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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
298/433

第298話 千羽の約束

冬の浜風は冷たく、水平線に沈みゆく太陽の最後の光が、海面を茜色に染めていた。寄せては返す波の音だけが、静かに響き渡る夕暮れの砂浜で、杏子の祖父母とアンナは、名残惜しそうに向き合っていた。


「ばぁ」「じぃ」


祖母は、柔らかな笑みを浮かべ、アンナの栗色の髪をそっと撫でた。

「アンナちゃん、元気でね。いつでも待っているから」

その、慈愛に満ちた声に、アンナはこくりと小さくうなずき、覚えたての丁寧な日本語で「はい」と返した。


祖父は、寂しさを隠すように、わざとらしく一つ咳払いをすると、おぼつかない英語で話し出す。

“Anna. Next time, I will speak perfect English with you.”

(アンナ。次に来る時までに、わしは君と完璧な英語で話せるようになっとるぞ)


アンナは、ぱっと顔を輝かせると、挑戦者のように、きらきらした瞳で尋ね返した。

“And… Finnish? Will you learn Finnish too?”

(じゃあ……フィンランド語は? フィンランド語も、覚えてくれる?)


その予想外の切り返しに、祖父は一瞬きょとんとした後、大げさに両手で頭を抱えてみせる。

“Oh… that is too difficult! No, no, no!”

(おお……それは、あまりにも難しすぎる! 無理、無理、無理!)

その情けない答えに、アンナはたまらず噴き出し、祖父母もつられて、朗らかな笑い声を上げた。


その笑い声は、冬の浜辺に温かく広がり、冷たい風さえも、少しだけ柔らかく感じられた。

“See you again, Anna.”

(また会おう、アンナ)

祖父が最後にそう言うと、祖母も優しく手を振った。アンナも、ちぎれんばかりに両手を振り返しながら、何度も、何度も、「Bye-bye!」と叫んだ。


やがて、二人の姿が砂浜の向こうに小さくなっていく。残されたアンナは、きゅっと胸を押さえた。その両脇に居た、アンナとソフィアが、それぞれ手を取り、ぎゅっと握った。


エリック、リーサ、ソフィア、アンナ、杏子は、エリックの車に乗り込み、エリックの家に向った。


家に着くと、玄関先には、すでに栞代と紬、そして真映の三人が、まるで当然のように立っていた。冬の夕暮れの冷たい空気の中で、彼女たちは、にこにこと温かい笑顔で手を振っている。


「アンナちゃん、これ……」

栞代が、丁寧に和紙で包まれた大きな束を、そっとアンナに差し出した。中には、色鮮やかな千羽の折り鶴が、互いに寄り添うようにして、ぎっしりと収められていた。


「これは、千羽鶴っていうんだ。みんなで、少しずつ、願いを込めながら折ったんだよ。──必ず、またアンナに会えますように、ってな」


アンナは、その重みを確かめるように、両手でそっと受け取ると、宝石を見るかのように目を輝かせた。一番上にある、一羽の鶴の羽を、そうっとめくってみる。そこには、色とりどりのペンで、たくさんの文字が並んでいた。

「げんきでね!」「またおいで!」「ぶちょうはうちゅうじん」──。

日本語も、英語もある。


「Stay well」「Come again!」「Kyoko an alien」

アンナが読み上げる。

「Stay well! … Come again! … Kyoko is… an alien??」

最後の一文を、アンナが不思議そうに読み上げた瞬間、真映が「ぶはっ!」と腹を抱えて笑い出した。

「おっ、読んだなアンナ! それ、わたしのやつ!」

アンナは、少しだけ頬を膨らませて、プリンセスのように、きっぱりと応える。

“No, no! Kyoko is a princess!”

その、あまりにも完璧な切り返しに、場は一気に温かい笑いに包まれ、エリックまでもが、堪えきれずに肩を揺らして笑った。


紬は、アンナに囁いた。

「その中に、少しだけど、フィンランド語のメッセージも、あるんだよ。探してね」

アンナは、はっとしたように鶴の束を探し、見つけると、「Joo… kyllä!」(うん…あった!)と、小さな声で、しかし、嬉しそうに、その贈り物を胸に抱きしめた。


その時、家の奥から、エリックが大きなスーツケースを運んできた。いよいよ、出発の時が、すぐそこまで迫っている。賑やかだった玄関の空気が、少しだけ、しんとした。


真映が「アンナ、これも。みんなからな」そう言って、大きな包みを渡した。そこには、

抹茶チョコレート、抹茶クッキー、おかき、ビスケット、など、日本で人気のあるお菓子がたっぷりと入っていた。


「おい、なんかめっちゃ増えてるな。まあ、真映はコンビニのプロだからな」と言って笑った。ソフィアがなんと訳したのかは分らないが、アンナは真映にもなんども日本語で「ありがとう」と言った。


杏子が、そっと一枚の鶴を取り出した。淡い水色の折り紙に、彼女の丁寧な文字で、短い英語が記されている。


“To my dear Anna.”

“Even when we’re apart, we’re always together.”

(親愛なるアンナへ。離れていても、私たちの心は、いつも一緒だよ)


杏子は、その鶴をアンナの掌にそっと乗せると、にこっと笑った。

アンナは、しばらく黙ったまま、その言葉を見つめ、そして、次の瞬間、杏子の胸に、思い切り飛び込んだ。


“Kyoko, we will see again? Right?”

(杏子、私たち、また会える? よね?)

“Of course!”



笑顔で。

杏子は、そう決めていた。


アンナの瞳は潤んでいたけれど、それでも、精一杯の笑顔を作って、杏子に、そして栞代、紬、真映に、「Bye-bye!」と、大きく手を振った。


ソフィアが、その妹の手を優しく取り、エリックの待つ車に乗り込む。開けられた窓から、アンナは、いつまでも、いつまでも、その小さな手を振り続けていた。


ずっと笑顔で、その手を見送り、懸命に手を振っていた杏子だったが、車が角を曲がり、完全に見えなくなった、その途端。張り詰めていた何かが切れたように、その大きな瞳から、ぽろぽろと、大粒の涙が零れ落ちた。

その震える肩を、隣にいた栞代が、言葉もなく、しかし、強く、優しく抱きしめた。


(必ず、また会えるよ、杏子)


杏子は、アンナにもらった、お揃いの水色の根付を、胸の前で、ぎゅっと握りしめた。


「……やっぱり、アンナちゃんは、部長を人間にしたんだなあ」

自分も、いつの間にか目を真っ赤にしていた真映が、誰に言うでもなく、そう呟いた。

その言葉だけが、静かになった夕暮れの道に、温かく響いていた。

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