表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
252/432

第252話 始動

弓道場に、冬の冷たい空気が漂っていた。

昨日、あれだけ熱かった歓声も拍手も、まるで夢の中の出来事のように遠く感じる。

光田高校弓道部の朝は、いつも通りに始まっていた。


「準優勝、おめでとっ!」


弓道場に入った瞬間、男子部員たちの声が飛ぶ。

声を張っているのに、少し照れくさそうなその表情が可笑しい。


杏子は、少しだけ頬を赤らめて、小さく「ありがとう」と返す。

隣に居た栞代は。軽く会釈しながらも、心の内では少し揺れていた。最後の射で的を外してしまったことが、思いのほか自分を苛んでいる。


体力、精神力が続かず、技術的に足りなかった今までの結果とは違い、大会を通じて不調から立ち直り、そして確かなものを掴んだと思った試合だった。


そして今までとは違う自信を掴み、それが僅かに行き過ぎ過信になった。その気持ちの流れが、いろんなことを考えさせていた。


悔しさがじわりと胸に広がる。そんな自分を認めつつも、「もっと強くなりたい」との思いが膨らんでいる。そして、そのためにはどうすればいいのか。どうするべきなのか。ぼんやりと思うところはあったが、その一歩を踏み出す勇気が、まだ少し出せずにいた。


紬はというと、いつものように無表情で、黙々と弓の準備を進めている。状況に左右されない、まわりに流されない、ということが紬の強みであったが、その冷静さの裏には常に自分自身との静かな戦いがあった。

距離を詰めることへの恐れがあった。自分を守るために、紬はその感情を表に出さず、一歩引いたところで自分を守っていた。


今まではそれで良かった。その距離が自分の居場所だった。けれど今のままでは届かない場所があった。


今まではそのことに対しても、特に思うことも無かった。


けれど。届かなかった紙一重の距離を、今、乗り越えたいと思っていた。そのために必要な少しの勇気が、必要だった。


あかねも、まゆも、光田高校弓道部の最高の姿が、それでも届かなかったことに、複雑な思いを拭いきれなかった。


「じゃ、はじめよっか。」

全員揃ったことを確認し、ストレッチが始まる。杏子のいつもと変わらぬ声に、周囲の空気がすこしだけ動いた。

杏子はどう思っているのかな。

初めて万全な体制で挑戦した夢への思い。

まるでいつもと変わらない。

今日の練習も、大会直前の追い込みから、平常の練習の雰囲気に戻ってる。


そんないつもの雰囲気を、真映が一人でちらかすこともまた、いつものことだった。

「ちょっと待って! 大会の翌日に通常練習!? おかしいやん!」

真映が唐突に叫んだ。

「うち、試合出てへんけど、応援で体力使い果たしてんで! 声もカラッカラやし!今日ぐらい、のんびりやろうよ~、部長~。遊びたい~。花の女子高生がクリスマス犠牲にしたのに~」


すかさず、あかねが突っ込む。

「あんた、弓道の応援は声だしたらあかんねん。いつ声出ててん。なにがカラッカラや。それ、応援ちゃうやん。焼肉パーティーで叫び倒してただけやろ!」


「いや、焼肉も集中力が必要なスポーツやから…ちゃんとそこでは優勝したし・・・」

杏子は横で聞きながら、真映、優勝したんだあ、と呑気な感想を抱いていた。


「どんなスポーツやねん。どこで優劣決めんねんっ。どーせあんたが勝手に言うてるだけやろ」

あかねが呆れる。

きっと、かぐやさんと詩織さんと、またやりあったんだろうなあ。


「冴子部長呼ぼか?」

そればかりは、と真映も大人しくなる。冴子が特別厳しい訳ではないが、完全放任の杏子に比べたら、やはり厳しいという刷り込みがあるのだろう。


それでも、場は笑いで緩みつつ、すぐにいつも通りの空気に戻っていく。

基礎練習はまだしも、的前に杏子が立つと、とたんに道場の空気が変わる。

構えに迷いがない。淡々と、呼吸を整え放たれる一本。

その姿に、部員は圧倒され、立ち上がる。


「……いつもほんま綺麗やなあ」

と、ぽつりと楓が言った。

その言葉に導かれるように、一年生たちも自然と手を止め、杏子の立ち姿に見入った。静けさの中に凛と澄んだ気配が満ちる。

やがて誰からともなく、弓に向き直り、背筋を正す。

――あんなふうに射ちたい。

その思いが波のように広がり、いつしか全員の動きが引き締まりはじめる。

笑い声は収まり、矢をつがえる手つきさえ丁寧になる。教えられたこと一つ一つを反芻し、目の前の一射に全力を注ごうと、無言のうちに気合がみなぎっていった。


2年生も例外ではない。

ただ、弓を引く理由はそれぞれ違う。

悔しさのため。誇りのため。勝利のため。あの笑顔を守るため。

どんな理由であろうとも、引くという行為は、全員を一つにする。

そしてその中心には、やはり、杏子の背中があった。


静かな音を立てて、矢が的に突き刺さる。そのひとつひとつが、言葉にならない決意の現れでもあった。


杏子は何も言わない。言葉がなくとも、その姿勢で道場の空気を変えていく。

誰もが敗北の痛みを胸に刻みながらも、今はただ、目の前の一矢に集中する。その沈黙の奥底に、頂きを目指す覚悟が潜んでいることを、全員が共有していた。


ひとつの的に矢が重なるたびに、静寂はさらに深まる。そこにあるのは、言葉を超えた絆と、確かな未来への決意だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ