、完璧にコントロールし始めたのだ。長年の付き合いで、祖父の、カードを持つ指の震え、視線の動き、息遣い、その全ての「クセ」を完璧に知り尽くしている。彼女は、祖父を勝たせようと、的確にカードを選ばせる。


その、神の御業(みわざ)(みわざ)とも言える光景を目の当たりにして、一華は、静かに、そして確信を持って、自分の手元のタブレットに、こう記録した。


『……やはり、この家で最強なのは、おばあ様。彼女こそが、真の宇宙人に違いない』


「最後の二枚になったら、わたしもできるよ」

杏子が事も無げに呟いた言葉を聞いて、一華はタブレットを落としそうになった。

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