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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
264/432

第264話 師走の約束

光田高校弓道部の練習には、公式と自主の間に明確な境界線が存在しない。時間で区切られた公式練習が終わっても、誰一人として帰ろうとはせず、事実上、全員が参加するため公式練習と自主練習の区別など意味をなさないのだ。


道場には同じだけの人数が残り、同じように静かな熱気が満ちている。それは強制されたものではなく、ただ、弓を引きたい、仲間と共にありたいという純粋な想いが、部員たちをこの場所に繋ぎとめているだけのことだった。事実上、全員参加の自主練習。その成熟した一体感は、このチームが持つ一種の矜持でもあった。


それでも形式上の区切りは存在する。公式練習の終わりを告げる号令が静かに響き渡り、部員たちが弓を片付け、道具を整理している中、拓哉コーチが静かに手を上げた。


「みんな、少しいいか。お知らせがある」


コーチの声に、ざわめいていた部員たちの動きが止まった。師走の陽射しが差し込む道場で、少女たちがコーチを囲む。全員の視線が、コーチの手元にあるホワイトボードへと注がれる。乾いたマーカーのペン先がボードを擦る、きゅ、きゅ、という小さな音が、やけに大きく聞こえた。


『納射会のお知らせ』

その文字に、道場の空気が微かに揺れる。


「明後日、川嶋女子校と合同で、納射会を行うことになった」


川嶋女子。その名が出た瞬間、部員たちの間に微妙な緊張が走り、視線を交わした。同地区最大のライバル。年の瀬を締めくくる儀式的な響きを持つ「納射会」という言葉が、ライバル校の名と結びついたことで、一気に勝負の匂いを帯び始める。


全国大会へと続く道は、県でただ一つしか拓かれていないのだ。その道を、どちらが切り開くのか。彼女たちとの間に、見えない一本の弦を常に張り渡している。


コーチは淡々と説明を続けた。当日の朝、いつもの練習開始時刻にここに集合し、全員で川嶋女子校へ向かうこと。試合形式の立ち合いもあれば、様々な形式で部員全員が弓を引く機会が設けられること。そして、会の終わりには、簡単な親睦会が予定されていること。


「見学も可能だから、ご家族にも声をかけて予定が空いていれば、是非見て貰うように。ただ、親睦会が予定されてるから、一緒に帰ることは出来ないから」


連絡が終わっても、道場はしばらく静寂に包まれていた。川嶋女子。彼女たちは、地区大会、県大会、そしてブロック大会と、常に互いの前に立ちはだかり、鎬を削ってきた。確かに険悪というわけではない。むしろ友好的と言えるかもしれない。お互いを尊敬し、礼儀を尽くし、最高の状態で勝負しようという誇りが互いにある。


事実、夏の県大会前に、調子が出なかった時に、助けてもらったりもしている。

互いの実力を認め、礼を尽くし、最高の状態で勝負することを喜びとする、清々しいまでの好敵手といえた。


夏の記憶が、不意に胸をよぎる。あのブロック大会で、光田高校は、川嶋女子に敗れた。杏子という絶対的なエースを擁しながら、敗れたのだ。


勝者となった川嶋のエース、日比野希は、その後の全国高校総体で個人銀メダルという快挙を成し遂げた。彼女と杏子の間には、ライバルという言葉だけでは到底表しきれない、深く静かな友情がある。日比野さんを心から尊敬し、追いかける前田霞さんとも、わたしたちは良きライバルとして互いを高め合ってきた。


日比野と杏子の間で行われたメダル交換は、両校にとっての伝説となっている。


だから、これはただの親睦会ではない。今年を締めくくる、静かだが、激しい意地のぶつかりあいなのだ。


昼食のために部室に集まると、堰を切ったように納射会の話題で持ちきりになった。それぞれの弁当箱を開ける軽やかな音に混じって、期待と不安が入り混じった声が飛び交う。


「まさか、この時期に川嶋とやるとは」

「親睦会って、何するんだろうね」


そんな会話の合間に、誰かが夏の高校総体の話を持ち出した。あの夏、杏子は諸事情により、予選を皆中で通過しながら、その後の試合を棄権した。その杏子の無念を晴らすかのように、日比野さんが勝ち進み、掴み取った銀メダル。


「日比野さん、その銀メダル、杏子に渡したんだよね」

「あれ、めちゃくちゃ感動したな~。わたし、泣いたもん」

「そもそも、ブロック大会で老夫婦助けて個人戦に出場できなかった日比野さんに、杏子が金メダル渡したんだよね。預けますって。感謝しますって。あの時もわたし、泣いたよ~」

「そのお返しだったんだよね。いい話だよね~」


それは、光田の部員たちにとっても、悔しさ以上に誇らしい、大切な思い出として心に刻まれている。


「そうそう」と杏子が切り出した。「今日、ソフィアの家に寄るから、練習はちょっと早めに切り上げようと思う」

日常の約束事が、非日常の話題の中に差し込まれる。


午後の自主練習は、いつもより少しだけ早く切り上げられた。と言っても、単に杏子が弓を置いたからだ。彼女が練習を終えると、まるでそれが合図であるかのように、他の部員たちも自然と片付けを始める。このチームの北極星は、いつだって杏子なのだ。皆、彼女という不動の星を見て、自分の現在地を確認する。


「いや、まだ時間早いし、別に残って練習してもいいんだぞ? そんなに杏子と一緒にいたいのか、お前らは。ま、かくいうわたしも帰るんだけど」


呆れたように言うあかねに、後輩たちは悪びれもせずに開き直った。

「倒すべき相手が目の前にいなければ、面白くありませんから」と真映が悪戯っぽく笑う。

「部長のチェックがないと、なんだか不安なんです」と楓が素直に言った。

現在スランプに陥っているつばめは、何も言わずに俯いている。その沈黙が、かえって彼女の切実な想いを物語っていた。そして一華は、自分のスマートフォンを一瞥すると、こともなげに告げた。

「以上の観測結果より、わたしがここに残る合理的な理由はありません」


そのやり取りに、道場にはまた穏やかな笑いが戻ってきた。


夕暮れが街を茜色に染め上げる頃、杏子と栞代、そして紬の三人は、ソフィアの祖父母が暮らす家の前に立っていた。北欧風の、シンプルで温かみのあるデザインの家だ。インターホンを押すと、少しの間を置いて、驚いたような顔をした祖父のエリックが出迎えてくれた。


「やあ、君たちは……」

「突然すみません。ソフィアに、サプライズで訪問してほしいと頼まれたんです」


杏子がそう言うと、エリックさんは目を丸くした後、すぐに破顔した。

「そうか、あのいたずらっ子が! まあ、入りなさい」


祖母のリーサも奥から現れ、エプロンを外しながら微笑んだ。「まあ、ようこそ。ちょうどおじいさんがコーヒーを淹れたところなの。わたしのお菓子にあわせてね」


家の中に招き入れられると、淹れたてのコーヒーの香ばしい香りがふわりと鼻をかすめた。そして、その香りと共に、リビングの奥から一頭の犬が、すごい勢いで駆け寄ってきた。フィンランドからやってきたソフィア家の愛犬ピルッカだ。旅行に連れて行ってもらえず、少し拗ねていたと聞いていたが、杏子の姿を認めるやいなや、尻尾をちぎれんばかりに振ってその足元にまとわりつく。その純粋な喜びの表現に、三人の頬も自然と緩んだ。


祖母のリーサが作ってくれたお菓子はエリックのコーヒーと素晴らしいハーモニーを奏でている。エリックが淹れてくれたコーヒーの芳醇な香りが部屋に広がる。フィンランド式の濃いコーヒーは、日本の高校生には少し苦かったが、その温かさが心を和ませてくれた。深く、豊かな酸味のある、北欧の森を思わせる味だった。


明後日の、納射会の話をすると、是非見に行きたい、とのことだった。窓から差し込む西日が、リビングの白い壁をオレンジ色に染めている。

ピルッカの柔らかい毛を撫でながら、三人はピルッカと遊んだ。小さな体で一生懸命に遊ぼうとする犬の姿は、三人の心を癒してくれる。


陽が傾き始める。

「それじゃあ、そろそろ」


「また来てください」エリックが手を振る。

「ピルッカも寂しがりますから」リーサが付け加える。


「はい、必ず。またサプライズで」杏子はピルッカに向かって、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。明日も来る予定の杏子の瞳にはプレゼントの中身を知っている子どものような、きらきらとした悪戯心が宿っていた。高校生らしからぬ、あどけない表情で、相手の驚く顔を想像してわくわくしているのが手に取るようにわかる。

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