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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
296/433

第296話 それぞれの道、重なる軌跡

始業式が終わると、冬休み中の静けさが嘘だったかのように、校舎の空気は一気に軽やかになった。久しぶりに再会した生徒たちの、弾むような声と笑い声が、廊下や教室を満たしていく。


まだ昼前だというのに、学食はすでに活気に満ちていた。その中で、ソフィアは唐揚げ定食の乗ったトレイを手に、うれしそうに席を探している。学食派の彼女は、まずは腹ごしらえを済ませた後、弁当組の杏子たちのテーブルに合流するのがお決まりのコースだ。


「今日から、また練習がに参加できる。 楽しみね」


ソフィアは、学食で追加購入したメロンパンをかじりながら、午後の予定を確認する。その傍らで、彼女は年末年始の旅行で買ってきたというお土産を、テーブルの上に次々と並べていった。


「年末は古都のほうと……年明けからは、首都に行ってきたの。ほら、これは抹茶のラングドシャ。それと、電気街で手に入れた──」

「ふふっ。やっぱり、聖地の話が一番楽しそうね」

紬が、くすっと笑ってその話に乗ってくる。そこから始まる、二人だけのディープなアニメ談義。周囲は半ば呆れながらも、次々に手渡される色とりどりのお土産の袋に、部員たちの間では歓声が上がっていた。


午後の練習の時間。道場に足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を引き締め、心が自然と弓へと向かっていく。準備運動、基礎練習。いつもと変わらない、しかし、全員揃った喜びが、道場全体に染み渡っているようだ。


ソフィアは、二週間ぶりということもあり、体力作りのランニングでは少しだけ息を切らしていた。それでも、久しぶりに仲間たちと共に汗を流し、弓に触れるその時間は、何物にも代えがたい喜びに満ちていた。その表情は、まるで、長い旅を終えてようやく故郷に帰り着いた者のように、安らぎと幸福に輝いていた。


その頃、エリックに案内され、ヨハン一家は、この地方で最も古いという寺を訪れていた。俗世の喧騒はすっと遠ざかり、冬特有の静謐な空気が一行を包み込む。境内に立ち、エリックは、息子や孫を前に、ゆっくりと語り始めた。


「昔、奥州という国から、聖地である熊野を目指す、一人の若い修行僧がいた。名を、安珍という。彼は、それはそれは容姿端麗で、どこへ行っても人々の目を引いたそうだ……」


エリックの落ち着いた声が、冷たい空気の中に静かに響く。その内容は。

「その旅の途中、一夜の宿を借りた庄屋の娘・清姫が、安珍に激しい恋をした。しかし、修行の身である安珍はその想いを拒絶し、嘘をついて彼女のもとから逃げ出してしまう。裏切られたと知った清姫の悲しみは、やがて凄まじい怒りへと変わり、彼女は燃えるような執念で安珍を追いかけ、とうとう巨大な蛇へと姿を変えてしまった。追い詰められた安珍は、この寺に逃げ込み、大きな鐘の中へと隠れた。だが、大蛇となった清姫は、その鐘に七重に巻きつくと、口から炎を吐き、鐘もろとも安珍を焼き殺してしまった。そして、清姫自身も、すぐ後を追うように、川に身を投げて命を絶った……」


「えぇーっ! 二人とも、死んじゃうの!?」

アンナが、あんぐりと口を開けて、目を丸くする。

「救いのカケラもない話だな」

兄のラウリが、やれやれと肩をすくめた。

「僕は、絶対にミーナを裏切ったりしないから、安心してくれよ」

父のヨハンが冗談めかして言うと、母のミーナが笑って返した。

「殺されちゃうもんね~」とミーナが笑った。「わたしもまだまだ死にたくないし」

ラウルが「イケメンじゃないから大丈夫だよ」といらんことを言って、ヨハンに睨まれていた。


その軽口に、エリックは静かに微笑むと、物語を締めくくった。

「だが、この伝説は、単なる恋の悲しい物語というだけではない。一つのことに心を囚われる、執着や煩悩の恐ろしさを説く、仏教の教えでもあるんだ。そして、この道成寺の住職が経を読み上げたことによって、二人はその罪から救われ、輪廻転生ののち、成仏したと伝えられている。……日本では、とても有名な話なんだよ」


その後、彼らは光田高校の弓道場へと、静かに足を運んだ。練習は、すでに佳境に入っている。ソフィアは、まだ身体を慣らす段階だと、栞代と並んで、ゴム弓や巻藁で黙々と基本動作を繰り返していた。

一方の杏子は、普段通り、粛々と的前に立っている。


「みてみて、パパ、ママ! 杏子、すごいでしょ!」

アンナが、まるで自分のことのように、家族に胸を張った。「すっごく綺麗で、絶対に外さないんだよっ!」

その言葉通り、杏子の放った矢は、吸い込まれるように的の真ん中を射抜いた。その息を呑むような光景に、ヨハンもミーナも、感嘆のため息を漏らし、エリックは、静かに、そして満足げに頷いた。


公式練習が終わり、部員全員が、ヨハン一家の前に整列する。弓道部からは、ささやかながら、日本での思い出となるような土産物が、一家一人ひとりに手渡された。道場は、国境を越えた、温かい笑い声に包まれた。


やがて、エリックとアンナを残して、家族が帰国の準備へと向かう時が来た。別れ際、アンナは、不思議なくらい、晴れやかな笑顔のままだった。杏子とまた会えた喜びと、これからも一緒にいられるという約束が、彼女の心から、別れの涙の気配をすっかりと消し去っていた。その様子に、ヨハンとミーナは、安堵の表情で、深く胸をなでおろした。


本来ならば、ここからが杏子の本番、自主練習の時間だ。しかし、この日、杏子は、きっぱりと弓を置いた。そして、ソフィアとアンナを伴って、一緒に帰宅すると宣言したのだ。

「な、なんと! 部長が? 練習をさぼる? 人間になろうとしている!」

真映が、芝居がかった声で茶化すと、皆がどっと笑った。


それでも、主が帰るからといって、帰るものは居なかった。栞代は、黙々とゴム弓での基礎練習を続け、一華が、その映像をタブレットで確認しながら、的確なチェックポイントを伝えている。杏子のチェックがない今日の練習では、一華と、そして、まゆが、それぞれの元へ映像を見せて、代わる代わる仲間たちにアドバイスを送っていた。


最後に、一華が、先日の納射会で撮影した杏子の射の映像を、全員に見せる。

そこに映し出された、寸分の狂いもない、静謐を極めた完璧な射の美しさに、部員たちは、改めて感嘆のため息を漏らした。


「……やっぱり、宇宙人健在やったな」

その言葉に、道場にいる誰もが、静かに、そして強く、頷いていた。

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