第248話 焼肉パーティー その1
焼肉屋の暖簾をくぐったのは、真映が一番乗りだった。
「はよっ! ほら、ここ、ここが部長の席やからっ!」
店員さんも引き気味に笑うぐらいの勢いで、真映は中央の一番いいテーブル席を確保して、紙ナプキンで「部長席」と書いて置いていた。
「うちらで一番えらいのは杏子部長なん。店員さん、よろしくお願いします。!」
まだ誰も来てないのに、すでにテーブルの上のタレの小皿の位置を何度も微調整している。
数分後、紬と栞代が到着。
「真映……早すぎやろ。」
「いや、あのかぐやさんは油断できませんからねえ。おまけに鳳城の詩織さんも。それに比べてうちの部長はぼんやりさんやから、うちがちゃんと席取っといたらんと。栞代さんと紬さんは部長と同じテープルなので、お願いします。あと、ソフィアさん、あかねさん、まゆさん、が同じテーブルです!」
紬は無言で冷静におしぼりを配り、栞代は「……まあええけど」と苦笑しながら、メニューを覗き込む。
そこへ、つばめと一華と楓の一年生組もぞろぞろやって来る。
「あ、真映、なんかもう配置決めてる……」
「当たり前やろ! 戦いやぞ! 座席戦争や!負けてられん」
「……なんや、楽しそうやねえ」
そこに、少し遅れて、杏子が祖父母を伴って入ってくる。
「わぁ……広い……!」
真映が立ち上がって、声を張り上げる。
「部長! こちらです! ここ座ってください!」
祖父は苦笑いしつつも、「ほら、杏子、座りぃ」と優しく背中を押す。祖母は「なんだか楽しそうねぇ」と目を細めた。
「今日は弓道部のメンバーとたっぷり楽しみや」祖父はそういうと、祖母と端の席に向った。
やがて、鳴弦館の一団が現れる。篠宮かぐやが入ってきた瞬間、店内の空気が数度上がった気がした。
「……あっちが上席やろが。」
「いや、これは光田高校の部長様席やから!」真映が即座に返す。
「しゃあねぇ、まぁええど。」かぐやは頷きつつも、なぜかドスを利かせた目つきで焼肉台を確認していた。
さらに遅れて鳳城高校。麗霞が店に入ってきた瞬間、まるで後光が差したような雰囲気に、店員が二度見する。
「麗霞さん、こっちです!」真映が叫ぶと、横に居た詩織が、
「麗霞がわざわざ来てくれたんだよ? ありがたく思わんと〜」と話すと、麗霞が微笑んだ。
最後に厳敷高校メンバーと、つぐみが入ってきて、いよいよ満席状態。
「わあ……ほんとに来たんだ、全員。」つぐみは目を丸くし、
「つぐみさん、みんなうちの魅力で来たけい!」真映は得意げ。
「いや、杏子に会いたかったと思うけど・・・・幸せやねえ」とつぐみは呟く。
それぞれが荷物を置き、席を整える。
真映が挨拶する。
「みなさん、選抜大会、おつかれさまでした。それでは、夏の高校総体の優勝祝賀会を行います。本当はわが光田高校の優勝祝賀会なんですが、まあ、各自それぞれ、自分の高校の優勝祝賀会と思って楽しんでくださいっ」
「おお、真映、えらい大人になったやん」
変なことを言えば、すぐに退場させようと後で見守っていた冴子が感心する。
「冴子部長は怒らせたら、廊下に立たされそうやもん」
もう試合の緊張感なんてどこにもない、でも不思議とチームを超えた連帯感がある、そんなざわめきが焼肉屋いっぱいに広がっていった。
焼肉パーティーは、いつの間にか火力だけでなく、温度もヒートアップしていた。
最初こそ、光田高校・鳳城高校・鳴弦館高校・厳敷高校と、各校ごとのテーブルでそれぞれ固まっていたが、肉の香りとジュージュー音が友情を焼き上げたのか、炭火が冷めるころには自然と垣根が溶けはじめていた。
普段は練習試合くらいでしか顔を合わせないライバルたちが、今はトング片手にタレの好みで盛り上がる。
「おまえ、塩派やったん?!」
「いや、わたしポン酢派やねん」
そんな平和な口論が続く、極楽テーブル群。
その輪の外側から、ちょっとだけ緊張した表情で現れたのが、厳敷高校の三人――野蒔、瀬良、大淀。
彼女たちは、つぐみに導かれながら杏子のテーブルへと向かってきた。
「杏子さん、本当にありがとうございました」
ぺこり、と揃って頭を下げる。
杏子はその勢いに目をまんまるくし、耳まで真っ赤になる。
「えっ、い、いえ、その……えへへ……」
謎の「えへへ」リアクションで会話が一瞬止まるが、気にしない三人。
野蒔が、真っすぐな瞳で続けた。
「苧乃欺顧問がいなくなってから、正直、最初は戸惑いもあったんです。でも、クラブの風通しがすごく良くなって……最近、やっと本当の意味で楽しいって思えるようになってきました」
瀬良、大淀が頷く。二人とも、高圧的な指導に萎縮していた組だ。
「臨時で来てくれてるコーチも、すごくいい人で。春から正式に就任することになったんです」
瀬良も笑顔で補足する。
「この大淀、一年生ですが、ぐんぐん実力つけてて。夏を楽しみにしていてください、杏子さん」
「そうなんだね。すごいっ」
杏子は小さく微笑む。ちょっとだけ、嬉し泣きしそうな顔をして。
その空気の中で、栞代がぽつりと口を開く。
「野蒔……あんたの度胸はすごいよ。あの隠し撮りが無かったら、逃げられたかもしれないからな。……なかなかできることじゃない」
野蒔が、ちょっと肩をすくめた。
「つぐみさんのためにって思ったら、自然とそうなりました」
つぐみが今更ながら、という風に野蒔の頭を撫でる。
そして、
「ほんと、仲良くやってんだな、安心したわ。まあ、苧乃欺顧問は、誰を依怙贔屓して、というのは無かったからな。全員に平等にうるさかったから」
少し言葉を選びながら、つぐみは話していた。
つぐみたちは、今度は杏子の祖父へお礼に行きます、と伝え、腰を上げるが、栞代がすかさず
「いいんだよ、あんなジジイはほっといて。もっとマシなやり方あったろうに」
と軽く悪態をつく。あの出来事は栞代はまだ許していないようだ。
つぐみが吹き出す。
「栞代、……ほんま、ずっと仲良くやってんだな」
そう言いながら、野蒔、瀬良、大淀と共に席を立ち、祖父のところへと向かっていった。
その直後、入れ替わるように、ドカッと登場したのが、篠宮かぐやである。
「杏子、うっがよ、うちん自慢話ば、ちったぁ聞かせちゃろかっが?」
どや顔。焼肉の煙すら彼女の背景演出にしか見えない。
両脇には、鷹匠と真壁の「お目付け役ツインズ」がぴったりマーク。完全に不審者扱い。
「直行ち、うっがんこつ待っちょっちゅうとよ。価値あっ女んこは、男ん方が待っが当たり前じゃっで。ほんなこて、よか女は得すっど。うちのバイブル『エースをねらえ』にも書いちょったわい。どや、杏子、うらめしかろ?」
「うん。良かったね、かぐやさん」
杏子はあまりにあっさり言い切る。
「杏子、なんちゅう顔しちょっか、もーちっとばっかい羨ましげにせんか! おめんこつ待っちくるもんおらんとや? あんま、あっさりしちょったら、直行に言うて、友達ん一人や二人、紹介しちゃろかいっど!」
「居るよ」
パチン、と静かに炭火がはぜた。
テーブルにいた全員――栞代、紬、ソフィア、まゆ、あかねが一斉に杏子を見る。
静寂。
「……だ、だいやっか!? そげん見栄ば張らんでよかて。うちら、なかよっじゃっど~?」
「おじいちゃんっ」
杏子は、天使のような、しかし場を破壊する笑顔でそう答えた。
その瞬間、光田高校の面々は、
「ああ……なるほど」
と、なぜか全員納得してうなずいた。うん、そうだよね、杏子の“待ってる人”=祖父、はガチ。
「あんひゃ、アホっが! そんげなこつやなか!
うちかてな、黒曜じっちゃんも待っちょっとじゃっど。ちなみに、ばっちゃんの名は静音っち言うっど。今は破門っちゅうこっなっちょっばってん、そいは建前じゃっでな、ほんまんとこは、ちゃーんと待っちょっがよ!」
かぐやが詰め寄るが、杏子は終始にこにこ。楽しそうで仕方ない。
「はいはい、じゃっどん、こんあたりでいっぺん締めっかね。杏子さん、みなさん、ありがとごわした。ちょっと落ち着かせもっで。」
鷹匠がそう言って、真壁と二人で、テーブルに戻って行った。
この夜、炭火より熱かったのは、青春という名の焼肉ドラマだった。




