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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
278/433

第278話 『川の字のぬくもり』

アンナが名残惜しそうに手を振り、画面から姿を消すと、ビデオ通話の向こう側にはソフィア一人の、穏やかな表情が残された。杏子は、今日の納射会の結果を彼女に報告する。グループLINEや一華の送った動画で、ソフィアはすでにその様子を知っていたが、それでも「あなたの射は、本当に綺麗だったわ。あの白の衣装も、まるで雪の精のようだった」と、心からの賞賛を贈ってくれた。その言葉に、杏子はただただ照れて、マグカップの温もりに指先を逃がすことしかできない。


やがて、ソフィアは少しだけ真面目な顔になり、窓の外に広がる京都の夜景に目を細めた。

「……Kyoko。私たちは今日、清水寺に行ったの。雪こそなかったけれど、冬の澄んだ空気の中で見る舞台は、息を呑むほどに綺麗だったわ」

「わあ……いいなあ」

ソフィアが送ってくれた動画に映る、荘厳な寺社の姿に、杏子の瞳が輝く。


ソフィアは、続ける。

「そのあと嵐山に移動して、渡月橋を渡ったの。竹林の道も歩いたわ。……観光客で賑わってはいたけれど、それでも、あの静けさは特別だった。家族で過ごす冬の京都は、やっぱり、いいものね」


その言葉の端々に、どこか郷愁に似た響きが混じっていた。画面の奥、ホテルの柔らかな照明に照らされているソフィアの横顔を見ながら、杏子はふと思う。

──国も、育った文化も違う。けれど、どうしてだろう。ソフィアのおじい様のエリックさんと、うちにいるこのおじいちゃんは……なんだか、とてもよく似ている。


ちょっと一人が苦手で、孫に大甘。


その思索を断ち切るように、祖父がまたひょっこりと画面に顔を近づけてきた。

「ソフィアさん。わしはな、毎晩みかんを三つは食べる。いや、五つは食べるかな。いやいや十……」

「おじいちゃん、もう!」

杏子が慌てて制したが、ソフィアは声を立てて笑った。


「……ふふっ。うちのおじいちゃんも、そうなの。果物は、一度食べ始めると止まらなくなるって。フィンランドでは珍しいからか、日本に来てから、みかんが大好きになったみたい」

「でも、エリックさんはコーヒー党なんでしょう?」

「そうそう。それで、杏子のおじいちゃんは紅茶党」

「やっぱり、二人が会ったら、なんだか危険な香りがするわね」


ソフィアも杏子も、思わず顔を見合わせて笑い合った。遠く離れた国で育った二人の祖父。その愛すべき頑固さや、孫娘に向ける不器用な愛情が、不思議なほどによく似ている。その奇妙な偶然が、二人の心をじんわりと温めた。


通話を切った後は、もう夜もすっかり更けていた。

祖父は「さて、ババ抜きの続きでもやるか?」とまだ遊び足りないように目を輝かせていたが、祖母がそれをやわらかく制した。

「もう、そろそろ寝る時間ですよ。杏子ちゃんは、明日も道場でしょう」

「……むぅ。そうか。じゃあ、寝るか」


しぶしぶと立ち上がった祖父だったが、布団を敷き始めると、何かを思いついたように、再びその目を輝かせた。

「よし、決めた! 今夜は、久しぶりに三人で川の字で寝ようっ! わしは真ん中がええ! 両手に花で寝たいんじゃ!」


その、子どものような駄々に、杏子は呆れ笑いを浮かべながら首をかしげた。

「昔は、いっつも私が真ん中だったじゃない」

祖母は、手際よく布団を整えつつ、懐かしむように目を細める。

「あなたが幼稚園の頃なんて、毎晩おじいちゃんを枕にして寝ていたのよ。腕だけじゃなくて、足にも腰にも。枕としては高すぎるんじゃないかって心配したものよ。それに、幼稚園のお泊まりの時はどうなるかと思ったわ。おじいちゃんが隣にいなきゃ、眠れない子だったからねえ」

「それ、何度も聞かされたけど……ほんとの話なの?」

杏子は、頬を微かに赤らめた。

「ほんとよ。あなたのお父さんも、そうだったわ。私は重たくて大変だったけど、おじいちゃんは、それが嬉しくてたまらないみたいで……」


祖父はその言葉に「ふむふむ」と満足げに頷き、にこにこと笑っている。その瞳の奥には、過ぎ去った日々を愛おしむ、優しい光が宿っていた。

杏子は、しばらく黙って何かを考えると、やがて小さく笑った。

「……じゃあ、今夜だけは特別に。おじいちゃんの希望、叶えてあげる」


結局、その夜の川の字の真ん中は、祖父の場所になった。

両端に祖母と杏子が並んで横になる。布団に入ると、三人の穏やかな呼吸が重なり合い、部屋の空気が、まるで昔に戻ったかのような、温かい密度で満たされていくようだった。


「やっぱり、三人だと……なんか、安心する」

杏子が、天井の木目をぼんやりと見上げながら呟く。

「そうね」と、祖母が微笑む気配がした。

「わしは、毎日でもええぞ」と、祖父が満足そうに鼻を鳴らした。


こたつの残り香が、まだ部屋にかすかに漂っている。

その懐かしい温もりの中で目を閉じた杏子の心に、ふと、次の一日のことが浮かんだ。

「……明日も、道場かあ」

ぽそりと漏れた呟きに、祖母が布団の中から、静かに答える。

「みんな、大変ね。きっと、練習がお休みの日でも、杏子ちゃんは絶対に休まないって、みんな知っているんでしょうね。それならって、きっと学校での練習にしてくれたのよ」


その言葉に、杏子は小さく笑い、布団の中で少しだけ体を丸めた。遠い未来のことは、まだ分からない。けれど、明日という一日が、もうすぐそこまで来ている。その確かな予感だけが、胸の中にある。


静かな夜の気配の中、三人の描く川の字は、少しだけ不格好で、けれど、この世で一番あたたかい形をしていた。


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