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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
256/432

第256話 紬の決意と覚悟

暖炉の火がぱちぱちと音を立て、ソフィアの家のリビングを柔らかな光と暖かさで満たしている。その喧騒の中心にいるのは、紛れもなく杏子だった。


「杏子さん、もう一度弓の構えを見せて!」

アンナの無邪気な頼みに、杏子は少し困ったような笑顔を浮かべながらも、立ち上がって射法八節の足踏みから胴造りまでをゆっくりと再現してみせる。その瞬間、リビング全体が見惚れるような静寂に包まれた。


エリックが小さくため息をついた。

「美しい……まさに動く芸術だ。」


祖母のリーサも手を胸に当てて頷く。

「こんなに美しいものが、この世にあったのね。」


父のヨハンは、理知的な表情のまま真剣に見つめ、「バランスと力学の完璧な調和だ」と感嘆の声を漏らした。母のミーナは芸術家らしく「魂が震える」と目を潤ませている。


そして弟のラウリは、いつの間にか携帯ゲーム機で弓を射るゲームを始めており、「杏子さんみたいに的を射抜きたい」と呟いている。


足元では、ピルッカが杏子の足にぴったりと寄り添い、まるで「この人を離すものか」とでも言うように、丸くなって眠り始めていた。


この光景を見ていた紬の胸に、静かな衝撃が走った。


――なんて素直なんだろう。


杏子の美しさに感動したら、そのまま「美しい」と言葉にする。

魅力を感じたら、迷わずその人に近づく。

気持ちが変わったら、躊躇なくその変化を受け入れる。


リビングでは、ソフィアの妹のアンナが杏子の腕にぴったりと絡みつき、「Kyoko on minun oma!(杏子は私のもの!)」と宣言しては、ソフィアと小さな言い争いを繰り広げている。

たった数時間前まで、杏子を姉を奪った存在として憎んでいたとは到底思えない、その感情の爆発。今では完全に杏子の虜になり、それを恥ずかしがることもなく堂々と表現している。


少し離れた場所では、祖父のエリックと父のヨハンが、弟のラウリを巻き込んで弓のジェスチャーゲームに興じている。「こう引いて……」「いや、もっとこうだ!」と笑い声が絶えない。

誰もが、自分の感情を隠さない。好き、楽しい、嬉しい。その気持ちを、何のてらいもなく、素直に表現している。


――私には、それができない。


紬は自分の胸に手を当てた。杏子への尊敬、栞代への友情、ソフィアとの絆――すべて確かに感じているのに、いつも一歩引いてしまう。「それは私の課題ではありません」という言葉で、自分を守ろうとしてしまう。


でも本当は、杏子のように強くなりたい。栞代のように真っすぐでありたい。ソフィアともっと深く語り合いたい。そして……今回の選抜大会で、心から「勝ちたい」と思った自分がいた。


――気持ちを表に出すことを、私は恐れている。


紬は思う。今まで、人と深く関わることを避けてきた。人が怖かった。傷つくことから自分を守るため、「それはわたしの課題ではありません」という言葉を鎧のように身につけてきた。一人で完結できるからと選んだ弓道。


だが、光田高校の弓道部で出会った杏子と栞代は、そんな自分の殻をこじ開けようとしてきた。杏子は「紬もおいで」と当たり前のように家に招き、杏子の祖父母は本当の孫のように接してくれた。


栞代は、自分が壁を作ろうとするたびに、そのお守りの言葉を「出た、紬の十八番!」とギャグにして、笑いの輪の中に引きずり込んだ。

そして、ソフィア。フィンランドからやってきた彼女は、アニメという共通言語で、紬が自分でも気づかなかった心の扉をノックし続けてくれた。


支えたい。勝ちたい。喜んでほしい。

選抜大会では、たくさんの「初めて」の感情を抱いて弓を引いた。それでも、最後の最後で、まだどこか一線を引こうとする自分がいた。栞代のように、感情をむき出しにして杏子を支える強さに、心の底で憧れながら。


(あの強さが、ほんの少しでもいい。わたしにあれば……)


その時、紬は目の前の光景に、はっと息をのんだ。

憎しみから愛情へ。アンナは自分の気持ちが180度変わったことを、恥じるどころか、むしろ誇るように全身で表現している。

弓の魅力に気づいた家族は、子供のように夢中になってその真似事を始める。

「好き」という気持ちに、理由も計算も、ためらいもない。


そうだ。わたしが自分に課していたのは、「揺るがないこと」という名の枷だった。感情を表に出さないこと、距離を保つこと。でも、彼らは違う。揺らぎ、変化し、その時々の感情に素直でいること、それを全力で肯定している。そのしなやかさこそが、本当の強さなのかもしれない。


この殻を破ることこそが、わたしの弓を、次の段階へ進める鍵なのだ。


(わたしにも…気持ちを放つ瞬間が、あっていいのかもしれない。

弓を引くとき、もっと誰かのために…自分のために…気持ちが乗っていい)

紬はふと、栞代の視線を見た。

(彼女は…気持ちの強さを武器にしているんだ)


紬は、窓の外の風景を見ながら静かに言葉をつぶやいた。

「気持ちの強さ…わたしに似合うのか、わからない。でも、やらないよりは、やってみたい」

言いきった言葉が、自分の心の中に、小さな灯をともす。


この夜、ソフィア一家の素直な気持ち、アンナの素直さ。

紬にとって初めて「感情=武器」に変える予感となった。


ここから、紬は「無表情からの脱却」「気持ちを矢に乗せる方法」を自分なりに模索し始める。

その覚悟が、やがてチームの“新たな可能性”を切り開くことに繋っていくことになるのだった。



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