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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
274/433

第274話 納射会

冬の低い太陽が、アスファルトを白っぽく照らし出す朝。光田高校の校門前に停められたバスは、これから始まる特別な一日への期待を乗せて、静かに出発の時を待っていた。


乗り込んだ部員たちの間には、遠足前の子どものような、弾むような高揚感が満ちている。その空気を引き締めるように、前方の座席から拓哉コーチの冷静な声が響いた。

「今日は納射会、一年の締めくくりだ。そして、我々が向かうのはライバル校の川嶋女子だ。全員、光田高校の代表であるという自覚を持って、行儀よくしてくれよな」


その静粛も、一瞬だった。

「まあ、真映が昨日、杏子のおじいちゃんに完膚なきまでに叩きのめされたらしいですから、今日は大丈夫でしょう」

あかねがコーチに応えるやいなや、後方の席から声が飛んだ。

「あかねさんっ! わたしの精神力を、切り換え能力の早さを甘く見てもらっては困りますよ! おじいちゃんさえ側に居なければ問題ないっ!」

「ああ、そうだった。忘れてたよ、お前のそのタフさを」

あかねが大げさに嘆くと、バスの中はどっと笑いに包まれた。


コーチは、その賑やかさを許すように小さく口元を緩めると、もう一つの連絡事項を告げた。

「それから、今日の服装についてだ。高校総体で揃えた弓道着に加えて、今日のために特別に、鉢巻きと髪飾りを用意してある。公式戦では絶対に認められないが、今日は川嶋の香坂監督と打ち合わせて許可を取ってある」


その言葉に、バス内の空気が一変した。女子部員たちから、きゃあ、と歓声が上がる。普段、厳格な武道の礼節に身を包む彼女たちにとって、髪飾り一つでも「おしゃれができる」という些細な許可は、何より心をときめかせる魔法の言葉だった。


バスは、見慣れた街並みを抜け、川嶋女子校へと向かう。窓の外の冬景色のように、部員たちの心も、澄み渡るような期待に満ちていた。


川嶋女子の弓道場は、光田のそれとはまた違う、歴史と伝統の重みが感じられる場所だった。人数の多さも、伝統校としての風格を物語っている。その部員たちを代表して、部長の前田霞が、杏子たちを穏やかな笑顔で出迎えた。顔なじみの二年生たちが、言葉少なに行き交う挨拶。それは、静かな火花が散る、ライバル同士の再会の儀式だった。



打ち合わせ、着替え、準備。全てが整い、いよいよ合同納射会が始まる。

朝の冬空の下、特別に装われた射場の前には、両校の部員たちが整列し、肌を刺すような、それでいて心地よい緊張感が満ちていた。


開会の義。

その大役を務めるために、二人の射手が静かに歩み出た。川嶋女子部長、前田霞。そして、光田高校の、雲英(きらら)まゆ。


まゆは、今日この日のために、一切車椅子を使わないと決めていた。右側には今は裏方に徹している栞代が、左側には杏子が、まるで彼女を守る双子の守護神のように寄り添っている。


白鳥の翼のように美しいが、内に秘めた気持ちが、仁王像、阿吽(あうん)像を思い起こさせる。


物事の始まりを意味し、怒りをむき出しにして邪悪なものを威嚇する阿形あぎょう像。

物事の終わりを意味し、怒りを内に秘めた吽形(うんぎょう)像。


さらにその装いは、普段の試合着とは全く違う、神聖ささえ感じさせるものだった。深い白の道着に、雪のように純白な袴。肩には、冬の陽光を柔らかく弾く白羽織がかけられている。高く結い上げた髪の根元には、揃いの小さな白い房飾りが揺れ、その一振りごとに、朝の光を微かに反射させてきらめいた。


川嶋女子に向って一礼。そして、光田高校のメンバーに。

白羽織をゆっくりと受け持つ栞代。


「……なんか、神社の、ご神事みたい」

最前列で見ていた楓は、そっと胸に手を当てて呟く。

「うん……確かに、これは映える……」

隣の真映も神妙な顔で頷いたが、すぐに口角が上がった。

「でも、見てよ。まゆさん、めっちゃ綺麗。しかも、その両脇を従えてるのは、栞代さんと我らが部長だよ? 映えるわ〜。一華、ちゃんとビデオ撮ってるかな?」

小声でぼやくと、楓が肘でそっと小突いた。


一揖二礼二拍手一礼一揖。


場内が静まり返る。一歩、また一歩と、三人は的前に向かって進んでいく。杏子はまゆの手をしっかりと握り、栞代は彼女の僅かな身体の揺れも見逃さないよう、鋭くも温かい眼差しを送る。板張りを踏みしめる三人の足音だけが、凛とした空気に吸い込まれていった。


「……すご……」

楓が、吐息と共に言葉を漏らす。

真映も「映画のワンシーンかよ」と呟いた。


一礼。そして的前に着くと、栞代が一歩下がり、まゆが腰掛けるための椅子を静かに整える。杏子は、その肘を優しく支え、前田と息を合わせ、弓を立て、一礼する。


そしてゆっくりと座らせた。その一連の流れるような動きには、彼女たち三人の、いや、光田高校弓道部員全員の、言葉にならない信頼と絆が滲み出ていた。


張り詰めた空気の中、まゆの吐く息が、白い軌跡を描いて冬空に溶ける。

弓を引き絞る瞬間、袖口から覗くその手首は、力強く、そして美しく震えていた。


前田が、まゆの呼吸に完璧に合わせる。二人の矢がほぼ同時に放たれ、冬空を裂く。

矢が放たれる瞬間、冬の陽光が矢羽を照らし、そのまま的に吸い込まれていった。


「……綺麗」

楓は、潤んだ瞳でその光景を見つめていた。

真映は小声で、「この場で二本同時射ちをやったら、マジで新たな伝説だったな」とぼやき、すかさず楓に脇腹を小突かれた。

急ごしらえの観客席から、割れんばかりの拍手が起こる。その一角で、杏子の祖父が目頭を押さえるのを、祖母が優しくタオルで拭ってやっていた。



感動の余韻が残る中、試合に向う。

試合は、5人での団体戦。光田が一チーム、川嶋が三チームでの団体戦。演舞を務めたまゆと杏子が抜けた光田の布陣は、あかね、つばめ、真映、楓、そして紬。川嶋女子も前田は抜けているようだ。


あかね  ×〇〇×

つばめ  ××〇×

真映   〇×〇×

楓    〇〇〇〇

紬    〇〇〇〇


結果は、13中。

スランプに苦しむつばめが1中に終わるも、あかねと真映が手堅く2中ずつを決め、チームを支える。そして、昨日の動揺が嘘のように、楓が皆中。大前の紬も、その期待に完璧に応え、皆中。一人の不調を、全員でカバーする。

いや、その分、普段の実力以上の力を発揮する。それこそが、光田高校の強さだ。その姿を何度も見てきた一華が黙って頷く。


対する川嶋女子は、Aチームが13中、Bチームが11中、Cチームが10中。

光田と川嶋Aチームが、同じ本数で並んだ。


事前の打ち合わせでは、もし同数になった場合は、そのまま引き分けとすることで決着していた。しかし。


「……もう一回、やらせてください」

「決めたいです」


どちらからともなく、声が上がる。

親善試合とはいえ、ライバル関係。年末最後の試合に勝って締めくくりたい。気持ちは同じだった。


それは敵意ではない。年末最後のこの一戦を、最高のライバルと、最後まで戦い抜いて勝ちたい。その純粋で熱い想いは、両校の部員たち、全員が共有するものだった。

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