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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
307/433

第307話 ラーメン屋の邂逅と、聖域の鑑賞会

三連休の初日。

あかね、まゆ、真映、そしてつばめの四人が目指す、有名ラーメン店の豚骨スープの濃厚な香りが、角を曲がったあたりから、すでにふわりと鼻腔をくすぐっていた。その香りに誘われるように店の前に着いた時、真映が、どこかで見たような一台の車を指差した。


「あれ? あの車って……宇宙人2号の車じゃないですか?」

なぜか、杏子本人ではなく、その祖父の方が「2号」という扱いになっている。三人が、真映の指さす方向に目を向けると、確かに、見慣れた杏子の祖父の車が駐車場に停まっていた。

すると、まるでタイミングを合わせたかのように、その車の後部座席のドアが開き、二人の少女が降りてきた。


「あっ、お姉ちゃんっ!」

つばめが、驚きと喜びの入り混じった声を上げ、その一人に駆け寄っていく。

「お、つばめ。驚いたか?」

してやったり、とでも言うように、悪戯っぽく笑う姉、小鳥遊つぐみが、妹の頭をくしゃりと撫でた。


その姿に、あかねとまゆも、ぱっと顔を輝かせる。

「つぐみじゃないか! あんた、てっきり、もう杏子のところに行ってるもんだとばかり思ってたわ!」

つぐみは、にやりと笑みを深めた。

「まあな。昼ごはんを食べてから、杏子たちと合流するっていう流れになってな。それなら、ちょっとこっちを驚かせてやろうかと思ってさ」

「ふふっ。きっと、杏子ちゃんのおばあ様が、お昼ご飯も作るって言ってくださったのを、遠慮したんでしょう?」

まゆの的確な推測に、つぐみは「さすが、まゆ。その通りだよ」と肩をすくめた。「まあ、杏子のおじいちゃんには、道具の運搬とか、しっかりお願いしちゃったけどな」


あかねとまゆにとって、つぐみは、引っ越しするまで苦楽を共にした大切な仲間だ。つばめにとっては、世界で一番の姉。しかし、真映にとっては、まだ大会などで顔を合わせた程度の、未知の存在。


ここで、真映のパフォーマンス魂に、火がついた。

「お控えなすって」

「いや、それ、もうええから」

あかねが、その芝居がかった口上を、即座に、しかし雑に遮る。

「むむむ、残念でござる……!」

「あなたが、真映さんだよね。つばめから、話は色々聞いてるよ」

つぐみのその言葉に、真映は再び、きらりと目を輝かせた。

「おっ! つばめどのから、我が武勇伝を! 杏子一家、あかね組の若輩者、人呼んで、“疾風の真映”と発します!」

どうしても、それは言いたいらしい。

「誰も呼んでへんわ」

あかねのツッコミにも、つぐみは動じず、冷静に、隣に立つ後輩を紹介した。

「こっちは、葵。うちの後輩。どうしても、ついて来るって聞かなくてな」


紹介された少女──篠森葵は、顔を真っ赤にさせながらも、意を決したように、一歩前に出た。そして、真映の言葉を、律儀に受けてみせる。

「……つぐみ一家の、末席を汚させていただいております、篠森葵と申します。お見知りおきを」


「「おおーっ!」」

その、あまりにも健気な自己紹介に、自称「杏子一家」の面々から、やんややんやの喝采が上がる。

だが、その時、つばめが、ぽつりと、呟いた。

「……あの。わたしって、どっちの所属に、なるんだろう……?」


その、彼女のアイデンティティの根幹に関わる問い。それに、真映が、またしても芝居がかった、しかし、触れてはならない言葉で応えようとした。


「親の因果が子に報い、杏子一家のつばめが煩悶(はんもん)(はんもん)──ぐえっ」

「こ、こら、真映! それは、全くもって、シャレになってへんやつやぞ!」

あかねの掌が、見事な速度で、真映の口を塞いだ。つぐみとつばめの両親が離婚し、今は離れて暮らしているという、デリケートな事情。


しかし、当のつぐみは、そんな仲間たちの気遣いを吹き飛ばすかのように、腹の底から、からからと大笑いした。

「はははっ! こりゃ、大変だわ! 杏子も、毎日、苦労してるんだろうなあ!」


ラーメン店の中でも、二つのグループの話は尽きなかった。だが、時間は有限だ。

「つぐみ、この後、一緒にカフェも行かない?」

あかねの誘いに、つぐみは、首を横に振った。

「いや、遠慮しとく。わたしは、これから杏子のところで、一本でも多く弓を引く。それが、今日の目的だからな」

その瞳には、親友との再会を前にした、静かで熱い光が宿っていた。


「おじいちゃん、お待たせしました」

「おう。それじゃあ、杏子たちのところに向かうとするか」

つぐみと葵は、杏子の祖父の車に乗り込み、一路、中田先生の道場へ。

残された四人は、次の目的地であるカフェへと向かう。あかねは、その道すがら、賑やかなラーメン屋での集合写真を、グループLINEに投稿した。『仕組まれた邂逅!』という、一言を添えて。杏子組からも、すぐに『楽しそうだね!』という返信や、スタンプが返ってくる。

だが、ソフィアと紬からの既読は、一向につかなかった。


その頃、ソフィアの家では。

四人が、スクリーンから放たれる圧倒的な光と音に、魂ごと没入していた。

ソフィアからの熱心なリクエストで、エリックとリーサも、孫娘とその友人が愛してやまない「アニメ」の世界に、足を踏み入れていたのだ。ソフィアと紬が、数ある名作の中から、「これなら、きっと二人にも楽しめるはず」と、知恵を出し合って選定した、一本の劇場版アニメ。


その傍らには、リーサが用意した、ライ麦パンのオープンサンドと、透明なガラス容器に、色とりどりのお菓子が並べられている。フィンランドでは、グミやチョコレート、キャンディの類を、まとめて「キャンディ」と呼ぶのだという。約五十種類はあるという、有名なリコリス(甘草菓子)や、あの独特な風味のサルミアッキ(塩化アンモニウム味の菓子)も、そこにはあった。


絶え間なく、口の中も賑やかだ。スクリーンの中の物語がクライマックスに差し掛かった時、ソフィアは、感極まったように、日本語で叫んだ。

「ああ……! この、主人公の覚悟! わたしの心にも、刺さります……!」

その横で、エリックが、真剣な顔で呟く。

「ふむ。この、敵のボスの言うことにも、一理あるな……。単純な悪とは言えんぞ」

「あなた、そっちに感情移入してるの?」

リーサが、呆れたように笑う。


紬は、ただ、黙って、その光景を、そして物語を、静かに、しかし、誰よりも深く、味わっていた。キャンディと共に。


グループLINEの通知音など、この、四人だけの聖域には、到底届きはしなかった。

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