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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校入学から県大会
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第28話 県大会個人戦

個人戦には、杏子、小鳥遊つぐみ、そして奈流芳瑠月の3人が出場する。予選と準決勝、それぞれ4射中3射以上の成績を収め、全員が決勝へと進んだ。


杏子、つぐみは、予選、準決勝ともに皆中で決勝に進んだ。

そして瑠月は、両方4射中3射という好成績で決勝に進んでいた。


杏子は団体戦の時と同じように、とにかく正しい射型で打つことだけ、をずっと考えていた。いつもと同じように、結果にはこだわらず、おばあちゃんに自分が弓を射っている姿だけを見て欲しくて、弓を引き続けていた。結果はたまたま。そこにこだわったら、射型が崩れてしまう。いつものその思いで、射ち続けていた。


つぐみは対照的に、目標を個人優勝に据え、心の中で闘志を燃やしていた。他校にも素晴らしい打ち手は居る。たしかにみんな素晴らしい。しかし、弓道として自分と違う場所に居る杏子を、最も恐れていた。刻一刻と変わる状況に全く左右されない。他人の動向は全く気にしない。更には、結果にはこだわらないといいつつ、結果を出し続けている。つぐみにとって、杏子は意味が分らない存在だった。全く、不気味としかいいようがなかった。


そしてもう一人、奈流芳瑠月が、地区予選の時の3年生と組んだ団体戦からなにかを掴んだようだった。鳳城高校との練習試合で、いろんな考えが頭に浮かび、気にしすぎてしまい、矢が乱れた。メンタルトレーニングの必要性を誰よりも感じていた。意識的に重点を置いて、通常の力がだせるように、本番で魔法は起きない、けれど、練習の力をそのままだせるように、真剣に取り組んでいた成果を発揮していた。


個人戦は、上位二人が全国大会へ進むことができる。つぐみは、最悪2位でも良い、そう思うことで、少しでも力みを無くそうとしていた。目標はあくまで全国大会、もっと言えば、雲類鷲麗霞を越えることだ。


決勝は一本ずつの競射だ。ここから1射ごとにサドンデス形式で脱落者が出ていく。4射を終えた時点で、光田高校の3人を含む6人が残っていた。


1射ごとに、一人ずつ脱落していった。そして四人になった。


残った四人は、小鳥遊つぐみ、奈流芳瑠月、杏子、そして、日比野希の4人だった。


川嶋女子の日比野希は杏子に似た射をする少女だった。何かにとらわれることなく、ただ矢を放つことに集中するその姿勢は、杏子を彷彿とさせた。そして杏子もそれを強く感じていた。


瑠月は、まさに無心、無欲の快進撃だった。いつもつぐみと杏子の弓を見ている。そこに加わって弓を射てる。そのことだけで、もう十分だった。団体では予備メンバーだし、同じ弓道部の仲間であり、最高の弓士である杏子とつぐみ。彼女たちと同じ的前に立っている。杏子がいつも言っているように、とにかく正しい姿勢で打つことだけ、あとはただ結果なだけ。勝てる、という気持ちがない分、リラックスしていた。


つぐみは、集中力を切らさないようにしていた。杏子はもちろん、今日の瑠月さんは安定している。もう一人の日比野希も、弓にぶれがない。

いつまでこの4人での競射は続くんだろう。いつまでも付き合ってやる。つぐみは闘争心を滲ませながら、弓を引いていた。


4人が互いに正確な射を続ける中、日比野が矢を外した。その瞬間、杏子の心に不思議な動揺が生まれた。自分に似た雰囲気を持つ日比野が外す姿に、これまで考えたことのなかった感情が浮かび上がった。


それでも、なんとか次の一射は的中した。つぐみも瑠月も続く。


弓道は矢を的中させる競技である。自分はそこにはこだわらない。その気持ちでずっと矢を続けてきたが、やはり普通はそこから逃れることはできない。始めて出会った、同じ匂いを感じる日比野希。その同じ匂いを感じる日比野が外した。杏子はこれまで考えたことのなかった感情が浮かび上がった


姿勢のことだけ考えていた杏子だったが、目の前で日比野が外したのを見た時、少し動揺した。これほど無心に射っているように見えた希さんでも、やはり外すときには外すんだ。自分に似た雰囲気を持つ少女が外した。


少し落ち着こうと間を置いた時だった。瑠月のことが頭をよぎった。瑠月さんと一緒にこうして的前に立てて本当に良かった。団体戦じゃないけど、ほんとうに良かった。


瑠月の安定した射に心から安心する一方で、杏子の中に葛藤が芽生えた。


瑠月さん、素晴らしいです。

本当に安定していた。瑠月さんを心から応援していた杏子はほっと安堵した。


その時、杏子の中の葛藤が育ち始めた。


「もし瑠月さんが2位までに残れば、個人と団体で種別は違うが、一緒に全国大会に行けるんだ。瑠月さんが間違いなく全国大会に出場できる。でも、つぐみは優勝を目指している。私の目標は団体戦での優勝。個人戦はそこまで重要じゃないかもしれない……。」


その思いが彼女の中で渦巻く。射型だけを考えてきたはずの杏子が、初めて「結果」に意識を向けてしまった。その瞬間、彼女の中で何かが崩れた。


「でも、つぐみは絶対に優勝を目指している。それはわたしにはどうしようもできない。でもここで、わたしがここで外したら、瑠月さんとつぐみが全国へ行くことになる。でもまさか、意識的に外すなんてできるはずもない。結果は関係ない。それがおばあちゃんから教えて貰ったことだ。」


「わたしの目標は団体戦の金メダル。個人のことはべつにどうでもいい。今、わたしは、いつものようにただ単に弓を射ってるだけ。でも瑠月さんは。」


「づぐみの夢と瑠月さんの夢。わたしは団体戦があればそれでいいんじゃないか。」


そんな思いが駆けめぐっていた。今までに一度もないことだった。いや、きちんと姿勢のことだけを考えて射たなければ。でも、瑠月さんはわたしをいつも守ってくれた。栞代と瑠月さんが居たから、わたしは安心していつも練習できたんだ。そんな瑠月さんを置いて、射ち続けてもいいのか。


今まで姿勢のことしか考えなかった杏子だが、一旦別のことに捕らわれると、もうどうしていいか分らなかった。弓を持つ手が震え、矢をうまく番えることができなかった。だめだ。落ち着こう。あわてないで。

そう思うのとは逆に、手の震えはおさまらなかった。


矢をうまく持つことができない。「落ち着こう」と思えば思うほど、動揺は増していった。審判が時間のかかりすぎを注意し、促すと、場内がざわめいた。


どうしたんだ杏子? 観客席で栞代が心配する。祖父はもう気が気じゃなかった。その中で、祖母は相変わらず穏やかに杏子をただ見つめていた。


次の瞬間──弓道場に軽い音が響いた。杏子の手から矢が落ちたのだ。


場内が氷ついた。

「失」だった。

外れとなる。


まさか杏子が。

言葉を失ったのは、光田高校の生徒だけではなかった。観客席全体が息を呑んだ。今まで完璧な射を見せてきた杏子が「失」となる。その事実は、誰もが信じられなかった。


杏子はその場で頭を下げた。彼女の動きには動揺の色が見えたが、それでも処理は適切だった。姿勢を崩さずに最後まで礼を尽くす彼女の姿に、観客たちの心に静かな感動が広がった。


すぐに栞代は、控室の方に移動した。今まで見たこともない杏子の動揺。心配だった。


杏子の脱落により、残ったのはつぐみと瑠月の2人だった。どちらも全国大会への出場権を手にしてたが、優勝をかけた一騎打ちとなった。


だが、杏子の予想外のミスに、2人とも動揺を隠せなかった。つぐみは「杏子が矢を落とすなんて……」と信じられない気持ちを引きずり、瑠月もまた、「杏子ちゃんにいったい何が起こったのか」と自分のことより、杏子のことが心配だった。二人の動揺は大きかった。


しかし、結局はつぐみの方のショックが大きかったのか、メンタルトレーニングの成果が瑠月の方が大きかったのか。単純に、つぐみのあとに射つ瑠月に、ほんの少しではあるが、時間という味方が居たのか、つぐみが外したことが逆に、瑠月に落ち着きを取り戻していたのか。。


「練習通りに。いつも通りに。」


その言葉を自分に言い聞かせ、丁寧に矢を放つ。矢は見事に的中した。


「個人戦優勝者──奈流芳瑠月!」


審判の声が響き渡ると、観客席から拍手が巻き起こった。瑠月は驚いた表情で、周囲を見回す。そして、ゆっくりと深く頭を下げた。


つぐみは、競射でかろうじて、2位を確保した。薄氷の決着だった。


控室に戻ってきた瑠月を迎えた杏子は立ち上がり、笑顔を見せた。「瑠月さん、おめでとう。」その言葉には、もういつもの杏子に戻っていた。


つぐみは悔しさを隠しきれない表情だった。そして杏子に、


「いったい、何があったんだよ。」と詰め寄るが、栞代が間に入った。


「まあ、今日はもういいじゃないか。つぐみも素晴らしかったよ。」


正直、まさか瑠月さんに遅れをとるとは。状況に左右されずにきちんと向かい合わなければ。全国に向けて、いい教訓を得たんだ。つぐみは、自負する前向きさと切り替えの早さを見せ、こちらもいつものつぐみに戻った。


栞代はずっと杏子に寄り添っていた。杏子自身、自分をどうあつかっていいのか分らなかった。


おばあちゃんに会いたいな。おじいちゃんと話したいな。


ぽつりと呟く杏子に、栞代は、


すぐに会えるよ。


そう応えて、杏子の肩を抱いた。






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